User Tools

Site Tools


sapphism_no_gensou:6360

Place translations on the >s

[Anri] 待って、待ってよニキ!

[Narration] ニキは振り返りもせずに、庭園を全力で走っていく。昨夜の雨でぬかるんだ土が、音を立てて飛び散った。

[Anri] ニキ! ……あっ……

[Narration] 足をすべらせたニキは、勢いよく転倒した。

[Narration] 杏里は驚いて息を呑んだが、土の上なので、幸いケガはなさそうだ。

[Anri] ニキ? ……大丈……

[Narration] 心配げに近づいた杏里を、きっと睨みつけると、ニキは泥だまりから立ち上がり、また駆けだした。

[Anri] ねえっ……ニキ! 本当に危ないったら!

[Narration] 見る間に足をもつれさせ、ニキはまたもや勢いよく転んだ。今度は前のめりに、髪といわず、顔面といわず泥だらけになる。

[Narration] 言わないこっちゃない、と杏里は顔を手で覆った。

[Narration] 口に入った泥をべっべっと吐きだしながら、ニキはせき込んだ。

[Narration] 杏里はまた少女をあわてさせないように、ゆっくりと近づいた。

[Anri] ……ニキ……

[Niki] …………

[Narration] ニキは泥だまりの中に尻をついたまま、燃える瞳で杏里を睨みあげる。

[Niki] …………! ……!

[Narration] 泥を飛び散らしながら、ニキは激しくジェスチャーした。

[Anri] ……もう杏里なんか嫌いだ? 顔も見たくない?杏里の馬鹿? 鯨に食べられてしまえばいい?

[Anri] ……鯨は、人は食べないよ、ニキ。

[Narration] されど他に返す言葉もなく、杏里は、ニキの前に膝をつく。

[Niki] ……来……ないっ……で!

[Narration] ハンカチで顔をぬぐおうと近づいた、杏里の胸をがむしゃらに押し返す。べちべちと手のひらでなぐりつける。

[Narration] にも関わらず、杏里は強引にニキの髪や顔をぬぐっていった。

[Narration] そのうちに、杏里自身も、転んだニキと変わらないほどに泥だらけになる。

[Anri] …………大丈夫? ニキ。

[Narration] 抵抗が止まり、ばちゃんっ……と、泥の中にニキの両手が落ちた。

[Niki] ……ううっ……うっ……う……

[Narration] 歯をくいしばり、涙をぼろぼろと流す。

[Niki] ……ああっ……あっ……うっ……ううっ……

[Anri] ……ハハッ……ニキもボクも、泥だらけだね……

[Niki] ……杏里……が……杏里……がっ……

[Narration] しゃくりあげながらの、とぎれとぎれのジェスチャーに、杏里は怪訝な顔をする。

[Anri] ボクが……キミを嫌いになればいい……って? ……どうして?

[Anri] 杏里が……自分だけのものにならないなら? いっそ、そのほうがいいっ……て?

[Anri] そんなわけないよ……ニキ。

[Niki] 杏里の……あん……りの……

[Anri] ……うん? キミの愛はとても……小さい? ボクの愛は……キミの愛よりも……ずっと大きい……って……?

[Anri] ニキ……

[Anri] たとえ小さくても、キミの愛情はまぶしいくらいに輝いている。

[Anri] ボクの行為が許せないなら、ボクに怒りをぶつけていいんだ……それで気が済むのなら……

[Niki] ………………

[Narration] ニキは唇をかみしめてうつむいた。

[Narration] 二人は、連れだって部屋に向かった。

[Narration] ちょうど通りがかったメイド長は、床の絨毯に転々とつづく泥のシミを見て、発狂しそうになる。

[Narration] 着いたのは杏里の部屋だ。そのまま浴室に向かい、汚れた服を落とすと、体じゅうについた泥をシャワーで洗い流す。

[Narration] 杏里の前で、おとなしく立っているニキの頬に、涙のように泥の痕跡が流れ、消えていく。

[Narration] ニキは落ち着かなさげに、キョロキョロと首をめぐらした。

[Narration] その浴室は、学生のものとは比べ物にならないほど、豪華な内装となっていた。

[Narration] ふだんならば、国家主席や学園長クラスの人物が使用する部屋であるようだ。

[Anri] ん? ……ああ、そうなんだ。特別に、部屋を新調してもらったんだよ。レイプ事件を解決したごほうびなんだ。

[Narration] ……ご褒美というよりは、事件の結果、不平不満を爆発させた杏里が、学園側に色々ごねて強引にもぎ取ったもの。

[Anri] こっちだ……ニキ……おいで……

[Narration] 部屋よりも一段高くなった埋め込み式の浴槽の中に立ち、杏里はニキを呼んだ。

[Narration] ニキは水滴をたらしながら、おずおずと大理石の階段をのぼる。

sapphism_no_gensou/6360.txt · Last modified: 2018/05/22 17:15 (external edit)