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sapphism_no_gensou:4461

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[Sylvie] ──クリミアさん、今日こそ、ガツンと言ってさしあげましょう!

[Crimea] そうですわぁ、シルビィさん。そろそろ自分の立場というものを、わきまえていただかないとぉ!

[Narration] ふたりの学生が、ひそひそと囁きあいながら廊下を歩いていた。

[Narration] 制服からするとセカンドクラス。どちらも、この個性的な学生の多い学園においては、あまり目立つところのない少女である。

[Sylvie] そうです、身分の違いというものをわきまえていただかないと!

[Crimea] そうですわぁ、自分は使用人に過ぎないという事実にぃ、まぁだ気がついていないのかしらぁ!?

[Sylvie] 過去の栄光にすがるあまり、目がくらんでいるに違いないわ。

[Crimea] ──えぇ、えぇ!もう、あの人ぉ……いえ、あの女のぉ時代はも終わったというのにぃ!

[Narration] こそこそと、どこか怯えたように誰かの悪口を言い合っていたふたりは、段々と自分たちの声が高くなってきているのに気がついていなかった。

[Narration] 興奮に鼻息を荒くしながら、少女たちが一層声を張り上げる。

[Sylvie] とにかく、今日こそ──。

[Crimea] 思い知らせてさしあげましょう──。

[Girls] あの、イライザ・ランカスターに!

[Eliza] 私に何かご用でしょうか──?

[Narration] メイドとなって以来、常に絶やさぬ穏やかな微笑みを浮かべて、イライザはふたりの背後から声をかけた。

[Narration] 驚いた少女たちが抱き合って跳び上がるのさえ、まったく表情を変えずに見守る。

[Sylvie] イ、イ、イ、イライザ──さま?

[Crimea] あ、あのぉあのぉあのぉ、わたくし達ぃ……。

[Eliza] ──まあ、私のような使用人風情に、敬語をお使いになる必要などありませんわ……シルビィ様?

[Narration] 「様」の部分をことさら強調するように言うと、シルビィの顔が真っ赤になった。

[Narration] その脇腹を、クリミアがつつく。

[Crimea] ま、負けてはぁ、いけませんわぁ!

[Sylvie] そ、そうね、クリミアさん!

[Narration] ふたりであるという事実に奮い立ったか、シルビィはきっ、となってイライザを正面から睨んだ。

[Narration] イライザの表情は変わらない。

[Sylvie] イ、イライラ、イライザ……さん?あなた、ちょっと、生意気ですわよ?

[Crimea] そ、そうですわぁ!

[Eliza] ……まぁ。

[Narration] 心外、というため息をついたものの、やはりイライザの笑顔に変化はない。

[Narration] 何故かその事実に気圧され、自分たちが後ずさっていることに、彼女たちは気がついていなかった。

[Eliza] 私は学生の皆様に快適な生活を送っていただくため、日夜尽力しているつもりですわ……。

[Eliza] もしご不満がありましたら、何でもおっしゃってくださいませ。遠慮はいりませんから。

[Sylvie] え、え、え、えーと、不満は、その……。

[Crimea] あとぉ、えぇと、う〜んとぉ……。

[Narration] もとより、難癖をつけるという以外、何も考えていなかったふたりは、返答するすべを持たずに慌てた。

[Sylvie] だ、だから、仕事が遅いのよ、イライザ様……じゃなくて、あなたは。

[Crimea] そ、そぅそぅ。お部屋のぉ、お掃除とかねぇ!

[Narration] 希望者は、授業時間にメイドを使って個室の掃除を頼むことができる。

[Narration] それは当然学生が不在の時間を使って行われるから、実際のイライザの勤務ぶりなど、ふたりが知るはずもない。

[Narration] だが、イライザは別に不満な様子も見せなかった。

[Eliza] それは失礼いたしました。なにぶん、まだ不慣れなもので、完璧を望むあまり、つい時間を……。

[Narration] うぐ……と少女たちは押し黙った。

[Eliza] 今後、少しでも精進するよう、心から誓いますので、何とぞご容赦を。

[Sylvie] そ、そう……頑張って……。

[Crimea] シ、シルビィさん……。

[Narration] がっくり肩を落としたシルビィを、励ますようにクリミアがつつく。

[Narration] その様子を見ているうち──イライザは、つい意地の悪い台詞を我慢できなくなってしまった。

[Eliza] そうですわ、お掃除といえば……。

[Sylvie] ……?

[Eliza] 時折、おふたりの部屋をお掃除するときに気になっていたのですけれど、シーツに、落ちにくいシミが……。

[Narration] ぼっ、と火のつく音さえ聞こえそうなほどふたりの顔が赤くなった。

[Eliza] 特におふたりがどちらかのお部屋にお泊まりになった翌朝は、いつも……。

[Eliza] シルビィ様もクリミア様もお年頃ですから、そのことを咎めるような気はまったくございませんが……。

[Narration] 震えるふたりに、イライザはにっこりと微笑んだまま続けた。

[Eliza] イク時にお漏らしになる癖をなんとかいたしませんと、将来ご結婚なされてから、たいへん困るかと存じますが?

[Sylvie] あ……あぅ、ぁ……。

[Eliza] それから、お使いになられたお道具は、その日のうちに洗いませんと、衛生上よくありませんよ?

[Eliza] 私が気づいた時は、きちんと洗って元の場所に戻してさしあげておりますが……。

[Crimea] う……うぇ、ぅ……。

[Narration] もはや言葉も出なくなったふたりは、今度は青くなってすごすごと退散した。

[Narration] その背中が見えなくなるまで見送って、イライザは深いため息をつく。

[Eliza] ──まったく、変わってないんだから。

[Narration] シルビィとクリミアは、ほんの半年前、イライザがこの学園の「学生」だった頃、彼女の取り巻きだった少女だ。

[Narration] イライザ様、イライザ様……と慕ってくる、ようするに子分だった。

[Narration] 実を言えば、ふたりに女同士の秘め事を教えたのも、イライザである。

[Narration] ふたりにとってイライザは、昼も夜も自分たちの上に君臨する、女王だったのだ。

[Narration] 彼女が両親の破産でメイドに身をやつした時、誰よりそれを悲しんだのも、シルビィとクリミアだったろう。

[Eliza] やりにくいのはわかるけど……。

[Narration] 自分たちの親分が使用人になってしまったことを、ふたりはうまく納得できていない。

[Narration] いっそ無視してくれればいいものを、複雑な感情ゆえか、事あるごとに使用人風情、と苛めようとしてくる。

[Narration] それならそれでもいい、ともイライザは思う。今更、その程度で根をあげるほど、自分はヤワではない。

[Narration] しかしあのふたりは結局、まだイライザに──それも、過去のイライザに縛られている。

[Narration] ああして中途半端なことをされると、彼女としてもつい反撃してしまうのだ。

[Eliza] だからって、いまさら私が──メイドの身分で、あの子たちのリーダーなんかできるわけがないでしょうに。

[Eliza] ほんっと……ふたりとも馬鹿なんだから。

[Eliza] ……あら?

[Narration] 仕事に戻ろうとしたイライザは、廊下の先をとぼとぼ歩く杏里の背中を見つけた。

[Eliza] 杏里様?

[Anri] ……やあ。

[Narration] 呼びかけに応じて振り向いた顔は、えらく憔悴して見えた。

[Narration] いつも理不尽なほど明るい彼女が、またずいぶんと落ち込んでいるものだ。

[Eliza] ど……どうしました?

[Anri] うん……あぁ、いや……別に。

[Narration] 杏里は適当に返事をした。

[Eliza] ……後で、お部屋の方に、何か持って参りましょうか?

[Anri] いや、平気だよ。ありがとう、イライザ。

[Narration] 何でもない、と手を振る杏里に、イライザはあえてそれ以上は追求しなかった。

[Eliza] ……杏里様……。

[Anri] ……誰が馬鹿だって?

[Eliza] いえ、私事ですわ。

[Narration] 昔日への思い出に、つい感傷に浸っていたイライザは、動揺を押し隠して杏里に向きなおった。

[Eliza] 犯人捜しの捜査はいかがですか?

[Anri] うん……まあ、それなりにね。

[Eliza] そうですか……私も、今はこれといった噂話も情報も聞いておりません。

[Anri] そうか……じゃあ、別の所を回ってくるよ。バイ、イライザ。

[Eliza] はい、お気をつけください──。

[Narration] 去っていく杏里に、イライザは深々と頭を下げて見送った。

sapphism_no_gensou/4461.txt · Last modified: 2018/05/22 17:15 (external edit)