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sapphism_no_gensou:7455

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「ニキ、準備はいいかい?」

 ピアノを前にしたニキが、かすかに頷く。

「杏里……いいかげん、その変な角の帽子取ってよ! バイキングとパイレーツは全然違うんだってば! いや似合うとか、強そうとか、そういう問題じゃなくてさあ!」

 杏里はしぶしぶドクロマークのついた帽子をかぶりなおした。

 お揃いになったコローネが、嬉しそうに吠える。

「だめだめ、アイーシャ。そんなワイングラスじゃ、雰囲気ぶちこわしだよ。ああソヨンも、ここでトックリはないだろ! トックリは!」

 ドクロ印の徳利を両手でかかげるソヨンは、何がおかしいのだろうかと、きょとんとしている。

「あの……腕が……しびれて……ニコルさん……あの……」

 と、アルマのかかげる手には、なみなみと中身が注がれた木製のジョッキがあり、今にも決壊しそうだった。

「おっとごめん! じゃあいくからね?

 ウーノ、ドゥエ、トレ、クァトロ!」

 合図にあわせ、ニキの指が勢いよく鍵盤に吸い込まれた。

Yo ho yo ho a pirates life for me.We pillage,plunder,We rifle,and loot.Drink up me 'ear-ties yo ho.We kidnap and ravange and don't give a hoot.Drink up me 'ear-ties yo ho.

Yo ho yo ho a pirates life for me.We extort and pilfer.We filch and sack.Drink up me 'ear-ties yo ho.Maraud and embezzle and even high-jack.Drink up me 'ear-ties yo ho.

 ニコルはメロディにのせて、まるで指揮棒のようにジョッキを振りまわした。

 あらんかぎり、がさつな調子で歌い怒鳴った。

 持ち寄ったご馳走を、手づかみで口に運んだ。

 そして、杏里の仲間たちを前に、呆然としているリードの肩を、痛いほどに叩いた。

 その手にもジョッキを握らせ、肩を組む。

『亡者の箱まで、這ってのぼった15人

 いっぱい飲もうぞ、ヨー・ホー・ホー!』

 すぐさま、杏里やソヨンたちも列に加わって、楽しげに身体を揺らしながら、いっそう歌声をはりあげる。

「わざとよ。ニコルらしい」

 賑やかな雰囲気の中でも、不安の抜けないらしいアイーシャに、アンシャーリーが耳打ちする。

「海賊だって、酒盛りの最中は襲ってこないと思うのだわ」

「……どうして?」

「そうね。むしろ仲間に入れてほしがるから、かしら?」

 宴は続く。

 やがてリードの頬にも朱が差し、笑いが浮かぶようになってきた。

 アイーシャはそっと安堵の息をついた。

 そこへ、耳を指でふさぎながら、白衣の麗人がアイーシャの部屋にやってきた。

「この宴会体質は、どうにかならないのか。そのうち、カモメが飛んできただけで『やれ祝宴だ』となるぞ」

「ヨーホー! カナエ!」

 ジョッキがいっせいにあがる。

「ヘレナは?」「一緒じゃなかったの?」ニコルや杏里が口々に叫ぶ。

「ちょっと用事だそうだ。おっつけくるだろ……しかし、ずいぶん酒くさいぞ、この部屋。またどやされても知らないぞ?」

「大丈夫だって!」「ですよ〜」

 ゴン!

 ニコルがソヨンとジョッキを打ち合わせる。

「実はこれ、ぜんぶ水だからさ!」「ですよ〜〜」

 ゴンゴン!

「あれ? てっきりボクは上等のラム酒だと思ってたよ」

 という杏里の言葉に、リードもおずおずと頷く。

「だからぁ、海賊にとっては、水みたいなものなんだってば!」

「で〜〜す〜〜よぉ〜〜〜〜〜」

 というセリフを最後に、ソヨンはずるずると床にのびてしまった。

「もう12時か?」

「楽しいと、あっという間だね〜」

 ニコルと杏里は顔を見合わせる。

 アンと一緒にソファにかけるアイーシャの前に、頬を紅潮させたリードが立った。

「ありがとう、アイーシャ。すごい楽しいよ」

「お酒に強いのね。リード」

「普通だよ。慣れた」

 少女は、アイーシャの隣にちょこんと腰かけた。

 アンが細工できないように、ジョッキを手で塞いでいる。

「……ちっ」

「最初はてんでだめだったけど。船の上じゃ、水よりはワインだもの。でなきゃこれ、ラム酒だ」

 と、手元の琥珀色の液体を指さす。

「ねえ、リード。強い海賊は、やっぱりお酒も強いのかしら」

「うーん。そうだなあ」

 リードは顎の先に親指を立てて思案顔になる。

 その仕草は少年だった。

「飲めないと馬鹿にされる。それは確かかな……でも、だからって弱いっていうわけでは……え?」

 リードの手にあったジョッキは、いつのまにかアイーシャの手に握られていた。

「アイーシャ?」

 それまで、ちびりちびりとやっていたアンシャーリーまでが、怪訝な顔をする。

「少ししかない」と呟いては、すっとサイドテーブルに手を伸ばし、さらにボトルから注ぎ足す。

 溢れんばかり、なみなみとラム酒をたたえるジョッキを、アイーシャは真剣に見据えた。

「あ……アイーシャ。それストレートだよ」

「ええ」

「えっと、だから……ふつうは何かで薄めるのだけど……あ……」

「こんなただの飲み物で、威信を競いあうなんて、可笑しいと思わない?」

 唖然とする二人の前で、アイーシャはゆっくり立ち上がり、そのままジョッキに口をつけた。

「……あ……」

「……あー……」

 張りつめた空気が部屋に伝わり、大騒ぎしていた杏里たちもソファを振り返る。

 その時にはもう、ジョッキの尻は、水平よりも高くなっていた。

 ごとん、と空になったジョッキが、テーブルに置かれる。

 リードが、おそるおそる尋ねる。

「あ……アイーシャ……? なんともないの?」

「ええ、どうして?」

 涼しい顔でアイーシャは微笑む。

 ほっとリードが息をついた、その直後──

 ぐらりとアイーシャの長身がゆらいで、倒れかかってきた。

「わあっ、ちょっと!」

 リードの悲鳴に続いて、杏里が叫ぶ。

「ああ、アイーシャ! せめてベッドで!」

「違うだろ」と天京院。

 そこでノックの音に気づいたニコルが、入り口の扉へと駆け寄った。

「遅いよヘレナ!」

 と、頬を膨らませながら出迎えたニコルが、カチンと凍りつく。

 確かに、扉の外にはヘレナの姿があった。

 奇遇なことに、彼女もまた同じように、その場に凍りついていた。ビデオの静止状態のように。

 それはちょうど、廊下の彼方から、恐ろしいほどに慌てて走り寄ってきたような格好だった。

 そして、ヘレナの前に立つ、もう一人の人物は……

 誰あろう品格指導ジョアンナ女史、その人だった。

 いつのまにか、部屋にいた誰もが固まっている。

「た、たすけてぇー……」

 微動だにしないアイーシャの下で、もがくリードの声だけが、むなしく部屋に響いた。

「へへ……や、やば……」

 ニコルがこめかみを掻く。

 女史の唇が、ひくひくとひきつった。

 部屋は大混乱に包まれた。

 どうしてか部屋の明かりが突如落とされる。

 暗闇のなかで、嬌声と鳴き声と、物の壊れる音で騒然となりながら、嵐のような勢いで部屋から人影が散り散りに逃げ出していった。

 そのうちのいくつかは、肩にかつがれたり、引きずられたり……

「お待ちなさい! 貴女がた!」

 そう呼び止めるのが精一杯で、女史はあまりの勢いに廊下に尻餅をついた。

 ようやく身を起こしたジョアンナ女史が、混沌とした部屋に見たのはただひとり、いや、ただ一人と一匹───

 コローネと共に取り残された、ニキ・バルトレッティだった。

 差し込む月光のもとで、少女はそこで何事もなかったかのように、ただおごそかにピアノを弾いていた。

「………………ショパン」

 ノクターン第20番嬰ハ短調だった。

sapphism_no_gensou/7455.txt · Last modified: 2013/06/01 22:49 (external edit)