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sapphism_no_gensou:4471

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[Eliza] ──ご注文は、いかがいたしますか?

[Narration] イライザはいま、休憩時間を利用してカフェテラスのアルバイトに励んでいた。

[Narration] 彼女の仕事は本来、学生の身の周りの世話である。

[Narration] 掃除、洗濯、雑用と、言いつけられた仕事なら、ほとんど何でもこなす。

[Narration] もちろん職員としての規律があるのでそれに反しない限り──となるのだが、学生の権限が強いこの学園では犯罪以外断りにくい風潮があった。

[Narration] 結果として彼女たちはいつも忙しい。丸1日というしっかりした休みは、実質上ほとんど無いに等しかった。

[Narration] アルバイトというのは、そんな彼女たちが独自に取り決めている、他のメイドの仕事を有料で代替する制度である。

[Narration] 休んでも特にすることのない者や、イライザのように本当にお金に困っている者にとっては、ありがたい仕組みだ。

[Eliza] ──かしこまりました、少々お待ちください。

[Narration] オーダーを取り終えて席を離れると、ファーストクラスの一団がこちらを指さし、ひそひそと話している。

[Eliza] (会話の内容は──まあ、わかっているけど)

[Narration] 彼女が元学生であることは、セカンドクラスの元同級生の間では周知の事実だ。

[Narration] しかし、ファーストではまだ知らない学生も居るのだろう。時々、ああして見物に来るのがいる。

[Eliza] (わざわざ見るほど面白いものじゃない と思うんだけどねぇ……)

[Narration] そちらに笑顔を向けてやると、彼女たちはサッと視線をそらせて黙ってしまった。

[Narration] まだまだ可愛げがある──と、内心でほくそ笑む。

[Narration] 少なくとも1年前の自分なら、こんな余裕のある態度を取るメイド──折檻せずにはおかなかったろう。

[Narration] ──ふと、彼女は思いだしていた。あの、運命が変わった日のことを……。

[Eliza] ──メイド、ですって!?

[Principal] うん。

[Narration] 父の破産と莫大な借金の存在を知らされ、目がテンになったまま半日をぼうっとしていたイライザは、学園長の申し入れに唖然とした。

[Eliza] わ、私に、この学園の使用人になれ、と仰るのですか!?

[Principal] メイドは、教師と同じ正規の職員だよ。

[Eliza] 同じことです!この学園は、あくまで学生のために存在しているのですから!

[Narration] それは、あながち尊大な勘違いというわけでもなかった。

[Narration] 確かにH・B・ポーラースターには、すべての職員は学生に仕える者という風潮が──特に一部の学生側に──あった。

[Principal] まあ、退学になったからメイドになれというのは、屈辱に感じるかもしれないけどねぇ……。

[Eliza] ……まだ、退学ではありません。

[Eliza] 今期の学費は払われていますから、あと1ヶ月は……学生です。

[Narration] イライザの弱々しい返答に学園長は頷いた。

[Principal] まあね。つまり、1ヶ月後には学生でなくなって、この船への乗船権利を失う。

[Eliza] えぇ……わかっております。その時はいさぎよく船を降りる覚悟でおりますから……。

[Narration] あくまで毅然とした態度を崩さないイライザに、学園長はむしろ楽しげに伝えた。

[Principal] その意気やよし──なんだけど、ちょっと陸には困ったことがあるみたいよ?

[Eliza] ……なんでしょう?

[Principal] あんたのお父さん、破産するときにずいぶん色んな人や企業を巻き込んだらしいのね。

[Eliza] ええ……知っております。

[Principal] その中に、かなりタチが悪くて執念深いのが混じってたらしくてね。

[Principal] 破産と同時に行方をくらませてしまったご両親のかわりに、あんたの身柄を押さえようとしてるらしーんだわ。

[Eliza] ──なっ!?

[Principal] 人質にするのか、それとも腹いせに娘を殺っちゃおうってのか、それは知らないけどさ。

[Principal] どっちにしても、あんまり楽しくない未来が広がってそーよ?

[Narration] イライザは目の前が真っ暗になって、何も言えなかった。

[Narration] この船を降りても、もう彼女には帰るべき家もなく、家族は行方不明。

[Narration] しかも復讐に燃える連中が、手ぐすね引いて待ちかまえている。

[Narration] 曾祖父の代までは爵位さえ持っていた、ランカスター家の一人娘が、なぜこんなことにならねばいけないのか……。

[Principal] ……でもね。

[Narration] 今にも倒れそうなイライザに背を向けたまま、学園長が続ける。

[Principal] この船のメイドとして残るなら、あんたは船を降りる必要がないし……しかも、ここはある種の治外法権だ。

[Principal] たとえ国王や大統領だって、簡単には口も手も出せない。

[Principal] おまけにメイドの仕事は忙しくて、人出はいつも足りない状態。

[Principal] さらにさらに……。

[Eliza] ──わかりました。

[Narration] イライザは延々と続きそうな学園長の言葉をさえぎった。

[Eliza] お話はよくわかりました──ちゃんと理解していると思います。少し、考える時間をください……。

[Principal] ああ、よく考えてちょーだい。

[Principal] あと、1ヶ月もあるからさ。

[Narration] ──はっ、と我に返ると、周囲は喧噪に包まれていた。

[Narration] どうやらビジターズクラスの一団がやって来たらしい。

[Narration] 忙しくなりそうだ──と、カウンターに向かいかけ、イライザはテラスのはじに座る杏里を見つけた。

[Narration] なにやら、寂しそうに座っている。悩み事でもあるのだろうか?

[Narration] しばらく考えて、イライザは側に寄るのをやめた。

[Narration] 時に静かに放っておくことも、メイドの大事な仕事であると、彼女は体験の中から掴んでいた。

[Narration] 杏里ならば大丈夫──確信を込めて、おせっかいをやめておく。

[Narration] もう一度、ちらっと振り返り、イライザは自分の仕事に戻っていった。

[Eliza] 杏里様。

[Anri] ──ああ、イライザ。

[Narration] 何やら考え込んでいた杏里は、イライザが目の前に立つまで気がつかなかった。

[Eliza] 事件のことで悩んでいらっしゃるのですか?

[Anri] いや……。

[Narration] 杏里の眼差しは、ビジターズクラスの少女たちに向けられていた。

[Anri] 彼女たち、もうすぐ下船だろう?

[Eliza] はい……?

[Anri] あの子たちも最後の思い出を欲しがってる今がチャンスなのに……。

[Anri] ボクはこんな冤罪のせいで、忙しい身の上ときた。

[Anri] イライザ、神さまはなんと残酷なんだろうね!?

[Eliza] まぁ──。

[Narration] イライザはちょっと呆れたが、すぐに笑顔で言った。

[Eliza] そう落ち込まずに、何事も前向きに考えることですわ、杏里様。

[Eliza] 神さまはいつだって、意外なところに幸運を用意してくれているものですよ。

[Anri] ……そうかな。

[Eliza] ええ、そうですとも。

[Narration] 確信を込めてイライザは呟いた。

[Eliza] (少なくとも、私はそうでした)

[Narration] 眩しそうに杏里を見る。

[Narration] その視線に気づいたのか、杏里は怪訝な顔をしていた。

[Anri] どうかした?

[Eliza] ──いいえ。それでは杏里様、私は仕事に戻りますので。

[Anri] あ、うん。

[Narration] イライザは一礼してテーブルを離れた。

[Narration] そして、胸を張って職場に戻っていった。

sapphism_no_gensou/4471.txt · Last modified: 2013/06/01 22:49 (external edit)