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sapphism_no_gensou:7354

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[Narration] 12:00。

[Narration] メイドの昼の戦争が始まる。

[Narration] いつも通り、昼食はお昼にちゃんととりたい同僚のために、ランチタイムの仕事を買ってでる。

[Narration] 体調が悪いことでさえ、あっけなく忘れられるほどの忙しさ。どんな良家の子女だろうと、この時間に食事をしないことなんて不可能だということがよくわかる。

[Narration] その忙しいさなか……。

[Sylvie] イライザ様!

[Crimea] ここにいらしたんですねぇ!

[Narration] よっぽど慌てていたんだろう。私の姿を見るなり、シルビィとクリミアが駆け寄ってくる。

[Eliza] ちょ、ちょっと……。

[Narration] こんなところで、様づけで呼んでくるなんて。事情を知らない人に聞かれたら、なんと思われることか。

[Eliza] こ、こちらへどうぞ?

[Narration] とりあえず、二人をテーブルの一つに座らせ、オーダーをとるふりをする。

[Eliza] ふ、二人とも……。ダメじゃない、こんなとこで、そんな呼び方をしちゃ……。

[Narration] 確かに、彼女達は友人で……、かつては、そう、様をつけて呼ばれても平然としていたこともあったけど……。

[Narration] 今は立場的には学生と職員。体裁を取り繕った言い方をしなければ、主人とメイドだ。

[Sylvie] あ、ご、ごめんなさい……。

[Crimea] 私達、イライザ様の話を聞いたら、とても、じっとしていられなくてぇ……。

[Eliza] 私の話?

[Sylvie] はい! 聞きました! このたび、チーフメイドにご昇進されるって!

[Crimea] さすがはイライザ様ですぅ!

[Eliza] ちょ、ちょっと二人とも? どこからその話を聞いたの?

[Sylvie] あ、あの、えっと、その……。

[Crimea] それは、そのぉ……、内緒、なんですぅ……。

[Eliza] ……教えてくれないかしら? あなた達にも、教えてくれた人にも迷惑はかけないわ。

[Sylvie] ……私達が教えたこと、秘密にしてくださいね?

[Crimea] そのぉ、ベスさんに教えてもらったんですぅ……。

[Narration] 彼女もどうしてしたたかだ。きっと、この二人からたっぷり、情報量としてチップを受け取ったことだろう。

[Eliza] 仕方のないこと……。

[Sylvie] それにしても、一年もたたないうちのご昇進、イライザ様、ほんとに素敵です!

[Crimea] きっと、私達が卒業するまでには、メイド長になってしまいますわぁ!

[Sylvie] あ、でも……。私達、心配でもあるんです……。

[Eliza] え?

[Crimea] そのぉ……、イライザ様が、どんどん遠くに行ってしまう気がして……。

[Narration] ……チーフメイドになって、いったいどこに行くというのだろう。ともかく。

[Eliza] あ、あの、まだ正式に決まったことじゃないの。お願いだから、他の人に話したりしないでね。

[Narration] そう言うと、二人は少し、がっかりした顔をした。たぶん、この一大事を他の人に吹聴できないのが残念なんだろう。そんなことされたらたまらないけど。

[Eliza] ね、ちゃんと決まるまで、私達の秘密にしておきましょう?

[Sylvie] ……! はい!

[Crimea] わかりましたぁ!

[Narration] キーワードは、『私達の秘密』。これでこの二人は大丈夫だろうけど……。

[Narration] この話、いったいもう、どこまで広まっているのだろう……。

[Narration] そろそろ周りの目もごまかせないので、二人からオーダーをとってテーブルを離れてから、そう思った。

[Narration] 14:30。

[Narration] 午後の授業が始まっている。

[Narration] 私達メイドは、遅めにとった昼の休憩も終わって、午後の仕事にとりかかっている時間だ。

[Narration] 朝一番でリネン室に預けたシーツや洗濯物が仕上がってくる。それをかかえて各部屋を回り……

[Narration] ポストオフィスに寄って、郵便物を受け取り、それを配達したりもする。

[Narration] お給料をもらっているから当然としても、どうしてなかなか、忙しい。学生でいた頃は想像もつかなかったけど。

[Bess] ごめんねぇ。

[Bess] あの子達も、喜んでくれるニュースだと思ったから。

[Narration] 悪びれないんだから。

[Eliza] ええ、それはもう、大喜びだったわ。

[Narration] 昼休み中、シルビィとクリミアが離してくれなかった。料理を運ぶ時や追加のオーダー、飲み物のお代わりにかこつけて、自分のことのようにうれしさを語ってくれた。

[Narration] それはもう、聞いている私が恥ずかしくなるくらい。

[Eliza] 別に、責めるつもりはないけれど……。

[Narration] あなたはチップをもらって、私はカフェテリアの責任者ににらまれかけるスリルを味わったのは、ちょっと割に合わないと思わない?

[Eliza] 他の人には、話してないでしょうね?

[Bess] ええ。

[Eliza] ならいいけど。

[Narration] 仕事の途中で偶然、会ったベスとはそういう会話をして別れた。

[Narration] それから10分もたたないうちに。

[Nicolle] よう、イライザ。昇進するんだって?

[Eliza] ……ニコル様……。

[Eliza] どちらからお耳に入れられたんですか?

[Nicolle] ネタ元はクローエ。

[Narration] 忘れていた。学園中に耳を張り巡らせている元級友の存在を。

[Nicolle] それがソヨンに伝わって、ソヨンがアルマに話して、アルマがさっき、ニキのとこに来て、あたしに教えてくれた、と。

[Nicolle] ま、あたしにしちゃ、出遅れたもんだけどさ。とりあえず、おめでとさん。

[Eliza] まだ、正式に決まったわけじゃないんですよ。

[Narration] 情報の伝播の仕方にめまいを覚えながら、そう答える。

[Nicolle] へぇ? でも、ま、断る理由なんてないだろ?

[Narration] あります。考えれば、それなりに。

[Narration] 思いつつも、そうとは答えられない。仕方なくわらってごまかしておく。

[Nicolle] で、今は郵便屋なんだ。あたしあての、なんか来てる?

[Eliza] 来てますね。ご実家から、お手紙が。

[Nicolle] あ、それはいらない。宛所不明で送り返しといて。

[Eliza] そういうわけにもいかないでしょう。

[Nicolle] あとは? あたしゃ、ニキのとこに戻るから、ニキ宛のがあるなら、持ってくよ? アルマとソヨンもあとで来るって言ってたから、なんなら、それも。

[Eliza] いけません。そんなことお願いできませんよ。

[Nicolle] んー、ならいいけど。でも、イライザ、昇進したら、もっと仕事が増えるんだろ?

[Nicolle] たいへんなんじゃないの? 適当に手を抜いときなよ? 例えば、杏里のことはしばらく放っておくとかね。

[Narration] できますか、そんなこと。

[Narration] 15:30。

[Narration] 恐れていたことが、ついに起きる。

[Narration] ここ一週間ほど、「研究のため」自室に引きこもり、一歩も外に出ず、誰も部屋に呼び寄せなかった天京院鼎から、コールが入る。

[Narration] 曰く、こっちは一段落ついたので、なにか食べるものを持ってきてほしい、と。

[Narration] ……食事を持っていくだけなら、たいしたことはない。おそらくコーヒーしか口にしていなかっただろうから、胃にやさしいものを用意していけばいい。

[Narration] それよりも、「研究」に一週間、費やされた部屋の中の方が問題だ。

[Narration] おそらく、それは、凄惨な光景をなしていることだろう。

[Narration] 部屋中、いたるところ、床の上だけでなく、机、寝椅子、ベッド、そしてキッチンからバスルームにいたるまで散乱し、堆積した様々なもの。

[Narration] 資料、衣服、ミキサー……、彼女の部屋にあるものすべてが、今、秩序をまったく失った状態で放置されている。

[Eliza] ……よし。

[Narration] コールを受けてから、たっぷり一分間で最悪の想像と覚悟を完了させてから、ワゴンを押して、彼女の部屋へ向かう。

[Eliza] ……天京院様?

[Tenkyouin] ああ、入ってくれ。

[Narration] ノックに、生気のない声が返ってくる。

[Narration] 想像以上だったかもしれない。

[Tenkyouin] ああ、久しぶりの食事だ。助かった……。

[Narration] 珍しいほど憔悴をにじみ出させて、這い出てくる。

[Eliza] ………………。

[Narration] こっちは言葉もない。どうしよう? とりあえず、彼女は邪魔だから、食事をさせてから、シャワーでも浴びさせて……。

[Narration] だめだ、バスルームはきっと、使える状況じゃない。

[Tenkyouin] ああ、おいしそうだな。だけど、うう……、今はそれよりも眠い……。すまない、せっかく持ってきてくれたけど、しばらく寝させて……。

[Eliza] い、いけません!

[Narration] この部屋を、これ以上、放置しておくことは!

[Narration] 第一、どこで寝るというのだ。ベッドにも寝椅子にも、そんなスペースはありはしない。

[Narration] 床も見えないほどに散らかされた室内。換気も満足にしていなかったにちがいない。部屋中に充満している、この、コーヒーのにおい……。

[Eliza] ………………。

[Narration] 立ちくらみを覚える。いや、ほんとうに……?

[Tenkyouin] おい、どうした? イライザ……。

[Tenkyouin] なんだか、もしかして、君、顔色が……。

[Narration] 最悪だ。彼女に心配されるなんて。でも、その声と姿さえ、どこか遠くに思える。いや、もしかして……。

[Narration] なにをどう、思うまもなく、私の意識は、闇の中へと落ちていった。

sapphism_no_gensou/7354.txt · Last modified: 2018/05/22 17:15 (external edit)