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sapphism_no_gensou:3561

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[Anri] あ、うん、うん、そうだね、でも、見たいな、キミのドレス姿……。

[Narration] スツールの上で片膝を立て、それを抱え込むように腕を回し、肩と頬で受話器を挟み込む。

[Anri] そう、よかった。体の方は大丈夫なんだね。うん……、でも、最後でしょ?

[Narration] 電話の相手はアイーシャだった。時間は夜の九時。眠りにつくには早く、遊び出すには遅い時間。

[Anri] ……会いたいんだ、アイーシャに。

[Narration] 少し灯りを落とし気味にした部屋の中、杏里は受話器の向こう側のアイーシャと話を続ける。

[Anri] ……話したいこともあるし……。

[Narration] 天京院の部屋でのディスカッションの後、杏里はこの自分の部屋で、夕食もとらずに、ただ、一人で時間を過ごしていた。電話を見つめたまま。

[Narration] やがてアイーシャの番号を押した。そして、明日、ガラパーティーで会えるかを尋ねた。何往復かのやりとりの後、望む答えを得ることができた。

[Aisha] ……わかったわ。頑張ってみる……。

[Anri] ……ありがとう。楽しみにしてるよ。

[Narration] 受話器の向こうからの小さな声。まだ、なにかに怯えた声。きっとまだ、自分も同じ声を出している、そう思える。

[Anri] ……うん、うん、じゃあ、会場で待ってる。……そうだね。うん、じゃあ、おやすみ……。

[Narration] 通話を切って、受話器を手に残したまま、杏里は視線を上へ向ける。窓の外に広がる星空が映る。

[Narration] 明日のパーティーにそなえて、H・B・ポーラースターは晴れた空の下を進んでいる。中天に浮かぶ、月。白くさやさやとした光を窓越しに室内へと投げかけている。

[Anri] ………………。

[Narration] 同じ月と星と空を、さっきまで言葉を交わしていた少女は見ているだろうか。それを願う気持ちをわずかにこめて、名前を呼んでみる。

[Anri] アイーシャ……。

[Narration] 思いもよらぬ罪をその身体の中に秘めていた少女。

[Narration] 出会った時の、うつむいた物憂げな顔。独りでいることが笑顔を失わせていた。

[Narration] 共にすごす時間が増えるごとに、まるで花が開いていくかのように、次々と笑顔を見せてくれた。

[Narration] 優しく、賢く、居心地のよい時間と場所を作り出すことができた。呪いの眠りから覚めた少女は、花の中のプリンセスになるはずだった。

[Narration] はかなくも、その花弁がむしられた時は、泣きながら自分を求めてくれた。重ねた身体は心地よく、抱いた腕に自然に力がこもるほど愛おしかった。

[Anri] ねぇ、アイーシャ……。

[Narration] たった三週間のあいだに、美しさにはかなさをたたえて咲いた少女の顔が、今、杏里の中で、時折、ひどく不分明ににじんで見える。

[Narration] まるで、水の底に沈んだかのように。それをすくいあげた時、彼女はいったいどんな顔をしているのだろう。

[Narration] 時々見せたアイーシャの表情を思い出す。笑顔の中に差し挟まれた表情。

[Anri] あれは、泣いていたの? 怯えていたの?怖かったの? 耐えられなかった?

[Narration] 言葉にしたことが思い上がりに感じる。自分は、アイーシャのことを、もはや何も知らない、わからない。それでも。

[Narration] それでも、信じられる。

[Narration] 自分が交わしてきた言葉を、重ねた身体の温もりを。

[Narration] それらが決して自分を裏切らないものであることを、裏切らないものをかわしてきたということを、信じられる。

[Narration] 朽ちて倒れそうになったものが、強く支えられていることに気づく。それが、自分の、たった一つの、何ものにも換えがたい力だ。

[Anri] ………………。

[Narration] 立ち上がり、窓を開ける。流れ込む夜風は少し肌を刺すほどだ。身を乗り出し、星の下で息を吐く。

[Anri] ……明日だな……。

[Narration] アイーシャともう一度、向き合おう。そう杏里は決めた。

[Anri] ボクは判事じゃない……。天使でも神様でもない。そんなものにはなれない。

[Anri] ただ、キミの声と言葉が聞きたいよ、アイーシャ。誰よりも近くで、キミのどんな小さな声もけして聞き逃さない。

[Anri] だから、話してほしい。かなうものなら、すべてを。

[Narration] 杏里という名の少女が、星空を見上げる。

[Narration] 同じ星空を、アイーシャという少女も見上げる。

[Aisha] 杏里……。

[Narration] それぞれの想いは、それぞれの少女の胸に秘められている。互いに互いを思い、もつれて渦を巻く。

[Narration] 揺られざわめくそれを抱え込みながら、見上げる夜空は、やがてやがて白みだす。陽が昇り朝になり、休息日の大講堂に人が集まりだせば、やがて。

[Narration] ガラパーティーが始まる。

sapphism_no_gensou/3561.txt · Last modified: 2013/06/01 22:49 (external edit)