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sapphism_no_gensou:7508

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[Narration] 照明の落ちた部屋の中、ブランケットをかぶった塊だけが、時々、広いベッドの上を転がるように動き回る。

[Anri] ……どうしてなんだ、かなえさん……。

[Narration] そうつぶやいては、寝返りのように、体を転がさせる。

[Narration] 天京院の言葉が、杏里の頭の中をぐるぐると回っている。言われた言葉すべてではない。それはとても憶えきれなかった。

[Narration] ただ、天京院の横顔から、自分の顔も見ないまま告げられた硬い言葉の塊が、今、杏里の頭の中をあちこちぶつかりながら、猛烈な勢いで回っている。

[Narration] それはとても、ずきずきと痛く、耐えかねて体を転がすと、最後に放り投げられた言葉が頭と体を凍えさせる。

[Narration] 『さぁ、いつまでもあたしの邪魔をしないで くれ、杏里』

[Narration] それは、とても冷たく、体をきつく抱いたくらいではこらえきれないほど。

[Anri] かなえさん……。

[Narration] 何かが間違いで、何かが嘘で幻で。そう願って目を閉じる。すると、また、初めから言葉が回り出す。

[Narration] そして……。

[Narration] 何十度目か、体を転がした時。

[Narration] 部屋の扉が勢いよく開かれた。

[Anne Shirley] 話は聞かせてもらった!

[Anri] わわわっ! な、なに!?

[Narration] 部屋に明かりが入り、ブランケットから頭を出した杏里の耳に、ドヤドヤという複数の足音が響いてくる。

[Narration] そして、ベッドの周囲に、見慣れた顔がそろって、丸くなって首だけのばした杏里を見下ろしていた。

[Anne Shirley] あら、杏里、なかなか素敵よ? それはいったいどんなおクスリを使ったらイケる格好なのかしら?

[Nicolle] なんだよ、ちぇ! 賭にもなりゃしない。予想通りのザマじゃないか、杏里。

[Niki] ……あ、杏里……。

[Alma] 杏里様、お気を落とされているのはわかりますが、ちょっと、その……、亀さんみたいですよ?

[Anri] キミ達……。

[Anne Shirley] 話はだいたい、ボゲードンから聞いたわ、杏里。

[Niki] ……!

[Nicolle] アン、ごめん、それ、あたしらは聞けないんだけど。

[Alma] まぁ、いつからソヨンさんはボゲードンになってしまったのですか?

[Anri] ソヨン……?

[Nicolle] そ。カナエの部屋でのことは、だいたいほとんど、ソヨンから聞いたよ、杏里。

[Nicolle] なんていうか……、えーと、大変だったって言うのかな?

[Alma] おかわいそうに、杏里様。天京院様の言葉に、ずいぶん傷ついていたとソヨンさんもおっしゃってましたけど……。

[Anne Shirley] もっと下にイってみる? いいのがあるわよ?

[Niki] ……だ、だめ……。

[Nicolle] やめれ。杏里にこれ以上落ち込まれてたまるか。ほら、起きな、杏里。いつまでそんな間抜けな格好してるんだよ!

[Anri] え、えっと……、キミ達、なんで……。

[Nicolle] 何でも何もあるかい。ソヨンの話を聞けば、杏里が泣きながらカナエの部屋を飛び出したって言うじゃないか。様子を見に来てみれば、案の定、布団かぶって泣いてるんだもんな。

[Alma] お気持ち、お察ししますわ、杏里様。でも、きっと天京院様にも、何か事情があったんだと思います。

[Anri] 事情……? でも、かなえさんは……。もう、ボクのことなんか……。

[Nicolle] だーっ! なにウジウジしてるんだよ!ほら! しゃっきりしろ!

[Anri] ……! ほっといておくれよ!もう、かなえさんのことなんか……。

[Nicolle] アン、アッパー系の。うんとキツいの用意してやりな。

[Anne Shirley] がってんだぁ!

[Niki] ……! だ、だめ……!そ、そのクスリは……。

[Alma] まぁ、こんなに早く、最終手段を?

[Anri] え、ちょ、ちょっと……?

[Anne Shirley] いっくぞぉ?

[Anri] わ、待った待った!

[Nicolle] 待てない! ほら、起きろぉ!

[Narration] 抵抗もむなしく、杏里はブランケットを引きはがされ、ベッドから引きずり出された。

[Narration] 床に車座になって座った5人と1匹の中で、まず、ニコルが立ち上がる。

[Nicolle] さて、さっきも言ったけど、話はソヨンから聞いたよ、杏里。カナエのこともね。

[Anri] あの……、かなえさんはその後……。

[Nicolle] おこもりになってるってさ。ソヨンも、杏里が飛び出した後、すぐに出てきちゃってね。その後は、ロックアウト状態だってさ。

[Anri] そうなんだ……。

[Alma] 天京院様は、船を降りるつもりなんですね?

[Anri] ……うん、そう言ったよ。

[Nicolle] わかんないなぁ、あたしらがソヨンから、カナエが船に残るって聞いたのは、ほんの2週間前のことだぜ?

[Anri] ソヨンは嘘をついたわけじゃないよ。

[Nicolle] んなこたわかってる。

[Anne Shirley] 確認済みよ。じっちゃんのクスリの名にかけて!

[Alma] まぁ、いつの間に……。

[Niki] あ、あの……。……る、留守に……。

[Nicolle] そだな。ここを離れてた時に、なんかあったんだろうな。

[Nicolle] ……進路を180度変えちゃうんだもんな。

[Anri] ………………。

[Alma] しかし、納得がいきません。自分で聞いたわけではありませんが、ソヨンさんのお話では、天京院様の態度は、杏里様にとって、少しあんまりなものだと思います。

[Narration] アルマの言葉に、杏里以外の3人は同時にうなずく。

[Anne Shirley] まったくもっていったいぜんたい、どんなおクスリを使ったというのかしら。

[Nicolle] クスリで解決すれば、話は早いんだろうけどさ。

[Anne Shirley] あるわよ?いろいろ一発で解決するおクスリも。

[Nicolle] 永遠に封印しといてくれ、そんなもん。

[Niki] あ、あの……。

[Niki] 杏里は……、な、なにか……。心当たり、は……? あの人の、ことで……。

[Anri] わからないよ。

[Narration] 杏里は、隣に座ったニキの頭に手を伸ばし、その髪を梳く。

[Anri] ボクには、どうして、かなえさんがあんなことを言ったのか……。

[Niki] 杏里……。

[Anri] きっと、かなえさんはもう、ボクのことを……。

[Nicolle] おいおい、杏里、そんな……。

[Alma] そんなことはありませんわ、杏里様。

[Narration] ニコルの言葉さえ遮ったアルマの声に、杏里はうなだれていた顔をあげる。

[Alma] 天京院様の態度には、きっとわけがあったんだと思います。

[Anri] わけ……?

[Nicolle] どんな?

[Alma] いっそ、単純な理由かもしれませんよ。それよりも、問題は杏里様の方です。

[Anri] ……ボク?

[Alma] ええ。杏里様、このまま天京院様とお別れしてしまうんですか?

[Anri] ……!

[Alma] 確かに、今回の天京院様の態度には問題があったと思います。しかし、杏里様がこのままでは、状況は変わりません。

[Alma] おそらく、荷物がまとまってしまい次第、天京院様は船を降りてしまいますわ。

[Anri] あ……。

[Nicolle] そうだな。カナエのヤツ、きっとさっさと出ていっちゃうだろな。

[Niki] ……杏里……。そ、そんなの、ダメ、よ……。きっと……、きっと、悲しく、なる……。

[Anri] ……うん、そうだね、ニキ。

[Anri] ボクも、このまま、かなえさんとさようならなんて、まっぴらごめんだ。

[Anri] だから、かなえさんと仲直りしたいよ。

[Anne Shirley] よしきた、まかせろ! やっぱりこのとっておきのアンプルは、カナエに……。

[Nicolle] しまえ、そんなん。つーか、捨てろ。

[Anne Shirley] ああっ、ご無体な!!

[Anri] でも、かなえさん、ボクに会ってくれるだろうか……。

[Alma] そうですねぇ……。

[Nicolle] カナエもあれで、そうとう強情だからなぁ……。杏里が会いにいったところで、門前払いさせられるのが見えてる。

[Alma] ドアさえ、開けてもらえなくては、話にならないですものね。ここは雪の中、三日三晩、ドアの前で立ちつくすというのはどうでしょう?

[Nicolle] これ、新教徒。お前、カトリックを馬鹿にしてるだろ。

[Anne Shirley] 杏里の頭の中に雪を降らせればいいのね?

[Niki] ち、ちが……。

[Anne Shirley] じゃあ、カナエの頭の中?

[Niki] そ、それも、ちが……。

[Anri] まだ、かなえさんの部屋の前で裸踊りをした方がマシじゃないかなぁ。

[Nicolle] はぁ? なんだそりゃ?

[Alma] 天京院様には、ストリップ鑑賞のご趣味が?

[Anri] いや、日本の神話にそういう話があって……。

[Nicolle] あー! もっと実現可能な話をしようぜ! カナエに部屋のドアを開けさせる、確実な作戦を!

[Niki] だ、誰かに、頼んで……。

[Nicolle] 開けてもらうか? でも、杏里がドアの前に立ったとたん、バタンと閉められておしまいの気が……。

[Niki] ……うぅ……。

[Anne Shirley] あら、簡単よ。

[Nicolle] クスリはなしだぞ?

[Anne Shirley] カナエの部屋で待っていればいいじゃない。そうすれば、絶対に話ができるわ。

[Anri] え?

[Nicolle] あ?

[Alma] まぁ。

[Niki] ……!

[Nicolle] そっか! カナエに会いに行くんじゃなくて、カナエを待ちかまえていればいいのか。

[Alma] そうですわね。でも、どうやって天京院様のお部屋に入るんです?

[Nicolle] うーん、そのへんはまかせろ。カナエをどうにかして、おびき出して、その隙に部屋に入ってしまえば、こっちのもんだ。

[Nicolle] あとは、カナエが帰ってくるのを待って、ゆっくり話をすればいい。こっちが中にいる限り、カナエを入れるのも閉め出すのも思いのままだし。

[Nicolle] どうだい? 杏里。

[Anri] ………………。

[Anri] 素晴らしいよ! なんて賢くてかわいいんだ、キミ達は!

[Anri] ありがとう、なんだか自信が出てきたよ。うん、きっとうまくいきそうな気がするよ!

[Anri] 感謝してもしきれない。ボクはこんなにも素敵な子猫ちゃん達に囲まれていたんだね。キミ達への愛情を誇りに思うよ……。

[Nicolle] な、なんだよ、都合のいい……。

[Anne Shirley] そうよ、お代は見てのおかえりだわ。

[Alma] このくらい、当然ですわ、杏里様。

[Niki] 杏里……、が、がんばって……、ね……。

[Anri] うん! さぁ、かなえさん! 首を洗って待っててね!

[Eliza] ……お話し、まとまったみたいですね。

[Helena] ……どうしましょう、止めるべきなのかしら、これは……。

[Chloe] よしなさい、馬鹿らしい。関わり合いになるべきじゃないわ。

[Eliza] では、なぜ、この会話をお聞きになってるんですか?

[Chloe] ……ただの気まぐれよ。

[Helena] 昼間の杏里と天京院さんの件は聞いていたけど、こんなことになるなんて……。

[Helena] ああ、でも、このまま杏里達を放っておいたら、学園内施設の不法占拠を始めることになるんじゃないかしら……。

[Helena] やっぱり、杏里達を止めて……。

[Chloe] 止めたら、天京院さんと杏里は、このままよ。

[Helena] う……。

[Chloe] まぁ、別に、わたしがかまったことじゃないけど……、今回は、杏里達に好きにやらせてみたら?

[Helena] いいのかしら?

[Chloe] いいのよ。それともあなた、布団にくるまって転がっているだけの杏里がお好み?

[Helena] ……それは……。

[Chloe] 静かでいいけど、三日も見てれば飽きるわ。あんな鬱陶しい杏里はごめんよ。

[Eliza] たぶん、このまま杏里様達の計画がうまくいくと、大騒ぎになると思いますけど。

[Chloe] く……。

[Chloe] いいわ、甘んじて受けましょう。これも神の与えたもうた試練だわ。

[Helena] 仕方ないわね……。

[Helena] 状況を見て動くしかないけど、できる限り、迷惑がかからないようにするしかないかしらね……。

[Eliza] では、この話は……。

[Chloe] とりあえず、ここだけの秘密にしておきましょう。ああ……。

[Narration] 三者三様、ため息をつき、おのおのの宗派にあわせて、十字を切り、手をあわせた。

[Narration] どうして、あの人はこんなに自分を悩ませるのだろうか。そのことを神に問うために。答えなどわかりきっている、だからこそ、神はお答えにならないのだろう。

sapphism_no_gensou/7508.txt · Last modified: 2018/05/22 17:15 (external edit)