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sapphism_no_gensou:7204

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[Narration] そのころ、杏里は。

[Anri] はぁ〜〜〜〜、ニキ〜〜〜〜。

[Eliza] まだ、許してもらえないようですね。

[Anri] そうなんだ〜。

[Anri] 廊下で見かけても、逃げられちゃうんだ。もちろん、部屋には絶対に入れてくれないし……。

[Anri] ああ……、ニキ……。もう二度と、あの柔らかくてふわふわした体を抱きしめることはできないのかなぁ……。

[Eliza] そんなことはないと思いますが……。

[Narration] イライザに部屋の掃除や片づけをまかせ、杏里はひたすらにベッドの上で転がり続けている。

[Eliza] まぁ、だいたいのことはうかがっているんですが……。

[Anri] うーん、ニキには、ボクがニキの曲をほめすぎたのが、気に入らないみたいなんだけど……。

[Eliza] そうみたいですねぇ……。

[Anri] でも、ボクには本当に、ニキの曲はまるで天上で奏でられているかのように聞こえたんだもの……。

[Anri] ニキの作った曲に、ブラヴォー以外の言葉なんて、思いつかないよ……。

[Eliza] それが、ニキ様にはご不満だったんでしょうね。

[Eliza] ニキ様は、杏里様に、作っている曲がどうすればもっといいものになるかを聞きたかったのでしょうから。

[Anri] そう言われてもなぁ。ボクには、音楽の専門的な知識はこれっぽっちもないもの。

[Eliza] きっと、専門的な意見を求めてはいなかったと思いますよ、ニキ様も。

[Eliza] ただ、杏里様の素直な感想を聞きたかったんでしょう。

[Anri] ボクは、素直に答えたつもりなんだけどなぁ。

[Eliza] まず、ニキ様のことをほめようと思われたでしょう?

[Anri] だって!

[Anri] 素晴らしいことじゃないか! ニキが、自分で曲を作って、弾いてくれたなんて!

[Eliza] その気持ちばかりが先に出てしまったんですねぇ……。

[Anri] そうなんだよ……、ああ、ニキ……。

[Eliza] まぁ、今はニキ様もいろいろがんばっているようですから、そっとしておいてさしあげましょうね。

[Anri] うん……。聞いてるよ。曲を作るために、みんなのことを観察してるんだって?

[Eliza] 観察というか……。ええ、きっと素敵な曲を作ってくれますよ。

[Anri] ボクにも聴かせてくれるかな?

[Eliza] ええ、きっと。

[Anri] そっか、だとうれしいな。その時こそ、ちゃんと思ったままを言葉にしてニキに伝えるよ。

[Anri] でも、ブラボーは絶対に忘れられないけどね。

[Narration] 杏里はそう言って、また、ベッドに寝転がる。その姿を見て、イライザの顔に笑みが浮かんだ。

[Narration] 数日後。

[Narration] 胸が、ドキドキする。

[Narration] こんなにも、壊れそうなくらい、胸が鳴るのは、杏里にぎゅっと抱きしめられた時くらい。

[Narration] 不安と、期待がぐちゃぐちゃにまざっているところも、よく似てる。

[Narration] わたしは、やっぱり、何を考えても、杏里になっちゃうんだろうか。

[Narration] どんな気持ちも、杏里と一緒にいる時の気持ちにつながってしまう。

[Narration] でも、杏里。

[Narration] わたし、うれしいの。

[Narration] みんなを見て、杏里を想って、作った曲ができたの。

[Narration] それをみんなに聴いてほしいの。

[Narration] こんなに音を作り出すのが楽しいなんて、わたし、忘れてた。

[Narration] 思い出させてくれたのは杏里なの、みんななの。

[Narration] だから、わたし、みんなに聴いてほしいの。聴かせてあげたいの。

[Narration] ニキの音楽よ。これが、わたしの音よ。

[Narration] これが、みんなの曲なのよ。

[Narration] そう言って贈れるのがうれしいの。

[Narration] ねぇ、杏里、この曲を聴いて。

[Narration] そして、また、杏里の音を聴かせてほしいの……。

[Narration] ぎゅって、抱きしめてくれた時、トクトクと聞こえる、あなたの鼓動を。

[Narration] 入場してきたたった一人の奏者を、そこに集まった面々が拍手で迎え入れた。

[Narration] その音に、すこしだけ不安の色を顔に浮かばせた小さな奏者は……、それでも、まっすぐに背を伸ばして、この日の舞台へとあがっていく。

[Narration] 晴天、雲が水平線に浮かぶ好日。テラスの一角に、椅子とテーブルを集めただけのコンサート会場。

[Narration] その中心に、ニキはこの日のためにあつらえた白いドレスをまとって立った。

[Narration] 時折、まだ、あたりを不安げに見回したり、手にしたバイオリンとその弓を落ち着かなげに抱えなおしたりしながらも、ニキはゆっくりと演奏の準備を進めていった。

[Narration] 集まった友人達は、少し心配を含みながらも、ニキの準備を見守っていた。

[Narration] やがて、スコアを開いたニキが、ぎこちなく、頭を下げる。わずかの間、あがる拍手。

[Narration] それもやがてやむと、ニキは、ひとつ、息をくっとのんで、バイオリンを肩にあてる。

[Narration] またひとつ、そして一度、息をつく。そして、構えた弓が……。

[Narration] 弦にふれて……。

[Narration] 頭上の広がる青空を満たすように、小さな少女が奏でるバイオリンから音は響く。

[Narration] その華奢な腕が弓を弾くたび、次々と音は生まれ、つながっていき、そして旋律となる。

[Narration] 旋律は空間を渡り、集まった仲間達の間をめぐり、そしてまるで、水平線に吸い込まれるかのように、海へ空へと広がっていく。

[Narration] それは空を駆けめぐるような主題だった。繰り返されながら、仲間達のあいだを駆け抜けていく。

[Narration] すっと向かってきて、自分のまわりをくるくると回り、そしてすっとまた、どこかへ去っていく。はっと気がつけば、また向こうからやってくる。

[Narration] そんな奔放な主題が、二度、三度と繰り返されるうちに、音を一つ、また一つと変えていき、やがて別の旋律へと移っていく。

[Narration] さっきまで駆け回っていた音と旋律は、いつの間にか、それぞれのテーブルの上に落ち着いているように聞こえる。

[Narration] そして、それもまた、変化して……。

[Narration] 音が音を、旋律が旋律を追いかける。めまぐるしく、時にはゆったりと姿を変えながら、その曲は全員のあいだを渡っていく。

[Narration] たったバイオリン一つだけの、それでも確かに、それは組曲だった。

[Narration] 小さな少女の小さな世界、そのすべてを、音と旋律で彩って、それはゆっくりと開いていく花を思わせる。

[Narration] それは、きっと、わずかの後に、万雷の拍手を受けて、咲き誇る────。

sapphism_no_gensou/7204.txt · Last modified: 2013/06/01 22:49 (external edit)