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sapphism_no_gensou:4491

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[Eliza] ──ふうっ、こんなものかしら?

[Narration] 個室の掃除を終え、クリーニングに出すものをより分けたイライザは、満足そうに呟いた。

[Narration] 彼女の仕事ぶりは極めて有能で、メイドとしての訓練を何年も修めてきた同僚と比べても、まったく遜色ない。

[Narration] それ故に、メイド長からの信頼も厚かった。

[Eliza] ──あら?

[Narration] 扉を開け放ったままの個室を、誰かが覗いている。

[Narration] シルビィとクリミアだった。

[Eliza] あなた達……。

[Narration] あえて敬語を使わず呼びかけると、ふたりはサッと顔を隠し……また、おずおずと出てきた。

[Eliza] そんな風に隠れていないで……。

[Narration] 苦笑しつつ呼びかける。

[Eliza] 少し、昔のようにお話ししない?

[Narration] ふたりは顔を見合わせ、しばらく思案しているようだった。

[Narration] ──が、結局そろそろとやって来る。

[Narration] その様子がまるで叱られた子犬のようで、またイライザは苦笑した。

[Eliza] こうして、普通に話すのは半年ぶりぐらいね?

[Sylvie] あ……えぇ……。

[Eliza] 無理しなくていいわ。もちろん敬語を使う必要はないし、もしそう思ってくれているなら、友達として話して。

[Crimea] ──イ、イライザ様ぁ……。

[Sylvie] 私たち、あの……。

[Narration] ふたりは敬語を交えていた。どうやら、それが最も無理しないですむらしい。

[Sylvie] イライザ様のお父様が失踪なさった時にも言いましたけれど……。

[Crimea] イライザ様を、見捨てようなんてぇ、ぜんぜん思ってなかったですぅ。

[Eliza] ……わかってるわ。あの時、ふたりを拒絶したのは、わたしの方だものね。

[Narration] 自分に起きた人生の暗転にすっかり打ちのめされていたイライザは、同情さえ苦痛だった。

[Narration] 心配するふたりがわずらわしく、彼女は絶交を言い渡したのだ。

[Eliza] 父の失踪で動転して、もうこれで人生終わり……みたいに、目の前が真っ暗だったわ。

[Sylvie] わかります……私も、影ながらずっと、クリミアと毎日毎日……泣いていました。

[Crimea] イライザ様、おかわいそう……ってぇ。

[Narration] 当時を思い出したのか、うっすらと涙まで浮かべながら語る。

[Sylvie] それでも、凛々しくメイドのお仕事をなさるイライザ様を見て、私たちが、どんなに誇らしかったか……。

[Crimea] 私たちなんか、きっとあんなに毅然としていられないってぇ、とても感動してたんですぅ……。

[Eliza] ……まあ。

[Narration] 思わぬ告白にイライザが目を丸くする。

[Eliza] ふたりが……あの後もそんな風に思っていてくれたなんて、全然気がつかなかったわ……。

[Sylvie] イライザ様は、よく「選ばれた者には選ばれた者の振る舞いがある」と仰っておられましたから……。

[Sylvie] 使用人とのつきあい方にも、とてもお厳しかったですし……。

[Eliza] あ……そうね……。

[Narration] 君臨する者と仕える者。それは確かに、あの頃のイライザの絶対的な価値観であった。

[Crimea] だから、私たちもぉ、なんとか憧れのイライザ様を見習おうとぉ、してたんですけどぉ……。

[Eliza] じゃあ……?

[Eliza] (わたしを必死に使用人風情、と苛め ようとしてたのは、わたしのように振る 舞おうとしていたってこと……?)

[Narration] つい、因果応報という言葉が頭に浮かんだ。

[Eliza] なら、もしかして、わたしを恨んでいたわけではないの?

[Sylvie] 恨むなんて、そんな!?

[Crimea] 私たちにとってぇ、イライザ様はぁ、永遠のスターですぅ!

[Narration] 眼をキラキラと輝かせながら迫るシルビィらを、イライザは驚いて見つめた。

[Eliza] ……まさか、いまでも、わたしを慕ってくれているの?

[Narration] 当然です、とふたりは断言した。

[Narration] 曇りのない、ある意味愚かな彼女らの瞳を見て、イライザも目頭が熱くなる。

[Eliza] そう……わたしの考えなしの言葉で、ふたりにも辛い思いをさせていたのね……。

[Eliza] ごめんなさい、シルビィ、クリミア。

[Narration] わっ、と泣き出して、ふたりはしがみついてきた。

[Narration] そのまま3人は抱き合って、しばし停まっていた時間のために泣いた。

[Eliza] あぁ……なんだか、馬鹿な時間を過ごしたものね……。

[Sylvie] イライザ様……。

[Eliza] ──でもね、シルビィ、クリミア。これは負け惜しみでなく言うのだけれど……。

[Eliza] わたしは、こうなったことを、今では良かった……と思っているのよ。

[Crimea] えぇっ、イライザ様ぁ?

[Narration] 何か叫びそうになったクリミアを、イライザは手で制した。

[Eliza] 聞いて……確かに、メイドの仕事なんてまったく未知の内容で、最初は失敗してばかり……。

[Eliza] 夜になって、トイレでひとり悔し泣きしていたものだけど……。

[Sylvie] イライザ様……。

[Eliza] ……実は、3日で馴れたのよ。

[Crimea] ……え?

[Narration] 辛い過去の回想に、思わずもらい泣きしていたふたりは、意外な台詞に言葉をなくした。

[Eliza] 嘘みたいでしょう?なにしろ、自分で驚いたもの。

[Eliza] けど……人間って、どんな境遇にも適応するというか……。

[Eliza] そうなってから開き直ってしまえば、どんな風にでも生きられるのだと、そう思ったわ。

[Eliza] わたしも自分のことを、こんな逞しい……というより大雑把な人間だとは、知らなかったけれど。

[Narration] 本当は、開き直ることのできた大きな要因がひとつあったのだが、イライザはそれについては話さなかった。

[Eliza] だからねぇ……哀れむのはやめてちょうだい。

[Eliza] いまではこの仕事にやりがいも感じているし、なにより世の中を見る目が変わったというか……。

[Eliza] 自分が成長しているのを、とてもよく実感できるのよ。

[Eliza] あなた達に偉そうに語っていたイライザ・ランカスターは愚か者だったけれど……。

[Eliza] 今のイライザ・ランカスターは、少しは賢くなれたんだって。

[Sylvie] あぁ……イライザ様……。

[Narration] 単純で純真な少女は、なんと言ってよいかわからず、イライザを呆然と見つめた。

[Eliza] わたしが……いまさらこんな事を言って、許してもらえるとも思えないけれど……。

[Eliza] ごめんなさい、ふたりとも。……もしよかったら、もう一度お友達になってちょうだい。

[Sylvie] もちろん、もちろんです、イライザ様!

[Crimea] 許すなんてそんなぁ!?私たちこそ、イライザ様に許していただかなくてはぁ!

[Narration] イライザはふたりに艶やかに微笑んだ。

[Eliza] ありがとう……では、わたし達はこれから、本当のお友達だわ。

[Narration] こっくりとふたりが頷く。

[Eliza] でも、他に人がいる時は、やはりわたしに敬語を使うのはやめてね?

[Eliza] 気にする方も多いから。

[Sylvie] わかりました、気をつけます。

[Narration] それと……と、イライザは続けた。

[Eliza] 杏里様のことだけれど……わたしはあの人に、メイドになってから色々と恩があるのよ。

[Eliza] いま、杏里様は冤罪を晴らそうと必死になっていらっしゃるから……。

[Eliza] せめて、邪魔をしないようにしてあげて。

[Crimea] はい、イライザ様がそう言うならぁ!

[Narration] 単純なふたりは、迷うことなく約束した。

[Narration] ──話は尽きなかったが、イライザも仕事中である。

[Narration] あらためて会う約束をして、まだ授業のあるふたりを送り出した。

[Narration] 頬を上気させて、嬉しそうに去っていくふたりを見送り──イライザは、少し醒めた表情で安堵の吐息を漏らした。

[Eliza] ……これで、あのふたりも杏里様の邪魔はしないでしょう。

[Narration] 現在のイライザにとって、何より重要なのは杏里であった。

[Narration] ふたりと仲直りできたのはむろん嬉しかったが、それ以上に杏里の障害が減ったことが喜ばしい。

[Eliza] (──そう、もうあの子たちの前で、 女王のように振る舞っていたあの頃に は戻れない)

[Narration] 結局、自分はシルビィらほど純真ではないのだろう。

[Narration] そう考える事さえ、「自分」を見いだしたいまのイライザは、別に悲しいとも何とも思わなかった。

[Eliza] ──さて、お仕事お仕事。

[Narration] この仕事が終わったら、珍しく自分から杏里を訪ねてみようかと、イライザはふと思った。

sapphism_no_gensou/4491.txt · Last modified: 2018/05/22 17:15 (external edit)