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sapphism_no_gensou:7352

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[Narration] 7:30。

[Narration] サイドボードに置かれた電話の子機が、設定上最小のわずかな呼び出し音を鳴らすやいなや、ベッドの上のブランケットをかぶった塊から細く白い腕が伸び、その子機をひったくった。

[Chloe] ……起きてるわよ。

[Narration] 言葉の意味と裏腹に、起き抜けとしか思えない低い声が受話器から伝えられる。。

[Eliza] お時間になりましたので、ご連絡いたしました。

[Narration] 大廊下をクリーニングされたばかりの衣服を山ほど抱えて歩きながら、イライザはヘッドセットの携帯電話でクローエにモーニングコールを入れていた。

[Chloe] 『ありがとう』

[Eliza] 朝食はいかがいたしますか?

[Chloe] 『……カフェでとるわ』

[Narration] 不機嫌そうな答えが返ってくる。

[Chloe] 『……そうだ、ヘレナは?』

[Eliza] ヘレナ様ですか? 本日は、起きられる時間は聞いておりませんが……。

[Chloe] 『そう、じゃあ、もう起きてるわね。カフェに 来るように伝えてくれる?』

[Eliza] ええ……?

[Chloe] 『昨日、貸してもらった本を、朝、いちばんで 叩き返してやろうと思っていたのよ』

[Eliza] はぁ……。……かしこまりました、ヘレナ様にご用件をお伝えしておきます。

[Chloe] 『頼んだわ』

[Narration] 言葉と同時に電話が切れる。

[Narration] 告げられた内容を反芻して、手にした洗濯物の山の届け先を頭の中で確認する。

[Eliza] ヘレナ様への伝言を片づけるのがいいわね。

[Narration] くるりと行き先を反転させる。駆け足にならない、できうる限りの早歩き。同僚のあいだで、巡航速度と言われるスピードで、目指す部屋へと向かった。

[Helena] はい、どなた?

[Narration] ちょうど髪をまとめあげたところで響いたノックに、ヘレナは鏡台の前から立ち上がり、ドアへと向かう。

[Eliza] おはようございます、ヘレナ様。

[Helena] あら、ランカスターさん。

[Eliza] もう、お支度までおすみでしたか。

[Helena] ええ。あら、洗濯物? 預けていたかしら……?

[Eliza] クリーニングに出されていた、制服の上着が仕上がっております。

[Helena] ああ……。もうできたの、早いのね。

[Narration] タグを確認し、袖の先の先までプレスの効いたセカンドの上着を、山の中からさっと引き出す。

[Helena] ありがとう、いいわ、自分でしまっておくから。

[Eliza] 恐れ入ります。それから、クローエ様から、伝言を預かっております。

[Helena] クローエから? なぁに?

[Chloe] カフェの方で、朝食をご一緒したいとのことです。

[Helena] 朝食を……? めずらしいのね、クローエの方から誘ってくるなんて。

[Eliza] 借りていた本を返したいともおっしゃってましたけど。

[Helena] それなら、教室で会った時でもいいのに。……変な人。

[Helena] わかったわ、カフェね。

[Eliza] はい。では、これで失礼します。

[Helena] ええ、ご苦労様。

[Narration] ヘレナの部屋を下がってからも、イライザはヘッドセットの電話から各部屋に電話をかけつつ、仕上がった洗濯物を配り、また、逆に洗濯するべき物を預かって回っていた。

[Eliza] おはようございます、アルマ様。時間になりましたので……、あ、はい、預かっております。

[Eliza] ええ、これからお届けに……、あ、午後でよろしいですか? では、アルマ様が授業でお留守の時に、お部屋に戻して……、はい、では、それで。

[Eliza] え? ええ、夢を、ですか。はい? 杏里様が金のガチョウを抱えて? そのまま池に飛び込んだら、中から天京院様が?

[Eliza] ええ、そういう時はたいてい、金の杏里様も銀の杏里様もお断りになった方が……。え? いえ、この話は、天京院様の不正な所得隠しが問題ではなくて……。

[Eliza] あ、すみません、アルマ様。そろそろ、他の方にもモーニングコールを……、え、ええ、ええ……。

[Eliza] いえ、ですから、そこで杏里様の言うことをまともに信じない方がよろしいかと……。はい、あ……、わかりました。その件につきましては、のちほど……。

[Eliza] え? またサウナで説明を……? いえ、今回はそういう話では……。あ、本当にもう時間が……。はい、失礼いたします。

[Eliza] ……ふぅ……。

[Narration] 歩くスピードは落とさないまま、イライザはひとつ息をついて気分を入れ替えると、次の部屋の番号を電話に打ち込んだ。

[Eliza] ………………。

[Eliza] ……あ、もしもし? ニキ様ですか? 今日はちゃんと起きられて……。あら? ニコル様?

[Eliza] ああ、夕べはニキ様のところにお泊まりになったんですね。散歩の途中のまま……。

[Eliza] ああ、ニキ様はまだ、おやすみですか。ニコル様は本日の授業は……、え? 寝たのはさっきだから、もう一度寝直す?

[Eliza] では、午前中は自主的に休講に……? はい、そうですか。ええ、では、10時ごろに朝食をお二人分お持ちしますね。

[Eliza] はい、では、それまでにニキ様のお風呂と着替えをお願いできますか?

[Narration] 一度だけ、ヘッドセットのイヤホンを耳から遠ざける。ニコルのあまり本気ではない不平の声が遠く響く。

[Eliza] では、また、のちほどうかがいます。失礼いたします。

[Narration] 両手いっぱいに荷物を抱えたまま、器用に携帯を切る。これで、朝、イライザが起こさなければならない相手は全部だ。

[Narration] ソヨンとアイーシャはモーニングコールを入れなくても寝坊の心配はない。天京院とアンシャーリーはコールするだけ無駄だろう。

[Narration] あと一人……、杏里・アンリエットは……、おそらく、ヘレナが叩き起こしにいくだろう。もし誰か、他の部屋にいるのなら……、それはその部屋の人間にまかせればいい。

[Eliza] ……さて……。

[Narration] ここで気を抜いては、と引き締める。杏里からつながる彼女達だけが、イライザの担当する学生ではない。それに今日は、フランキスカが休んだ分、仕事が少し増えている。

[Narration] モーニングコールがすめば、さらに、ひと仕事が待っている。

[Narration] イライザは、気を抜くと薄くモヤのかかる今日の頭を、醒ますように一度、強く振ると、ギャレーへと向かう。

[Narration] これから、戦場にも等しい殺気と喧噪に包まれたギャレーから、学生の指名した、あるいは、好みにあった、朝食を速やかに確保しなければならない。

[Narration] 学生が、朝のわずかな時間を惰眠と交換して、残りの時間を戦いに費やすなら、メイドもまた、主たる学生のために、戦場に赴かなければならないのだ。

sapphism_no_gensou/7352.txt · Last modified: 2018/05/22 17:15 (external edit)