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sapphism_no_gensou:7634

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[Alma] ……あら……?

[Narration] そこは、まるで、森の中にぽっかりと口をあけたようだった。

[Nicolle] ……どこだ、ここ?

[Narration] かろうじて、学園の、空中庭園の敷地内であることが、原生林ではないことがわかるのは、細い道が続いていることだけだった。

[Soyeon] あれ……? なにか……?

[Narration] ソヨンが何かを探すように、周囲を見渡す。

[Alma] ええ、なにか、変ですよね……。

[Narration] アルマも、違和感をどこから感じているのかを確かめるように、あたりを見渡す。

[Nicolle] ん〜?

[Narration] つられて、ニコルも、アンシャーリーもきょろきょろと首をめぐらす。ソヨンとアルマの二人ほどではないものの、なにか、腑に落ちない。

[Narration] しかし、彼女達がいくら、周囲に視線を走らせても、違和感の正体をつかめないのは無理がなかった。

[Narration] それは目には見えなかった。だから、いちばん最初に気づいたのは……。

[Niki] ……あ……。

[Nicolle] どうした、ニキ。

[Narration] ついついと裾を引っ張ってくるニキに気づいて、ニコルが振り返り声をかける。

[Niki] あ、あの……、あ、うぅ……。

[Narration] ニキはニコルに、必死にジェスチャーを送る。

[Nicolle] あ? どうした? なに? 聞こえない?いや、聞こえないのニキの声だぞ?

[Niki] あぅ……、う、うぅ……、そ、その……。

[Nicolle] あー、落ち着いてゆっくり話せ。ゆっくりジェスチャーでもいいから。

[Niki] はぅ……。あ、の……、か、かぜ、が……。

[Nicolle] 風? 風なんて、吹いてないぞ?

[Narration] ニキに返したはずのニコルの言葉に、アルマとソヨンが振り返る。

[Soyeon] 風!

[Alma] それです!

[Nicolle] な、なんだ!?

[Alma] 風が吹いてないんです、ニコルさん!

[Nicolle] い、いや、確かに吹いてないけどさ、それがどうしたのさ。

[Alma] さっきまで、あんなに吹いてたんですよ!?

[Nicolle] そうだけどさ、風なんて、吹いたりやんだりするもんだし……。

[Narration] そこまで答えて、ニコルはアルマとソヨンの驚きの原因に気づく。

[Nicolle] あ……。

[Soyeon] ほら!

[Narration] ソヨンが学園の公式サイトに接続された携帯電話の画面を皆に見せる。

[Narration] ポーラースターが学園でありながら、船である故に、必ず、公式サイトに公開されている情報。それは、この船の運行情報だった。

[Soyeon] 今のポーラースターの経度と緯度!それに、速度!

[Narration] ソヨンが指し示す小さな画面には確かに、ポーラースターの現在の位置が、経緯で示されている。

[Narration] 学園長の気まぐれで決まると言われている速度も、リアルタイムで更新されている。

[Narration] 海の上、特に大洋では、緯度と経度によって、吹く風の向きと強さはほぼ、決まる。それは海原を遮るものもなく、渡ってくる。

[Narration] その中を、ポーラースターは最も遅い巡航速度でも10ノットのスピードで、走っていく。

[Narration] そして、ここは、海原を渡る風と、船が自ら生み出す風が重なる場所、森であるとはいえ、甲板なのだ。

[Narration] しかし、彼女達の、今、いる場所は……。

[Alma] 風がない……。

[Niki] ……!

[Narration] その言葉に、ニキが強くうなずく。

[Niki] ……っ。

[Narration] ニキは、ひとつ、大きく息を吸う。

[Niki] ───────!!

[Narration] そして、お腹にためた息で喉をふるわせ、声をあげた。

[Nicolle] わっ。

[Narration] 高いAの音。それは、とても澄んで、この小さな空間に広がっていく。そして、木々の枝や葉に跳ね返り、不思議なエコーを作っていった。

[Alma] わかった……。

[Alma] ここが、秘密の場所なんですね……。

[Nicolle] そうなんだろうな。

[Narration] 残響がまだ空気を震わせている中、つぶやいたアルマの言葉に、ニコルが答える。

[Alma] 木、ですね。

[Nicolle] ん?

[Alma] 周りの木が、風を遮っているんです、きっと。偶然だと思いますけど、ここだけちょうど、風がいっさい入ってこないように、木が生えているんです。

[Nicolle] へぇ……。

[Alma] ニコルさん、知ってますか?

[Nicolle] なにを?

[Alma] 凪、って言うんです。海の上などで、こんな、風のまったくなることを。

[Alma] 不思議ですわ。海の上なのに、森が、凪を作っているなんて……。

[Narration] アルマはそうつぶやくと、ことの発端になった紙片を取り出す。

[Alma] これを書いた人も、ここを見つけたんですね。きっと、誰かに教えたくて、これを書いたんでしょうね……。

[Alma] 気持ち、わかります……。

[Narration] アルマは、風を止め、この場所を囲む木々を、そう言ってながめ渡した。

[Anne Shirley] お宝発見!

[Narration] 下生の多い地面を這いずり回っていたアンシャーリーが、声をあげる。全員の視線がアンシャーリーに集まる。

[Anne Shirley] 第一発見者を疑え! 嘘!

[Narration] アンシャーリーが見つけたのは、下三分の一ほどが地面に埋まった、古びたランタンだった。

[Narration] 掘り出して、アルマがハンカチで拭くと、それは思いの外新しいもので、真鍮の骨組みはまだ輝きを曇らせておらず、はめ込まれたガラスにも傷は少なかった。

[Nicolle] 貸しな、アルマ。

[Narration] ランタンを受け取ったニコルは、ポケットの中をまさぐると、マッチの箱を取り出す。

[Narration] かすかな音と小さな炎が灯り、それがランタンの中に映される。

[Narration] ほっとできる、柔らかな明かりが、5人と一匹を照らし出した。

[Nicolle] で、どうする?

[Narration] 疲れもあって、5人はランタンを中央に置いて、車座になって腰を下ろす。

[Nicolle] 我ら探検隊はついに目的の地にたどり着きました。宝物も見つけました。絵本ならここでめでたしめでたしだけど、現実はそうはいかない。

[Soyeon] そう言えば、あたし達、迷子になっていたんだっけ。

[Nicolle] まぁ、そうは言っても学園の中だしな。明るくなれば、帰り道だって探しやすくなるだろ。深刻になることじゃないけど……。

[Narration] そう言ってから、ニコルはため息を一つつく。

[Nicolle] それにしたって、お腹は空くんだぜ? いい加減もう、歩き疲れてクタクタだしさぁ!

[Soyeon] そうだよねぇ。

[Alma] あの……。

[Alma] 食べるものだったら、ちょっとは残ってますけど……。

[Soyeon] え?

[Nicolle] なに!?

[Alma] 夕方、食事をとった時、イライザさんにお願いして、いくらか包んでもらったんです。

[Soyeon] あ……。

[Nicolle] やったじゃないか、アルマ! いい判断だぜ!

[Alma] あら、隊長として、当然の用心です。

[Nicolle] その隊長が、ここまで状況を悪くしたんだろうが。

[Alma] あら、ニコルさんはいらないんですか?エビとラタティーユのサンドイッチ。

[Nicolle] いるよ! いるってば!

[Anne Shirley] ローストビーフはもらった!

[Soyeon] キムチ! キムチはないんですか!?

[Alma] え、あ、あの……!?

[Narration] 若く健康的な胃袋は、アルマの機転に敏感に反応し、その手に持つバスケットの中身へと群がっていく。

[Alma] ちょ、ちょっと待ってください、みなさん……。

[Anne Shirley] うらーっ! 食い物を寄こせーっ!

[Nicolle] ほら、ニキも来い! 食いっぱぐれるぞ!

[Niki] ……!!

[Alma] あ、あの! そんなにたくさんはないんですから、みんなでわけあって……。

[Nicolle] 細かいこと言うなって!ほら、ニキ! コロも!

[Narration] 素早くバスケットを確保したニコルが、その中に手を突っ込んで、サンドイッチやハンバーガー、おにぎりの包みを取り出しては、仲間達に投げ与えていく。

[Nicolle] 目的の地とお宝、これがそろったら、あとは食べ物があればパーティーって決まってるんだ! ニキ、歌え!

[Niki] ……!

[Narration] シーフードのソースで口の周りをぬらしながら、コローネと一緒にサンドイッチを食べていたニキが、不意の指名に驚いて、顔をあげる。

[Narration] しかし、すぐに、立ち上がり、パンくずをパタパタと払うと、先ほどの発声に劣らないほどの声量で、歌を紡ぎ出す。

[Narration] ニコルがソヨンが、その歌にあわせて、手拍子を始める。アルマもすぐに、その中に加わっていった。

[Narration] ランタンに残っていた油はとても上等なものだったようで、そのまま夜が更けても灯心は明かりを失わず、一行とこの広場を照らし出していた。

[Narration] あれから、どれだけの時間がたっただろう。ソヨンがいちばん最初に、アルマの膝の上で寝息をたて始め、続いてアンシャーリーがぱたりと倒れた。

[Anne Shirley] クスリ切れ。今日はここまで!

[Narration] そしてニキも、コローネを抱きかかえて、ゆっくりと前後に船をこいでいる。

[Alma] はぁ……。

[Narration] ソヨンの頭を膝の上に乗せたまま、ランタンの炎を見つめて、アルマは息をついた。

[Nicolle] どうした?アルマもそろそろ眠たくなってきたか?

[Alma] いいえ。

[Narration] 声をかけてきたニコルの方を、アルマは振り返る。

[Alma] とても、気分が高揚していて……、眠れそうもないんです。でも、なんだかとっても落ち着いた気持ちでもあって……。

[Nicolle] んー、なんとなくわかるよ。

[Alma] なんて言うんでしょう、うれしいんです、わたし。こんな探検ができるなんて、思ってもみませんでした。

[Nicolle] はは、おめでたいヤツだな。こんな……、船の上につくられた森の中で、探検もなにもないだろ? 子供が近所の裏路地を歩いているようなもんだぜ。

[Alma] でも……。

[Alma] わたしにとっては、初めてのことでしたし。

[Narration] アルマは、ランタンの炎に視線を戻す。

[Alma] 子供のころからずっと、一人で外に遊びになんていけませんでしたから。

[Nicolle] ああ、親父さんのことか……。

[Alma] この学園に来て、わたし、ずいぶんいろんなことを知ったけど……。

[Alma] こんな経験まではできなかったから……。

[Alma] わたし、憧れていたんです。本の中の探検に、冒険に。

[Alma] 未知のものに挑んでいく彼らの姿に、自分を重ね合わせたくて……。

[Alma] だから……、今日のことは、一生忘れられない思い出です。

[Nicolle] はは、参ったね……。

[Nicolle] いい年になってまで、こんなことでもう……。

[Alma] この先……。

[Alma] どんな大冒険をすることになっても、今日のこのことを忘れたりはしませんわ。あんなに、ドキドキしたことを……、そして……。

[Alma] この不思議を発見した時の気持ちを。

[Nicolle] ははっ、この先も冒険やら探検やらをするつもりかよ、アルマは。

[Alma] ええ、素敵なことじゃありません?

[Narration] アルマはランタンの明かりに映し出された、ソヨンやアンシャーリー、ニキの姿を見る。

[Alma] こうして、みんなでまた、出かけるんです。うんと、年をとってからも。

[Alma] おばあちゃんになっても、みんなで一緒に、ピクニックに行くみたいに。

[Narration] アルマの言葉を聞いて、ニコルはポーズだけはうんざりと、肩をすくめる。

[Nicolle] よせやい。こんな大冒険はごめんだね。

[Nicolle] そん時ゃ、もう少しお手柔らかにお願いしたいもんだ。

[Narration] そんなニコルを見て、アルマは優しく笑いながら、答えた。

[Alma] ええ、そうですね。きっと、お誘いしますから。

sapphism_no_gensou/7634.txt · Last modified: 2013/06/01 22:49 (external edit)