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sapphism_no_gensou:7302

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[Helena] それで? お返事はしたの?

[Chloe] 返事も何も。

[Narration] 貸し出し用のカウンターを挟んで、本を返却しにきたヘレナと、読書中のクローエが言葉を交わす。

[Chloe] まだ、封も切ってないわ。

[Helena] 失礼な話ね。

[Chloe] もらったのは昨日よ。まだ、失礼じゃないわ。

[Helena] そうかしら?

[Narration] 返却の手続きを終えたヘレナが、カウンターの上に一時置いていた自分の荷物を手に取る。

[Chloe] なに? またボランティア?

[Helena] 仕事よ。天気もいいし、ここのテラスを借りようと思って。

[Chloe] ねぇ……。

[Helena] なに?

[Chloe] 今日、杏里は?

[Helena] バルトレッティさんのところじゃないかしら?

[Chloe] それじゃ、今日一日は静かにすごせそうね。お邪魔じゃなければ、わたしもご一緒していい?

[Helena] え? どこに?

[Chloe] テラスよ。あなたは静かに仕事とやらをしてるのでしょう?

[Helena] ああ……。いいわ、一緒に行きましょう。

[Eliza] あら。

[Eliza] いらっしゃいませ、ヘレナ様、クローエ様。お茶など、よろしければお持ちしましょうか?

[Helena] イ……、ランカスターさん!?何してるの、こんなところで!

[Narration] テラスに出た二人を迎えたのは、かつてのクラスメイト、現在学園職員のイライザだった。

[Eliza] 何、と申されましても……、ギャレーの方で用意したお茶や軽食を、テラスをご利用の方にご提供させていただいてるのですが……。

[Helena] え、でも、そんなことって……。

[Chloe] 何を今さら。無許可の副業に決まってるじゃない。

[Eliza] 皆様からいただいているご好評が、何にもまさる許可証だと思っております。

[Chloe] 慣習よ。イギリス人が大好きなものね。

[Eliza] 伝統です。お茶の飲める場所にティーセットがないのはなによりの不幸ですから。

[Chloe] ちなみに、学園長も黙認してるわ。

[Eliza] そうですね、ええ、よく、ソフィア教授とご一緒にお茶を楽しまれていかれます。

[Helena] ……わかったわよ。

[Narration] 淡々と説明するクローエ、にこやかに言い添えるイライザに挟まれて、ヘレナは脱力して椅子に腰を落とす。

[Chloe] めずらしく聞き分けのいい。

[Helena] あきれてるのよ。

[Eliza] お二人とも、お飲物をいかがなさいますか?

[Chloe] コーヒー。ブレンドでいいわ。ミルクはいらないから、砂糖だけ持ってきて。

[Eliza] かしこまりました。ヘレナ様は?ロシアンティーもできますけど。

[Helena] ……アイスティーを。

[Eliza] かしこまりました。

[Narration] やがて、二人の頼んだ飲み物が運ばれてくる。人もまばらな時間帯、それほど忙しいということもないのか、イライザも特に下がらずに二人のテーブルの側に控える。

[Narration] 礼儀のように、テーブルについた二人は飲み物に口をつけると、それぞれが持ってきたものに目を落とす。

[Narration] ヘレナはブリーフファイルから取り出し広げた書類に、クローエは、読み差しのハードカバーに挟んでおいた、懸案の封筒に。

[Narration] 昨日から何一つ変わりのない白い封筒。表書きの宛名、裏側の署名。つまらなそうに、それでも穴の空くほどたっぷりと、封筒をながめわたすクローエにイライザが声をかける。

[Eliza] そう言えば……。

[Eliza] クローエ様、なんでも、ラブレターをいただいたそうで。

[Chloe] ……っ!

[Narration] 封筒を手にしたまま、クローエが硬直する。

[Chloe] ……どこでそれを?

[Eliza] ……少し、口を滑らされたんですよ。ご本人も、反省しておられました。

[Eliza] 大好きな先輩のことだから、嬉しかったんでしょうね。

[Chloe] わかったわよ、とやかく言わないわ。

[Helena] ラブレターという趣旨はともかく、親しみを手紙にしたためるという行為自体は悪いことではないわね。

[Helena] でも、最近、よく聞くわね。流行っているのかしら。

[Chloe] 永遠のテーマらしいわね。

[Narration] 思い出した。ソヨンだけじゃない。杏里も同じような自国の少女向けマンガメディアをはしゃぎながら見せてくれたことがある。

[Narration] 杏里の興奮ぶりが少し煩わしくて、突っ返したのも憶えている。

[Helena] なんにせよ、封も開けずにいるのは、失礼だと思うわ。

[Chloe] それはそうね。……なら、ここで開けようかしら。興味がある?

[Helena] え……? あ、え、いえ!そんな人のプライバシーを!

[Chloe] ……あなたって嘘のつけない人ね。

[Narration] わずかにわらって、制服のポケットからレターナイフを取り出す。鞘を払って、封蝋をはがす。

[Narration] 中に収まった、封筒と同じように、飾り立てたところはなくとも丁寧に折り畳まれた便箋を、クローエは静かに開いた。

[Narration] 落ち着かなげに、手元の書類とこちらとに視線を往復させる友人と、出しゃばらず、しかし視線をそらすでもなくこちらを見ている友人とに、それぞれ視線を投げてから。

[Narration] クローエはゆっくりと綴られた文字を追っていった。

[Narration] 『クローエ・ウィザースプーン様』

[Narration] 『初めまして』

[Narration] 『たぶん、こうやってお手紙をするのは、いえ、お話しさせてもらうことすら、初めてだと思います』

[Narration] 『お近くにいられたことも、あまりなかったけれど……』

[Narration] 『ずっと、あなたに憧れていました』

[Narration] 『その凛々しさ、気高さ、美しさに。武道に励むお姿と、神に祈りを捧げられるお顔とに』

[Narration] 『私は、故あって、間もなくこの学園を去らなければなりません』

[Narration] 『その前に、せめて、この気持ちだけでもお伝えしたく、筆をとりました』

[Narration] 『願わくば、あなたの記憶の中に、私の名前がひとときでも刻まれますよう』

[Narration] 『ニナ・コルーラウシュ』

[Chloe] ………………。

[Chloe] ……名前、初めて知ったわ。

[Narration] 乾いた音を鳴らして、クローエの手の中で、手紙が折り畳まれる。

[Helena] あ、あの……。

[Helena] ごめんなさい、聞くつもりじゃなかったんだけど……。

[Chloe] 馬鹿ね、聞かせたのよ。

[Chloe] この子、知ってる?

[Eliza] 直接、お世話を担当しているわけではないのですが……。

[Eliza] 確かに、近々、学園を退学されるらしいというのは聞いております。

[Chloe] そう……。

[Helena] どうするの……?

[Chloe] どうするって言われても……、ねぇ……。

[Chloe] まさか、杏里みたいな真似をするわけにもいかないし……。

[Helena] 杏里みたいなって……。

[Helena] ク、クローエ!? そんなふしだらな!

[Chloe] どこまで想像したのよ、あなた。

[Helena] ……!

[Chloe] いやね、すっかり毒されて。

[Helena] わ、私はそんなこと……!

[Eliza] クローエ様? あまりヘレナ様を責められても。ヘレナ様にそのような想像を働かせる例えを持ち出された方も……。

[Helena] そ、そうよ……!

[Chloe] そう、じゃぁ、悪いのは杏里ね。

[Helena] そ、そうね……?

[Chloe] いつも、ヘレナに戯れかかっては、淫らでふしだらな行為に及び、目を覆いたくなるような痴態を引き出す杏里のせいね?

[Helena] え、わ、私はそんな……!

[Eliza] 仕方ありませんわ。あの方も強引ですし、ヘレナ様もお断りになられませんから。

[Helena] こ、断ってます!断固として、拒絶の意志を示してます!

[Chloe] 聞いてもらったためしがないのよね。罪深いものだわ、杏里も。

[Chloe] このヘレナ・ブルリューカをして、憧れを綴っただけのいたいけな後輩からの恋文から、淫らな行いを想起させるのですものね。

[Helena] ううっ、神よ……、お許しください……。

[Chloe] あまり、我らが神の手を煩わせてはだめよ。

[Eliza] クローエ様、そのへんで。

[Chloe] ……そうね。ヘレナもテーブルの下にもぐってしまったことだし。

[Eliza] なにか、心に障ったことでも?

[Chloe] 障るということでも……。そうね、ちょっと持てあましてしまってるのよ、この手紙を。

[Chloe] どうしてくれよう?

sapphism_no_gensou/7302.txt · Last modified: 2013/06/01 22:49 (external edit)