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sapphism_no_gensou:7301

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[Narration] 陽光がさんさんと降り注ぐ、H・B・ポーラースター、空中庭園の遊歩道。

[Narration] 陽射しの下で映える緑の中をのびる白い石の道を、二人の少女が並んで歩く。

[Soyeon] ここのところは暖かい日が続きますね!

[Chloe] 季節相応ってところじゃないかしら? 曲がりなりにも学園船ですもの、季節はずれな場所ばかり航行するわけにもいかないでしょう?

[Soyeon] その割には、よくあるような気もしますけど……。

[Chloe] そうかもね。逆に、季節にあわせた場所を走ることにも、妙に律儀だったりしないかしら、舵を握る人は。

[Soyeon] うーん、そうかもしれませんけど……。せっかく自由に場所を動けるんですから、過ごしやすいところばかりというのはいけないんでしょうか?

[Chloe] そういう『中途半端』をいちばん嫌いそうね、学園長なら。

[Narration] 日当たりのよい場所を歩けば少し汗ばんでくるほどの陽気も、つい先ほどまで格技場でクラブ活動に励んだ後、冷たいシャワーで汗を流した二人には心地よく、会話もはずむ。

[Soyeon] それにしても、クローエ先輩の技はほんとにきれいです。

[Soyeon] ……本場の国の人が何を言ってるのよ。

[Soyeon] 踵落としなんか、もう、速いしきれいだし……。

[Chloe] あなたもそのうち、できるようになるわ。

[Soyeon] あたしなんかまだまだです。はぁ、どうやったらクローエ先輩みたいに、きれいに技を決めることができるんだか。

[Chloe] ……実践を重ねることよ。

[Soyeon] 実践……ですか?

[Chloe] そうよ。たとえば……、図書室で騒ぎ散らす不届き物を蹴り倒す、とかね。

[Soyeon] ……実戦ですね……。

[Narration] 一瞬、ソヨンが真理をかいま見たその時。

[Unknown] あ、あの……。

[Narration] 遠慮がちにかけられた声に、続けようのなさそうな会話を切り上げて、クローエとソヨンは視線を向ける。

[Narration] 二人が歩く遊歩道の少し先に、セイラー服とタイトスカートを組み合わせてデザインされたファーストクラスの制服をまとった少女が立っていた。

[Narration] 少し紅くなった頬の上、まっすぐに二人を見つめる目。それが、クローエとソヨン、二人の視線を受けて、わずかにひるむ。

[Chloe] あなたのお友達?

[Soyeon] ええ、クラスメイトで……。

[Chloe] それは見ればわかるわ。何か、用があって待ってたんじゃないの?

[Soyeon] あ、そか。どうしたの? 何か……。

[Girl] あ、いえ、その……。これを……。

[Narration] おずおずと差し出される封筒。

[Soyeon] あれ? 先生からの伝言……?……じゃ、ないよね、これは……。

[Girl] これを……。

[Narration] おそらく、なけなしの勇気で差し出したその封筒を、少女はもう一度、自分の胸元に抱き込む。

[Narration] 頬を真っ赤にしたクラスメイトの視線の先を感じ取って、ソヨンはわずかに体をずらす。そこには、二人のやりとりをやや怪訝げにながめているクローエの姿があった。

[Girl] これを、ウィザースプーン先輩に読んでもらいたくって……!

[Narration] 精一杯という感じで押し出された言葉に自分の名字を呼ばれて、クローエはわずかに目を見開いた。

[Chloe] ……わたし?

[Soyeon] やっぱり……。

[Chloe] これは……。

[Soyeon] どう見ても……。

[Narration] 封筒がクローエの手に渡った瞬間、耐えかねたように、少女は走り去ってしまった。

[Narration] 後に残されたクローエとソヨンとしては、渡された封筒を眺めやりながら、彼女の意志を推察するしかなかった。

[Chloe] はぁ……。

[Soyeon] 意図は明らかですよねぇ……。

[Chloe] まだ、わからないわよ。

[Soyeon] いや、もう絶対ですよ!

[Soyeon] いやでも、クローエ先輩といると、ほんとにマンガで読んだようなシチュエーションに遭遇できますよね。

[Chloe] ……ねぇ、そのマンガを持ってきて、ファーストクラスのあいだで広めているのは、誰?

[Soyeon] えええ!? いやいやいや! あのあのその!

[Soyeon] ……あたしじゃ、ないですよ?

[Narration] ──ゴンッ──!

[Soyeon] ……い、痛いですよ……。

[Chloe] 手加減はしてるわよ。

[Narration] その右脚に鮮やかに弧を描かせてから、頭頂を涙目で押さえるソヨンを一瞥して、クローエは視線を封筒に戻す。

[Narration] 眩しく太陽を照り返すほど白い封筒。どことなく、故郷のギリシャの町並みを思わせる。

[Narration] 同じ白の紙と糸を使った飾りが縁をとり、わずかな厚みの差で陰影を作り、レースを思わせる模様を浮かび上がらせている。

[Narration] 趣味は、悪くない。

[Narration] 手渡されたと同時に駆け去ってしまったため、正直、顔もほとんど憶えていなかったが、残された手紙だけで、とりあえずそう、判断する。

[Narration] 金糸銀糸で飾り立てられた手紙など、読む気も起こらない。

[Soyeon] ………………。

[Narration] 手にした封筒をそう、ためつすがめつしていると、同じように封筒を、いや、封筒とクローエを注視するソヨンに気づく。

[Chloe] ここじゃ読まないわよ?

[Soyeon] あ、い、いえ! そんなつもりじゃないです!

[Soyeon] ただ、こういうことがあるたび、複雑な気分になるんです。なんていうか、ちょっと妬けるというか……。

[Chloe] なんでソヨンが妬いたりするのよ。

[Narration] ……あの人ならともかく。

[Narration] 言葉の後半は省略する。言うには馬鹿馬鹿しいことだと思った。

[Soyeon] 同時になにか、誇らしく……。みんなが憧れるような先輩とクラブが一緒で、あと、特別仲良くしてもらって……。

[Chloe] 特別仲良くって……。ちょっと、変な言い方しないでちょうだい。

[Narration] お互い、その言葉を使うのは、同じ人に向けてのはずでしょう? そう、うんざりと思う。

[Narration] 思ったところで、その人物のシルエットが脳裏をよぎる。

[Chloe] ソヨン?

[Soyeon] はい、なんですか?

[Chloe] このこと、他言無用よ?

[Narration] 恥ずかしいことじゃないけど、言いふらすことでもない。自分だけじゃない。未だに名前も知れないけど、あの子のためにも。

[Soyeon] ええ!?

[Chloe] ……なぜ、驚くのよ。

[Soyeon] え、ええ。はい、もちろんです!

[Narration] 信用ならない。このかわいい後輩を、クローエはその時、初めてそう思った。

[Soyeon] はぁ、とうとうこんなシーンまで見れちゃうなんて……。みんなにいろいろ教えてあげた甲斐もあるなぁ……。

[Narration] その小さな独り言を、クローエの耳が拾い上げる。

[Chloe] ……ちょっと待ちなさい。

[Soyeon] は、はい?

[Chloe] あなた、もしかして、ファーストのクラスでわたしのことを話したりしているの……?

[Soyeon] え、ええ……。あ、でも、悪口とかじゃないですよ!

[Chloe] そんなの当たり前でしょう!? 言いなさい! いったいどんなことを話しているのよ!

[Soyeon] え、ええと……、テコンドーがとっても上手なこととか、図書室で騒ぐ人にとてもりりしく注意していることとか……、あと、スタイルがとってもいい、こと、とか……。

[Chloe] ………………。

[Soyeon] あ、あの! クローエ先輩のことを少しでも自慢したくって、あたし……!

[Chloe] ヘレナから聞いたとおりだわ。ほんとにあなたって……、最近、どんどん似てくるのね……。

[Soyeon] え……。

[Narration] 空気を切り裂くしずかな音をまとって、クローエの足が振り上げられる。

[Narration] そのつま先がソヨンの視界の中で太陽を隠し、影をその顔に落とす。

[Soyeon] ひゃ……!

[Narration] ──ゴンッ──!

[Soyeon] い、痛いです!こ、今度はほんとにかなり痛いです!!

[Chloe] おかげで、手加減が効かなくて困るわ。

[Chloe] それにしても……。

[Narration] うめき声をあげるソヨンをよそに、クローエは手にした封筒にもう一度、視線を戻す。

[Chloe] ほんとにどうしたものかしら、これ……。

sapphism_no_gensou/7301.txt · Last modified: 2018/05/22 17:15 (external edit)