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sapphism_no_gensou:4551

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[Narration] 波濤をかきわけて進むH・B・ポーラースター。

[Narration] この船首デッキは三方に海を望むことができる。

[Narration] しかし、その巨体のために航行海域が著しく制限されるため、行けども見渡せども海原しか見ることができない。

[Narration] 従って、学生が入れ替わる九月こそ、にぎわいをみせるものの、船内でもすぐ飽きる名所として名高かった。

[Anri] あ、クローエ……。

[Chloe] あら、杏里。

[Narration] 杏里・アンリエットであっても、時として、一人になりたいと思う時がある。この学園に来て初めての経験ではあったが。

[Narration] 船首なら、誰もいないだろうと思って来たものの、一人になりたいということしては、学園内で並ぶものなしと噂される先客がいた。

[Chloe] どうしたの? こんなところに。

[Anri] あ……、その、なんか一人になりたくって。

[Narration] 杏里のその言葉を聞いて、クローエは少し目を見開いた後、船の進む方向を見やった。

[Chloe] 低気圧が近づいてきそうね。あなたがそんなことを言うなんて。

[Anri] ……クローエの方こそ、なんでこんなところにいるんだよ。

[Chloe] 理由は特にないわ。ここは人が少ないから静かだというだけ。一週間に一度くらいはここで時間を過ごすようにしてるの。

[Anri] ふぅん……。

[Chloe] まあ……。

[Chloe] 本当は、釣りでもしてほしいってところなんでしょうけどね。

[Narration] クローエはそう言うと、安全のため立ち入りが禁止されている、遊歩道のさらに先の区域に入り込んでいった。

[Anri] 釣りって……?

[Chloe] これよ。

[Narration] クローエは、学園長に蹴り倒された船首像の台座そばの床板をはねあげる。

[Narration] その中には、大小様々な釣り竿と、諸々の釣りのための道具が収められていた。

[Anri] 誰が、こんなものをこんなところに……。

[Chloe] ここは船首だから、兄でしょうね。

[Chloe] ギリシア人にとって海は身近なものよ。兄は、わたしにも釣り上げたばかりの新鮮な魚を味わう喜びを感じてほしかったんでしょうね。

[Anri] そうかもしれないけど……。

[Narration] 杏里はへさきから下を見下ろす。最高速度100ノットオーバーと噂されるH・B・ポーラースターに蹴立てられ、海面は轟々と波打っている。

[Anri] こんなところで釣りってできるの?

[Narration] 水面まで何十メートルとある。ラックの中には、どう見ても海釣りには不向きなものもある。

[Chloe] さあ? 兄も釣りには素人だから。ただ、わたしがここで釣りをしたかった時に、困らないようにってことなんでしょうね。

[Chloe] 押し付けられる好意なんて御免よ。でも、こういうものだったら、別にうるさいものでもないしかまわないわ。

[Chloe] そうね、卒業するまでに一度くらいは、ここで釣りでもしてみようかしらね。

[Narration] そう言って、クローエは笑った。

[Narration] それは確かに親愛がこめられたものだった。

sapphism_no_gensou/4551.txt · Last modified: 2013/06/01 22:49 (external edit)