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sapphism_no_gensou:7458

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 その後、しばらくして───

 アイーシャと杏里は、クローエの部屋へと招かれた。

 ほとんど他人を入れることのない、クローエの部屋を、アイーシャはめずらしそうに見回した。

 壁中に張り巡らせた無数の伝声管。

 船に関する何冊もの革張りの書物。

 数々の船舶模型……

 アイーシャは、その中に、一つのボトルシップが飾られていることに気がついた。

 それは、ボトルシップでありながら、何隻もの海戦を表現したものだった。

 ウォーターライン、つまり水面で切られたジオラマ風のボトルシップだ。

 水面は鏡面加工されていて、のぞきこむアイーシャの顔をくっきりと映しだしていた。

「あまり、のぞきこまない方がいいわ」

 他人のお茶菓子に手を伸ばそうとする杏里の手の甲を叩き、クローエは言った。

 ボトルシップの台座に書かれた文字を目にして、アイーシャははっとなった。

「これ……っ……」

「ええ」

 深くクローエが頷く。

「女海賊ボニー&リードと、イギリスのフリゲート艦ポーラースター号の決戦。その様子を、記録にもとづいてディオラマにしたものよ。こののち、フリゲート艦は海賊船H.B.ポーラースターとして生まれ変わるわけだけれども」

「ああ、こないだの集団幻覚事件を、プラモにしたんだね? へえ、たいしたものだけど、クローエも暇だねえ……あイタっ」

 一夜が明けると、海賊の襲ってきた痕跡はすべて消え去っていた。

 海賊と激しく切り結び、てっきり胸を刺されたと思ったPSも、翌日、腑に落ちない顔をしながら、また元気に任務についていた。

「西暦……一七一一年……」

 さらに続く年号をアイーシャがよみあげた。

 壁際のアイーシャの横に、クローエが並ぶ。

 興味津々の様子で、杏里もその隣に並ぶ。

「H.B.ポーラースター財団の名は、もちろん知っているわね」

「それくらいなら、ボクだって知ってる。この船を管理している、各国主要港にある事務局のこと、だね?」

「ええ、それとこの船の指導部、それらすべてを含めての呼び名よ。そして、我がウィザースプーン家の、最大のスポンサーでもあるわ」

「なるほど」

「我が家は、大戦中、財団から大変な恩を受けた。またそれは、聞きたければ別の機会に話してあげるわ」

 さらにクローエは続ける。

「では物知りの杏里? 財団の生まれたきっかけについてはいかが?」

「ええ? それはちょっと、わからないけれど……財団って言うくらいだから、最初にすごいお金があったわけだよね……」

 顎に手を当ててうなる杏里。

「わかった! 沈没船を引き揚げて、莫大な宝を見つけた?」

 クローエがすっと眉をあげる。

「そうなんですか?」

 と尋ねるアイーシャに、クローエは微笑みかける。

「当たらずも遠からずだけど。杏里らしい、というか……」

 クローエは、アイーシャの見つめていたボトルシップをくるりと上下反転させた。

「あ……」

 すると、そのボトルの中に広がっていたのは、ディフォルメされた無人島の砂州と、そこで、財宝を掘り当てた、探検家の一団だった。

「ポーラースター財団設立の元になったのは、海賊ボニー&リードの残した、財宝だったの。ええ、そう。昨夜、出会ったあの二人が残してくれた財宝」

 感心して嘆息する杏里。しかし脇のアイーシャは、神妙な顔つきをしている。

「冗談のようだけれど、本当の話よ。ソフィア女史ならもっと詳しい話をご存じのはずだわ」

「……じゃあ、あの二人は、どうなったんでしょう」

 その問いを、もう待ちかまえていたのだろう、クローエはよどみなく静かにアイーシャに答える。

「一七、八世紀の海賊のほとんどは、海の上で命を落とした。もし、当局に捕まったら、上も下もなく、みな縛り首になるわ。生き延びて余生を送れた者は、ほんとうにごくわずか……」

「……じゃ、やっぱり……あの二人も、捕まっちゃったんだね」

 不安そうに、それでも興味を押さえきれずに杏里がたずねると、クローエも顎も引いた。

「ただ……二人が、きわめて珍しい女海賊だったことで、当時のマスコミがそれはもう騒ぎ立てた。しかも二人は、その時、どちらも身ごもっていたの」

「……え……」

 驚きが、思わず声になってアイーシャの口にのぼった。

「たとえ犯罪者であろうと、身ごもった女性を、生まれてくる子供ごと死刑にする法は無いわ」

「そうか、勿論そうだよね。じゃ、しばり首なんかにはならないで───」

「いいえ……残念ながら、子供が生まれるまで、刑が延期されたに過ぎないのよ」

 クローエはアイーシャを垣間見てからこう語った。

「二人は牢獄の中で出産の日を待った。だけれど、元から体の弱いリードは、そこで熱病を発症して、出産の日を迎える前に……死んだ。……ボニーは、その後脱獄し、歴史の上からは姿を消した」

「………………リー……ド……」

 淡々と、クローエが続ける。

「……探検家一行が見つけた宝には、莫大な財宝の他に、一つのメッセージが残されていたわ」

 これよ、とクローエは、ボトルシップの台座の反対に刻まれた文字を指さす。アイーシャは、台座ごと、その模型を腕の中へと抱きかかえた。

 そこには、あの二人の母国語である英語と、アイルランド語でこう、書かれていた。

『 幸せになるべき、乙女たちのために、

       この宝を、未来に託す。 』

「……幸せになるべき……乙女たちのために……」

 杏里のつぶやきを、アイーシャがとつとつと引き継いた。

「この……宝を……未来に……託す……」

 クローエは目を伏せて語った。

「……時代ごとに、女性にとっての幸せの形は、まるで違っていたでしょうね。一八世紀、女二人が助け合いながら、アウトローとして、海賊として生きる……そんな人生を選んだ彼女たちは、果たして幸せだったかしら」

「……どうだろう……」

 そう言って腕を組んだ杏里の隣から、アイーシャは離れ、ひとり窓際にただすむ。

「幸せだったわ」

 二人に背を向けたまま、きっぱりとアイーシャは告げた。

 ぽつり、ぽつりと、ボトルに、少女の頬を伝い落ちた涙が降る。

 それがきっかけだったかのように、つと、ボトルの中の帆船たちが身じろぎし、帆に大きく風をはらんで、鏡の海を自由に泳ぎはじめた。そのうち、互いに激しく大砲まで撃ち合う。

 まるで魔法のように、騒がしく、華やかに。

 アイーシャはまだ頬に熱を感じながらも、小さな船たちを眺め、くすりと微笑みを浮かべた───

           

               fin.

sapphism_no_gensou/7458.txt · Last modified: 2013/06/01 22:49 (external edit)