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sapphism_no_gensou:7007

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[Narration] 一方、そのころ。船首で風を切りながら、のんびりと海をながめている、杏里と本物のアイーシャ。

[Anri] ヤンさん、聞いていいかな。以前のボクって、いったいどんな人物だったんだろう?

[Aisha] え……?記憶を失う前の……ですか?

[Anri] うん。みんなの話を聞いていると、どうしてもイイ奴には思えなくて。

[Anri] とんでもない浮気性で、無責任で、忘れんぼで、相手の迷惑なんかかえりみない……まるで人間のクズじゃないか?

[Anri] そんな、どうしようもない奴に戻ってしまうくらいなら……

[Anri] がんばってくれてる皆には悪いけれど、いっそこのまま記憶喪失でいたほうがいい……

[Anri] ……そう思えてくるんだ。

[Anri] …………ね? ダメかなあ。

[Aisha] …………っ……

[Aisha] …………だめよ……だめ…………そんなの……間違ってる。

[Aisha] 杏里……あなたはみんなに愛されていたわ。

[Aisha] みんな、冗談めかして口にしているから、悪く聞こえもするでしょうけれど……

[Aisha] 何も考えていないように見えても、相手のいちばん奥にある気持ちに気づいてくれたのは、いつもあなただった。

[Anri] …………。

[Aisha] それに、浮気じゃないの。浮気じゃ、ないの。

[Aisha] 杏里自身は、浮気してるなんて、そんなうしろめたさとは全然無縁の人だった。

[Aisha] ただ……ちょっと気が多いだけ。夢中になると、もうまわりは見えなくなってしまう。そんな、子供のように純真な人。

[Anri] ……都合がよすぎるよ。

[Anri] ボク自身のことできみを責めるなんて、本来おかしいんだけど……

[Anri] そんな……誰だって、いつまでも子供でいられるわけじゃない!

[Anri] こんな、こんな迷惑な奴は……ッ!

[Aisha] ……そうかしら。

[Aisha] いつも小利口に計算して、自分の気持ちをおさえたり、隠したりして、

[Aisha] 誰も傷つかないように、傷つかないように、いつも先回りしているのが、大人の愛情なの?

[Aisha] それは、どこかで自分に嘘をついている……違う?

[Anri] …………

[Aisha] 私、わかった……今……杏里と話していて。

[Aisha] 私も自分に嘘をついていたんだわ。

[Aisha] 杏里が記憶を失ったと聞いた時になぜか、ほっとしたの。

[Anri] え…………

[Aisha] それは、もうこれ以上、杏里を好きにならないですむから……そうだったんだわ。

[Aisha] これからまた、杏里が誰か一人を選んだのなら、それもあきらめがつく。

[Aisha] そうすれば、私の心の海はもう荒れることもなく、波の無い穏やかな水面になるでしょう。

[Aisha] でも……

[Aisha] でも……失くしたくない……

[Aisha] 私、思い出を失くしたくない……あなたとの大切な思い出よ……?

[Aisha] そう、ちょうどこの場所。ここで……燃える夕陽の下で……

[Anri] この……場所で……

[Aisha] あなたを好きになった。あなたも私を愛してくれた。

[Aisha] その思い出が何も……なにも無かった事になってしまうなんて……!

[Aisha] 空虚よ……この想いを向けるものが、完全にこの世界から消えてしまうだなんて……

[Aisha] 嫌われて、憎まれるよりも……ずっとずっと恐ろしいことだわ。

[Aisha] 杏里……おねがい……記憶を取り戻して!

[Narration] アイーシャは杏里の胸にすがった。杏里の瞳は宙をさまよう。

[Anri] ……ア…………アイーシャ……

[Aisha] ……えっ……

[Aisha] いま、杏里……

[Anri] ……う、うう……

[Anri] ……うう、うああ、頭が…………すごく…………割れるようだ……ッ……

[Aisha] あ……杏里……っ!杏里っ!

[Narration] ヘレナやソヨンらが、同行者と大講堂に駆けつけた時───

[Narration] そこではクローエと偽アイーシャの熾烈な一騎打ちが繰り広げられていた。

[Narration] 体を動かすのに、じゅうぶんな広さとはいえない上部のテラスで、クローエはよく闘っていた。

[Narration] これ以上の加勢がはいっても、クローエの邪魔になるのは明白だった

[Narration] 観衆の声援にこたえ、蹴り上げ、時に蹴りおろす、その前後に揺らす直線的な攻めは、徐々に偽アイーシャを追いつめていた。

[Soyeon] クローエ先輩!気をつけてください!

[Soyeon] そいつ、武器を隠しています!

[Narration] ソヨンの襟には、ナイフのかすめたような切断面があり、引きちぎれたスカーフがかろうじてぶらさがっていた。

[Chloe] 大丈夫!武器を持つような、そんな暇はっ、与えないわ!

[Chloe] せいやっ!

[Narration] またもや、見事な跳躍を見せて立った相手の姿をクローエはまじまじと見た。

[Aisha] なかなかやるね!人間としては! ……ん?

[Narration] 突然、クローエは顔に手をやり頬を赤く染めた。

[Chloe] そ、それ……!バカッ、しまいなさいよ……ッ!

[Aisha] おや。

[Narration] 思わず目をそむけるクローエ。偽アイーシャはそれを手に持ってプラプラさせながら、見せびらかすように近寄った。

[Anne Shirley] ほら、あったでしょう?長くて太くて黒いモノ。

[Nicolle] ハァ?

[Chloe] ちょっと! 来ないでよ!

[Aisha] こんなものが恥ずかしいの?ほらほらほーらっ

[Chloe] バカ、やめてよ、ぎゃーっ!先っちょ、くっつけないで!

[Soyeon] クローエ先輩っ!

[Narration] ───と、指に隠れたクローエの瞳が涼しく輝く。

[Chloe] かかったわね!

[Eliza] 出るわ!クローエ様の伝家の宝刀!

[Narration] ゴッ!!

[Narration] 電光石火のかかと落としが、偽アイーシャの頭蓋に炸裂した。

[Aisha] ぎゃっ……

[Narration] のたうちまわる偽アイーシャを、クローエは冷たいまなざしで見下ろした。

[Chloe] ……ふん。悪いけど、こっちはそんなもの見慣れてるのよ。

[Aisha] このアバズレが……ッ

[Narration] 怒気を放ちながら、フーッと肩をいからせた偽アイーシャ。その瞳がゆっくりと縦に割れていく。

[Narration] 同時にスカートの合間からのぞいていた黒い棒状の物体は、ばりばりとケバ立ち、一直線になる。

[Chloe] あ……え……し、しっぽ?……くっ!

[Narration] ガキン───ッ!

[Narration] 偽アイーシャの指先が横に一閃した。火花があがり、斜めの切断面を残して、手すりの一部が落ちた。

[Chloe] ロザリオが……っ

[Narration] クローエの胸にあったロザリオも、まっぷたつだ。

[Narration] 激怒した偽アイーシャは、クローエめがけて猛攻をかけた。

[Aisha] シャ──────ッ!

[Narration] その飛び出した爪先は、いまや鋭利な刃物と化し、クローエの服を、髪を、皮膚を、たちまち切り裂いていく。

[Chloe] (……まるで動きが違う!)

[Narration] 目を見開き、必死に避け続けるクローエ。動きを止めれば、ロザリオと同じ運命が待ちかまえている。

[Narration] 背を向けて逃げ出そうものなら、その瞬間にやられるっ!

[Soyeon] クローエ先輩っ

[Narration] ソヨンがクローエの元へと駆けだした。

[Helena] だめよソヨンさん!あなたでは……!

[Soyeon] でも!先輩を助けなきゃっ……!!

[Soyeon] ……えっ!

[Narration] そのソヨンの脇を、風が駆け抜ける。

[Narration] 一陣の、浅葱色の風が───

[Aisha] フーッ、シャァ───ッ!!!

[Narration] 偽アイーシャの攻撃にぐらついたクローエが、すでに手すりのなくなったテラスから落下した。

[Narration] なんとか空中で身をひるがえし、着地しようとするクローエに、壁を蹴って飛び降りた偽アイーシャが、その爪を閃かせた。

[Chloe] (しまった……やられるっ!)

[Aisha] 死ぃぃぃぃぬミャァ──────ッ!

[Narration] キンッ!

[Narration] 着地し、片膝をついたクローエの頭上で、二つの刃が交差し、静止していた。

[Narration] 一方は偽アイーシャの凶刃。

[Narration] そしてもう一方は、名刀「菊一文字則宗」の白刃である───

[Narration] 偽アイーシャは全身の毛を逆立てて、ばばっと後ろに飛び退いた。

[Okita] もう……逃げられませんから……

[Narration] 身の丈ほどもあるその刀を構え、少女は言った。

[Aisha] ひぃ……沖田ッ!こんなところまで追ってきやがって……!

[Chloe] 沖田……?あなた、いったい……

[Okita] すみません。さがってください。

[Okita] ここからは、殺し合いですから。

[Chloe] …………

[Okita] 学徒のみなさんを巻き込みたくないんです。

[Narration] 静かな迫力に押され、クローエは頷く。かけつけたソヨンの手につかまって退いた。

[Okita] もう逃げられません。

[Narration] 沖田は構えを崩さぬまま言った。

[Okita] ここは海の上です。泳げないあなたには、逃げるなんてムリな相談でしょう。

[Aisha] フ、フ───ッ!

[Okita] どうしても生き延びたいなら、私を倒すほかないですよ?

[Okita] この意味、わかりますね?

[Narration] そして、一歩、沖田がにじりよる。

[Narration] 偽アイーシャはフゥフゥと息を荒くして、肩を激しくふるわせた。

[Aisha] オ、オレはッ、貴様なんかに斬られない……ッ!

[Aisha] ここでうまい物食って、女をはべらせて、面白おかしく暮らすんだ──ッ!!

[Narration] 偽アイーシャが沖田めがけて、低い姿勢から突進した。

[Narration] キンッ!!

[Narration] 勝負は一瞬でついた。

[Aisha] ぐ…………

[Narration] 「ギャ、ギャァァァァァッ…………」

[Okita] …………

[Narration] …………チン。

[Narration] 沖田は血のついた刀をぬぐい、鞘へとおさめた。

[Okita] これで、私も戻れます……

[Narration] 取り巻く少女たちは、霧散した偽アイーシャに続いて、剣士の姿までが四角い鏡のようなものに変形したことに、驚きの声をあげた。

[Okita] ……ごほっ……ごほっごほっ!

[Eliza] ……血が……!

[Narration] 沖田の様子を見たイライザが、気味悪がることもなく、その四角い物体に近寄った。

[Narration] 床にフラフラと立つそれを、胸に抱きかかえる。

[Eliza] もし……もし……?大丈夫ですか?

[Okita] だ、大丈夫……ごほっ、ごほっ……背中を……

[Alma] あ、あの……このあたりでしょうか?

[Narration] やはり駆け寄ったアルマが、四角い少女の背面とおぼしき場所をさする。

[Narration] しばらく、苦しげにしていた少女はやがて落ち着きを取り戻した。

[Alma] あの……こんな姿になってしまって……お体に害はないのでしょうか……

[Alma] 狭苦しくはないのですか?

[Okita] ……大丈夫。私は、これが普通だから……

[Eliza] この四角の中にいることがでしょうか?それとも血を吐くことが……?

[Okita] ……両方。

[Okita] ……それと、シリアスになったり、HなBGMがかかった時だけ頭身が伸びるの。

[Nicolle] は? それってどんな種族よ?

[Okita] えっと……あの……黒髪の人……

[Narration] ソヨンに肩を借りるクローエが顔をあげる。

[Chloe] 私のこと? ……クローエよ。

[Okita] うん……クローエさん。

[Okita] あいつの尻尾を出させてくれて……ありがとう……

[Nicolle] なるほど、うまい。

[Helena] シャレじゃないわよ?

[Chloe] ……私こそ、危ないところを助けてもらったわ。どうもありがとう。

[Chloe] 見事な剣の腕でした。

[Okita] ……あ、あたしは、お礼はいりません。

[Okita] もし、誰に黒猫が化けたかわからなければ……

[Okita] 子猫ちゃんと呼ばれている人、全員斬らなきゃいけなかったから……

[Nicolle] わああッ、ほんとにシャレになんないよ!

[Okita] ごほっ……ごほっ……戻らなきゃ……っ

[Narration] どこへ向かうつもりなのか、沖田はイライザの胸を離れると、四角いふちを器用に使って、ぴょこぴょこと歩き始めた。

[Narration] が、力つきてパタンと倒れる。

[Alma] まぁっ……!

[Narration] 床に倒れた沖田を、アルマが持ち上げようとするが、まったく指がかからない。

[Alma] 困りましたわ。ど、どうすればいいのでしょう……?

[Chloe] そんなの決まっているわ。

[Chloe] 話がこれだけ日常を離れてしまったなら、もう、私たちの手には負えないわ。

[Helena] ええ、そうね。私、天京院さんをお呼びしてきます。

[Soyeon] あたしが!

[Tenkyouin] ……いや、誰も呼びにいく必要はない。

[Narration] 「天京院さん!」「カナエ!」

[Narration] 口々にその名があがる。

[Alma] あの、あの……!

[Tenkyouin] うん。言わなくていい。だいたい話しはわかってる。それより……

[Tenkyouin] 杏里が倒れた。

[Narration] 少女たちが不安そうにざわめく。

[Tenkyouin] 今はあたしの部屋で、アイーシャに看てもらっている。皆も来てくれ。

[Tenkyouin] 黒猫、その謎の少女、そして杏里の記憶喪失はすべて、関連がある。

[Eliza] この方もお運びしたいのですが……

[Alma] でも、どうやって……?

[Tenkyouin] うむ。そんなこともあろうかと……

[Tenkyouin] 「天京院印ミキサー付きチェーンソー」!

[Tenkyouin] ほれ。

[Nicolle] わっ。お、重……っ!!

[Tenkyouin] そうなってしまったら、彼女みずから動かない限りは絶対にはがせない。

[Tenkyouin] なにしろ、厚みというものが無い。今の彼女は二次元の存在だから。

[Tenkyouin] 悪いが、それで床ごと切り取って運んできてくれ。

[Tenkyouin] ……そっとな。

sapphism_no_gensou/7007.txt · Last modified: 2013/06/01 22:49 (external edit)