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sapphism_no_gensou:3551

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[Tenkyouin] やあ、来たね、杏里。

[Anri] ……うん。

[Narration] 約束した時間通りに杏里は天京院の部屋を訪れた。それを迎える天京院の表情はいつもと変わりはなかった。

[Narration] しかし、迎えられる杏里の方は、今にも夕立が降り出しそうな空のように曇っていた。

[Tenkyouin] あれから、少しは捜査が進んだかい?

[Anri] うん……。

[Tenkyouin] そうか。じゃあ、聞かせてくれ。

[Narration] しばらくの間、杏里は訥々と、ここ数日の捜査の成果を話していく。

[Narration] 天京院はコーヒーの湯気をあごにあてながら、目を閉じてそれを聞いていた。

[Narration] やがて、杏里の話が終わると同時に。

[Tenkyouin] ご苦労様。だけど残念だね、推理の結果は変わらないよ。

[Anri] ……!

[Narration] 天京院のその言葉と同時に、杏里は下唇を噛む。

[Tenkyouin] この一連の事件の犯人はアイーシャ・スカーレット・ヤンだ。すべての手がかりが、それに合致する。

[Anri] ………………。

[Tenkyouin] さて、あたしの出番はここまでだ。あとは、杏里がどうするかだね。

[Anri] ……ボクが?

[Tenkyouin] そう。はっきり言って、推理はあくまで推理でしかない。彼女はここまで決定的な証拠を残していない。

[Tenkyouin] 試しに、PSに訴えてでてごらん。犯人は自分じゃない、アイーシャ・スカーレット・ヤンだって。きっと相手にもされやしない。

[Tenkyouin] すべては可能性。あたしの頭の中じゃ、これが真実だろうけど、あたし以外の人間は別の事実の塊を信じたがるだろうね。

[Tenkyouin] つまり、頼るべきは犯人が自ら罪を認めることだ。被害者の一人のふりをしている彼女に、犯行と狂言を認めさせる。はん、PSになんかできっこない。

[Tenkyouin] 杏里、あんた自身が、アイーシャに罪を認めさせるしかないんだよ。

[Narration] 天京院が口を閉ざすと、部屋にしばしの沈黙が訪れる。それを破ったのは、杏里のため息のようなこえだった。

[Anri] そっか……。

[Narration] 両手に収まって、窓から差し込む光の中にあるコーヒーカップを見下ろしながら、杏里はつぶやくように言う。

[Anri] やっぱり、アイーシャと話してみないとダメなんだね。

[Tenkyouin] あ、ああ。

[Narration] 自分の予想よりわずかにずれた杏里の反応に、天京院の答えが遅れる。

[Narration] 杏里は、手元から視線をあげて、天京院を見る。まだ少し弱くはあるものの、あきらめず迷わず、ただ自分の思うまま、まっずぐに進む光をその目にたたえて。

[Anri] そうだよね、かなえさん。

[Anri] ボクがアイーシャを怖れて逃げていちゃ何もならない。アイーシャの言葉で、彼女自身の話を聞きたい。

[Tenkyouin] そして、そのすべてを受け入れる、か?割に合わないよ、杏里。どんな理由があるにしろ、彼女はレイプ犯だ。

[Tenkyouin] その深みにあるものに、きっと杏里は耐えられないよ。それは、温室で育ってきた者には暗く、冷たすぎる。

[Anri] その中に、アイーシャがいるんだ。

[Narration] 揺らぎそうになる自信を必死に支える杏里の声。

[Anri] ならば、そこまで行くよ、ボクは。そして、もう一度、彼女を知る。

[Tenkyouin] 杏里!

[Narration] 天京院は立ち上がる。そのにらみつける視線を杏里は受け止める。その目にある決意に、天京院は不安とあきらめを感じる。

[Tenkyouin] あたしが悪かった。彼女を追い込む方法はいくらでもある。杏里が部屋から一歩も出ないうちに、退学処分が解ける手段はいくらでもあるんだ!

[Anri] かなえさん、手段は関係ないよ。ボクが彼女に会いたいんだ。

[Anri] ありがとう、かなえさん。いろいろ考えがまとまった。不思議だよね、かなえさんってボクが迷っている時に、ぽんと答えをくれるんだもの。

[Narration] 杏里は、コーヒーカップを手近な本の山の上に乗せると、ドアに向かって歩き出す。

[Anri] 明日、アイーシャと話をしてみるよ。そのために、ちょっとづつ今から勇気をためる。だから、今日はこれで帰るね。

[Anri] じゃあね、かなえさん。

[Narration] そう告げた杏里がドアの向こうに消えた後、部屋の中に天京院のつぶやきがこぼれた。

[Tenkyouin] まいったな……。いったい、なんて顔してくれるんだ、杏里……。

[Tenkyouin] やあ、来たね、杏里。

[Anri] こんにちわ、かなえさん。

[Narration] それまでの二回と同じように、コーヒーの匂いとミキサーの音が充満する部屋へと、天京院は杏里を迎え入れた。

[Tenkyouin] 泣いても笑っても今日が最後だ。さあ、今週の捜査の成果を教えてもらおうか。

[Tenkyouin] ここまで来て、なにやってたんだ?

[Anri] 面目ない、かなえさん。精一杯頑張ったつもりなんだけど。

[Tenkyouin] ……疑わしいね。それとも、あたしがよっぽど杏里のことを買いかぶっていのか……。

[Narration] そう言うと、天京院は大きくため息をついた。

[Tenkyouin] 驚いたね。手がかりになりそうなことは何一つない。

[Anri] えー! いくらなんでもそんなぁ!

[Tenkyouin] そんなもなにもない。杏里、自分でもうすうす気づいているんじゃないか? 先ほどの君の一時間にわたる報告は、ただのおしゃべりとなんら変わりない。

[Tenkyouin] つまり、あたしの推理の役に立つ情報は何ら含まれていなかったってことだ。

[Anri] う……。わかったよ、明日から頑張る。どっさり手がかりを見つけてみせるさ。

[Tenkyouin] 明日はないね。今日まで粘りきった犯人の勝ちだ。あたしの推理だと、犯人は今日明日、おとなしくしているね。

[Tenkyouin] そして、杏里が船を下りるのを待って、そして犯行を再開するだろうね。

[Tenkyouin] 杏里。寂しいことだけど、身の回りを整理することを勧めるね。……残念だ。

[Anri] ………………。

[Narration] 天京院の不吉な予言は当たった。

[Narration] その夜も、翌日にも、目立った事件は起こらず、杏里は完全に犯人へたどり着く道筋を失った。

[Narration] そして、杏里は三週間前の教員会議での決定通り、ガラパーティーの翌日、退学処分を受け、船を去った。

[Narration] 友人の見送りさえ許されぬ、寂しい下船だった。

[Anri] ……というとこなんだけど。

[Narration] 杏里は、メモを並べ、証拠品を並べ、身振り手振りを交えて、証言を再現した。天京院は黙ったまま、時折わずかにうなづくだけで、それを聞いていた。

[Tenkyouin] ……厳しいね。

[Narration] 杏里の報告が終わってから、一分ほど黙ったままでいた天京院は、一つ、息をついてから、そう言った。

[Tenkyouin] 杏里、あんたが遊んでいたとは思いたくないけど、正直、手がかりが少なすぎる。

[Tenkyouin] これだけじゃ、犯人が誰かもわからないし、次にこちらがどう動けばいいかの見当もつかない。

[Anri] うーん、そっか……。

[Narration] 眉間にしわを寄せる天京院に杏里もならう。

[Anri] まあ、明日があるさ。きっとかなえさんの推理の役に立つ手がかりを持ってきてみせるよ。

[Tenkyouin] 明日はないね。今日まで粘りきった犯人の勝ちだ。あたしの推理だと、犯人は今日明日、おとなしくしているね。

[Tenkyouin] そして、杏里が船を下りるのを待って、そして犯行を再開するだろうね。

[Tenkyouin] 杏里。寂しいことだけど、身の回りを整理することを勧めるね。……残念だ。

[Anri] ………………。

[Narration] 天京院の不吉な予言は当たった。

[Narration] その夜も、翌日にも、目立った事件は起こらず、杏里は完全に犯人へたどり着く道筋を失った。

[Narration] そして、杏里は三週間前の教員会議での決定通り、ガラパーティーの翌日、退学処分を受け、船を去った。

[Narration] 数人の友人達に見送られ、ひっそりと船をおりた。

sapphism_no_gensou/3551.txt · Last modified: 2018/05/22 17:15 (external edit)