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sapphism_no_gensou:7355

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[Narration] そう言えば、この部屋の天井をこうして見上げることなんて、滅多になかった。

[Eliza] う、ううん……。

[Narration] 視界に少し遅れて、意識もはっきりしてくる。

[Bess] あ、目が覚めた?

[Eliza] ……ベス?

[Narration] 急速に、意識が醒めてくる。

[Narration] 倒れたのはなんとなく憶えている。……失態だと思う。慌てて体を起こそうとして、それがひどく重く感じることに気づく。

[Eliza] ……っ……。

[Narration] こんなに、重症だったなんて……。

[Bess] あ、無理に起きあがらない方がいいわ。その……。

[Eliza] え?

[Narration] そこで、自分の体が重く感じた理由に気づいた。

[Eliza] ニキ様……。

[Narration] 起きあがろうとしても無理だったわけだ。ニキ・バルトレッティが、私の体に、ひしと抱きついていた。

[Bess] その、ゆっくりと休ませてあげたかったんだけど……。

[Narration] ベスがそっと、耳打ちで教えてくれる。

[Bess] ニキ様がどうしても、イライザから離れてくれなくて……。

[Bess] あなたが倒れたって、天京院様が、教えてくれたの。その、部屋から出てこられたところに、たまたまあたしがいたんだけどね。

[Bess] とりあえず、あなたを寝かせようとしているうちに、どんどん人が集まってきちゃって……。

[Eliza] 集まって……?

[Bess] それで、とりあえず寝椅子の上を片づけて、寝かせたところで、ニキ様があなたに抱きついたまま……、ね。

[Bess] ニキ様……? イライザも、もう、気がつきましたから……。

[Narration] ベスが、頭を撫でながらそう伝えても、私に抱きついた彼女は、無言のまま、首を振るばかりだった。

[Bess] ……ね。心配されちゃってるわね。

[Eliza] ニキ様……? 私、もう、大丈夫ですから……。

[Anri] イライザ! 気がついたのかい!?

[Anri] ああ、起きなくていいよ! そのままで!

[Narration] とても、私を安静にさせるとは思えない声をあげながら、杏里・アンリエットが室内に入ってくる。

[Nicolle] お、生きてる生きてる。

[Anne Shirley] あらら、あたしの出番はなさそうね。

[Narration] そして、後から後から、部屋に入ってくる、見慣れた顔。

[Anri] ああ、許しておくれ、イライザ!

[Eliza] ……は?

[Narration] 真っ先に、私の元に駆け寄ってきてくれた杏里の言葉に、私は面食らう。

[Anri] 倒れてしまうほど、キミに負担をかけていたこのボクを! そして悔やまれてならないのは、なぜキミは、ボクの部屋で、いや、ボクの腕の中で倒れてくれなかったということだ!

[Anri] ああ、そうか! なによりもキミに詫びるべきは、倒れる瞬間に、ボクがそばにいなかったことだね!

[Nicolle] 無茶言うな。

[Nicolle] 第一、イライザが倒れたのは、このカナエの部屋の惨状だぜ。

[Tenkyouin] ……そうなのか? ……まぁ、普段よりも、ちょっとはひどいかと自分でも思うが……。

[Soyeon] 天京院先輩……、これはちょっとじゃすまないですよ……。

[Eliza] あ、あの……。

[Narration] まだ、ニキ・バルトレッティが私にしがみついているため、十分に体が起こせないまま、私は目の前の事態への参加を試みる。

[Anri] ああ、そのまま、そのまま! まだ起きちゃダメだよ!

[Alma] そうですわ。ゆっくりお休みになっていてください。

[Bess] ……お言葉に甘えたら?

[Narration] ベスがそっと耳打ちしてくれる。

[Narration] このまま、横になっていたら、どれほどいたたまれない事態になるかわかっていそうなものなのに。抗議のために、ちょっとにらんでみる。

[Bess] 大丈夫よ。

[Narration] 通じていないみたいだ。

[Bess] 夜番の人への引継は、うまくやっといてあげるわ。もう少し、横になっていていいから。それじゃ、あたし、もう行くね?

[Eliza] ちょ、ちょっとベス……。

[Bess] それでは、皆様、私はこれで失礼いたします。

[Anri] ああ、どうもありがとう!

[Bess] イライザのこと、よろしくお願いしますね?

[Anri] まかしておいてよ!

[Eliza] ま、待って……。

[Alma] イライザさん、ダメですよ、まだ、横になっていなくては。

[Eliza] い、いえ、私、もう……。

[Alma] いけません。チーフメイドへの昇進も控えていますのに、無理をなさっては……。

[Anri] なんだって!? イライザ、昇進するのかい!?

[Nicolle] はぁ!? なんだ、杏里、知らなかったのか?

[Anri] うん、まったく!

[Narration] ……どうして、この人は時々、こうも情報に触れるのが遅くなるのだろう。

[Anri] 素晴らしいよ、イライザ! ますます、メイドの中のメイドという存在に磨きがかかるんだね!

[Eliza] いえ、あの……。

[Narration] こんな、倒れたままの姿勢でそんな言葉を聞かされても……。

[Alma] ますます、お忙しくなられますもの。ご自分を大切にしていただかなくては……。

[Anri] 本当に!

[Nicolle] 簡単なことだろ。普段から面倒かけているヤツが、ちゃんとすればいいんだから。

[Nicolle] 杏里とか、カナエとかがね。

[Soyeon] ……ニコルもね。

[Anri] その通り!

[Anri] ボク達は、知らないうちにイライザに負担をかけすぎていたんだよ!

[Anri] ああ、これからチーフメイドとなり、より素晴らしいメイドへの道を歩んでいくイライザを、ボク達も応援しなくてはならない!

[Anri] ねぇ、みんな! 自分のことは、なるべく自分でやろうよ! 当たり前のことだよ!

[Narration] ……杏里様、あなたがそれを言いますか……。ひしひしと嫌な予感がこみあげてくる。

[Anri] ねぇ、かなえさん!

[Narration] それはもう、逃れようのないほど。

[Anri] 今のこの部屋はちょっとひどいよ! この部屋をメイドに掃除させるなんてあんまりだ!

[Narration] 半分は同意する。でも、こちらの存在意義というものも、少しは考えて……。

[Anri] 大いなるイライザのメイドクイーンへの道の第一歩を、ボク達で見送ってあげようよ! まずはこの部屋をボク達の手で、きれいに掃除して!

[Narration] ああ……。

[Anri] さぁ、みんな! モップを持って!ほうきを! 掃除機を!

[Anri] さぁ! 大掃除だ!

[Eliza] あ、あの……!

[Narration] たまらず、体を起こそうとする。しかし、どうしてもニキ・バルトレッティは離れてくれない。

[Narration] そして……。

[Narration] 体を起こすこともままならない私の眼前で、信じられない光景が繰り広げられようとしていた。

[Eliza] おやめください!

[Narration] ついに、我慢の限界をこえた声が出た。

[Narration] 私の声に、部屋の中の一同が、ピタリとその場で動きを止めて、こちらを見る。

[Anri] えっと、あの……?

[Narration] ……耐え難い10分間だった。メイドとして。

[Narration] 事態は悪化の一途をたどっていた。

[Narration] 整頓されず、ただ積み上げられていく諸々の研究資料。

[Narration] 端に寄せられただけで放置されている機材、そのすぐそばを無秩序に通過する掃除機。

[Narration] 分別もされず、一緒くたに放り込まれていくだけのゴミ。

[Narration] それは、拡大再生産されていく混沌だった。

[Narration] どうにか、ニキ・バルトレッティを引きはがして立ち上がり、手早くエプロンを身につける。

[Eliza] ………………。

[Anri] ……えっと、どこかまずいところでもあったかな?

[Eliza] ……皆様。

[Eliza] お気持ちだけ、ありがたくちょうだいいたします。

[Narration] よかった。どうにか、笑顔でそれが言えた。

[Anri] でも、イライザ、ボク達は……。

[Eliza] ご心配はいりませんわ、杏里様。

[Eliza] たとえ、チーフメイドになっても、仕事の内容は特に変わりません。もちろん、皆様のお世話もちゃんとさせていただきます。

[Eliza] こ・の・よ・う・な、お気持ちをいただいては、かえって心苦しいほどですわ。

[Anri] で、でも、その、大変じゃないかなー、と、思って……、ねぇ……。

[Eliza] あら、大変だなんて、ちっとも!

[Narration] なんだろう、この、どこかすがすがしいともいえる気分は。

[Narration] 素敵な友人達。そういえるあなた達の存在がうれしい。

[Eliza] 天京院様、そうですね、杏里様のお部屋のバスルームをお借りしてはいかがですか? シャワーをあびて、着替えをすませられるといいかと存じます。

[Tenkyouin] む、あ、ああ……。

[Eliza] アンシャーリー様、今、コーヒーメーカーの中に入れたものは、速やかに取り出していただきますよう。

[Eliza] ニコル様、アルマ様、ソヨン様、先ほどのゴミの分別は、船内規則、及び、宿舎使用案内にちゃんと従っておりましたか?

[Anne Shirley] おや?

[Nicolle] ひゃ。

[Soyeon] あ。

[Alma] まぁ。

[Narration] なるほど、確かにこれは、やりがいのある仕事なのかもしれない。

[Eliza] どうってことありませんわ、忙しさなんて。ええ、この部屋の後片づけに比べれば!

[Eliza] さぁ! お掃除の邪魔になります!この部屋から出ていかれますよう!

[Narration] きっ、とにらみわたすと、全員がゼンマイ仕掛けの人形のように、ギシギシと部屋から退散していく。……たまには、こういうのも悪くないかも。

[Narration] 最後に、部屋から出ていこうとした一人だけ、そっとその服の裾をつまんで引き留める。

[Anri] あ、あの、イライザ? ボクになにか……?

[Narration] 少しだけ、口の端から笑みがこぼれたみたい。きょとんとした顔を向けてくる。

[Eliza] 杏里様は、どうか、黙って私の働きぶりを見ていただかれますよう。

[Narration] ねぇ、愛しき我が主人よ。

[Narration] 私の人生も、これでなかなか、悪くない。

sapphism_no_gensou/7355.txt · Last modified: 2018/05/22 17:15 (external edit)