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sapphism_no_gensou:7555

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[Narration] 案内された部屋からは、海がながめ渡せた。

[Narration] ここで、とりあえず1年間、過ごすことになるんだ。

[Narration] 窓を開けると、波の音と、鳥の声が響いてくる。

[Narration] ……確か、3年間、海の見えない部屋で過ごしたと言っていた。期待はしていなかったけど、同じ部屋じゃないらしい。

[Narration] 同じじゃないんだ。

[Narration] それなら、わたしは、ちがう3年間を過ごせるだろうか? それとも、やっぱり、似たような3年間を過ごすのだろうか?

[Narration] 広がる海と空。水平線と、白い雲と、水面に輝く陽光だけの青い風景。

[Girl] きれいだな……。この景色を見なかったなんて、もったいない……。

[Narration] そうつぶやいてから、気づく。本当にこの風景を見なかったのかな? もしかしたら……、誰かの部屋で見たのかもしれない。

[Narration] 誰かの……。

[Girl] ………………。

[Narration] 胸の奥がざわめいて、思考が止まる。

[Narration] 追いかけてきてしまった。すれ違うことはわかっていたけど、それでも、ここで、何を見たのかが気になって。

[Narration] 窓を閉め、まだ整理の終わっていない荷物は見ないことにして、扉を開け、廊下に出る。もう少し、船の中を見て回ろう。

[Narration] ここで、何を見たのかが気になったから。

[Narration] 「……やぁ」

[Narration] まっすぐに視線を向けて、その人はそう言った。

[Narration] それは、とても、今日、初めて会ったわたしにかける声には思えなかった。

[Narration] 「本当だ、一目でわかった」

[Narration] ……わたしには、姉がいた。姉様が。

[Narration] わたしが幼い頃は、ずっとそばにいてくれた。いつでも、わたしの手をひいてくれた。

[Narration] だけど、遠くの学園に行った3年間は、数度の手紙をのぞいて、卒業間近のたった一度しか、帰ってきてくれなかった。

[Narration] 姉様がその学園を卒業して家に戻り、再び家を出るまでの短い間、ぽつぽつと話してくれた、そこでの話、出来事、そして、会った人。

[Narration] いつも、姉様は、穏やかに笑いながら、その人の話をしてくれた。

[Narration] わたしが……、怒って席を立つまでの間だけ、いろんなことを、いろんなときを。

[Narration] 聞いているわたしには、なぜ、姉様がそんなふうに笑えるのかわからない、いろんな思い出を。

[Narration] 「懐かしい、というのも変かな。 まだひと季節もすぎていない」

[Narration] ねぇ、なぜ、そう言って笑えるのだろう。笑えたのだろう。

[Narration] 「ああ、それに、なにより、 キミとは初めて会ったのに」

[Narration] この人は。姉様は。

[Narration] たぶん、わたしは、この人をにらみつけている。

[Narration] でも、そんなことなど、まるでおかまいなしに、いや、わたしの視線を受け止めてなお、おかしそうに笑いながら。

[Narration] 逃げる隙も、身構える間も与えない、なんてことのない足取りで、いつの間にか、目の前へと歩み寄っていた。

[Narration] そして、驚くほど、間近から、その声は聞こえてきた。

[Narration] 「ポーラースターへ、ようこそ」

[Narration] 耳元に、近づいて、響く声。そして、頬に触れる、その唇の感触。

[Tenkyouin Enishi/Yukari] ────────!!

[Narration] その頬へのかすかな圧力が、すぅっとひいて消えた直後。

[Narration] その一瞬の間に、顔中が熱くなる。

[Narration] 今の行為が、何をされたのかは、わかる。

[Narration] 何をしたのよ、この人は!

[Narration] 打ち鳴らされる鼓動を頭の中いっぱいに感じながら、わたしは、目の前で笑う人を見つめた。

[Narration] そう、笑ってる。なにが!? そんなに!? 楽しくて!?

[Anri] ようこそ、この船へ、この場所へ。

[Narration] なんのためらいもなく。

[Anri] これからキミが3年間をすごす、学舎へ。

[Narration] あなたの声が響いてくる。

[Anri] キミもきっとここを好きになるよ。ボクらが愛してやまないこの船を。

[Narration] わたしの胸をかき回しながら。

[Anri] キミのかけがえのない3年間、ボクらは、キミが見上げて行く先を定める星になる。

[Anri] キミを運び、キミがこえる波になる。

[Anri] そのそばを飛び、時折、キミにつかまる鳥になる。

[Anri] そして……。

[Anri] ともにゆく船人になる。この船の誰もが、キミとともに。キミは、この船とともに、この船のみなとともに。

[Anri] さあ、始めよう、この船旅を!

[Narration] まだどぎまぎと、見つめるだけのわたしに向けて、あなたは小さく、口の中でつぶやいた。

[Narration] それは、わたしと、もう一人のだれかにへと、同時に贈られた言葉だった。

[Narration] 「伝えたかったんだ、キミに、この言葉を」

sapphism_no_gensou/7555.txt · Last modified: 2018/05/22 17:15 (external edit)