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sapphism_no_gensou:7454

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 3人は購買部通りのかたすみにある、居心地のよいバール(イタリア式喫茶店)にやってきた。

 一番奥にあるカウンターにかけ、トラメッジーノ(サンドイッチ)をつまみながら、リードを問いつめる。

 二人に挟まれ、スツールにかろうじてつま先立ちで座るリードは、やがて観念して語り出す。

「アンは……アン・ボニーは、僕をつかまえた海賊の首領なんだ。……ちがう、本当は首領じゃない」

 不安そうにリードは続ける。

「首領は縞ズボンのキャリコだ。だけど……キャリコだって、他の誰だって、あいつには逆らえない」

「……そう」

 アイーシャが相槌をうつ。

「それで、名前の似ているアンシャーリーと間違えたのね」

「あら、女海賊? ヨーホー!」

 アンの言葉に、リードは椅子から飛びあがる。

「とんでもない! あのアイル野郎が女だって!? な、名前はたしかに女みたいだけど、あんな恐ろしい女がこの世にいたら、マリア様がお怒りになる!」

 貿易船に乗り込んできた海賊のなかでも、先陣を切ってやってきたのがアン・ボニーだった。ピストルと斧をふりまわし、返り血に染まりながら───

 そのアンが、金より宝石よりまず、目をつけたのは、すくんで身動きのとれなくなっていたリードだった。アンは、リードの手足をいともたやすく縛り上げ、強引に海賊船へと連れ帰った。

 人知れず、アイーシャが眉をひそめる。

 それに気づかぬまま、リードは続ける。

「最後まで抵抗をして、結局殺された連中にくらべたら、幸運だったのかもしれない」

 リードは自分を抱いて総毛立つ。

「……だけど、あのソドム野郎に毎日、色目をつかわれて、もうぜんぜん生きた心地なんてしなかった」

「それで、銃を盗んで船から逃げ出したの?」

「あ……いや、あれはアンが───」

 リードの口に、生ハムのトラメッジーノが押し込まれる。

「ふごごごう!」

「なあに、だいじょうぶなのです」

 アンシャーリーがおおいに胸をはって請け合う。

「このポーラースターは、海賊船なんて、がっつんがっつん蹴散らしちゃうんだから。比喩じゃなくて。リアルに」

「ふふほ!」

 リードはぶるぶると首を振った。

「ふぁっ……いいや、来る! きっとまた来る! ものすごい執念深いんだ連中は。アン・ボニーは、絶対に来るよ……」

 可哀想なほど、リードは震え上がっている。

 アイーシャは考えをめぐらす。

 リードを拉致した海賊アン・ボニーは、ソドミスト。いわゆる少年愛好者らしい。

 しかし、ボニーが少年を好むからといって、リードが本当の性別を明かしてしまっていたら……

 飢えた荒くれ男たちばかりの船だ。少女の身はひとたまりもなかっただろう。

 アイーシャは、わななく少女の指にそっと自分の指を重ねた。

「あなたは私が守る。リード」

 青い瞳が、エメラルドグリーンの瞳と出逢う。

 震えがしずまっていく。

「男たちの好きなようになんて、絶対に、させない」

「話は聞かせてもらったよ!」

「ひいいっ」

 リードは唐突に背後から抱きすくめられ、スツールからおどりあがった。

 しかれども、アンシャーリーもアイーシャも、突然の訪問にまったく驚いた様子はない。

 リードは歯をがくがくいわせながら、いきなり現れた人物とアイーシャたちを、きょときょと見比べている。

「その人なら危険はないと思う……たぶん」

「いくらナイショに進めようとしても無駄なのだわ。やれやれ」

 彼女たちのぼやきも、当人は聞く耳もたず、豊かな髪に顔をうずめて悦楽の表情だった。

「ん〜〜、はじめましてレディ? おめかししてもらったんだね。とっても素敵だよ」

 わたわたと、目を白黒させるリードの脇で、ジト目のアンシャーリーが告げる。

「リードは男の子よ?」

「ふふっ……だーめ、騙されないよ。もうこうして、つかまえちゃったからには、なおさらね」

 抱擁の手をゆるめないまま、杏里はしたり顔で話す。

「知ってるんだ。昨晩の幽霊船からのお客さまだね? きみのこと、躍起になって追いかけたけれど、うまくまかれてしまったよ」

「あっ……あんた……あの時の……」

 リードも気づいてハッとした。

「きみ、リードって言うんだね。ボクの名は、杏里・アンリエットさ」

「あ……『アン』が二個もある!」

「あたしは一個……負けた……」

 その場でがっくり肩を落とすアンシャーリー。

「杏里は、リードがすぐに女の子だって気づいたの?」

 アイーシャが不思議そうに尋ねる。

「もちろん一目でわかったよ」

 名残惜しそうに、杏里は姿勢を正す。

 ようやくその腕の中から解放されたリードは、よろよろとアイーシャにすがりついた。

「その歩き方。体重の運び。細いくるぶし。ハスキーがかった、くぐもった叫び声──」

 ひとつひとつの言葉に、杏里はジェスチャーをのせて語る。

「それになにより、お菓子みたいな女の子の香り。それだけあれば、誰だって一目瞭然さ!」

「か、香り……って……」

 唖然とするアイーシャ。

 その腕の中のリードも、むっと顔をしかめる。

「さあそれじゃ、さっそく対策を練ろうじゃないか!」

「えっ……何の?」

 戸惑いがちにアイーシャが尋ねた。

 杏里は板張りの床の上で、ステップを踏んでかけまわり、バールの入り口にシルエットとなって立った。

「ジャ〜ン! もちろん、リードの歓迎パーティのことさ! 話はちゃあんと聞かせてもらったからね」

 目が点になる三人。

 あいや、アンシャーリーだけは無闇にワクワクしている。

「みんなで、お揃いのバイキング帽をかぶって、ひと晩じゅう『ウ』と『ラ』の歌を輪唱する相談をしてたんだろう? そんな楽しいことわぷっ───」

「このバカは放っておきなさい」

「……ク、クローエ」

 変なポーズでキメていた杏里を、壁にむけて張りとばし、クローエ・ウィザースプーンが顔を見せた。

「リードさん、わたしもあなたの警護に一役買わせてもらうわ」

 すでに事情に精通している様子で、クローエは単刀直入に切り出した。

 リードはきょとんとして、クローエを見返した。

 クローエもまた、ブロンドの少女の姿を、まじまじと見つめる。

「私のわがままを、許していただけるかしら。アイーシャ」

「許すだなんて……心強いです。でも、どうして……」

 リードを知っているんですか?

 そう、続けようとしたアイーシャに、クローエは伏し目がちに視線を送る。

「わたしには、そうする義務がある」

 胸のロザリオが、静かに握りしめられる。

「そう。ウィザースプーンの名に恥じぬ行いをする、義務が……」

sapphism_no_gensou/7454.txt · Last modified: 2013/06/01 22:49 (external edit)