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sapphism_no_gensou:3511

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[Narration] 午後の大廊下。閑散としているのは、ほとんどの学生が授業を受けているからだ。

[Narration] 職員も、学生が一ヶ所に集中している隙に、個室の清掃や施設の整備、仕込みに入る。教員ももちろん授業だ。

[Narration] その無人の大廊下を杏里は歩いていた。授業も、仕事もない謹慎中の身分だからこそできるわけだが。

[Anri] (アイーシャ……)

[Narration] その名前を思い浮かべると、なぜか杏里の心の中で天京院の声が響く。

[Tenkyouin] 犯人がわかったよ、杏里。

[Tenkyouin] アイーシャ・スカーレット・ヤン。彼女だよ。

[Tenkyouin] ここまでのすべての手がかりが、彼女が犯人だと言っている。

[Anri] く……!

[Narration] 頭を振って、天京院の声を追い払おうとする。しかし、その声は容易に消えなかった。

[Narration] その理由はわかる。杏里の中で、天京院の言葉は否定できるものではなかった。だからこそ、アイーシャへの想いと激しく反発する。

[Narration] もう一度、強く頭を振る。反発の残響でふらつく平衡感覚を覚醒させるように。そして、まっすぐに大廊下を進む。

[Anri] あ、あれは……。

[Narration] 杏里の視線の先を、二人の少女がこちらへ向けて歩いてくる。

[Narration] メイド服を着た方の少女は、杏里のよく知っているイライザだった。もう片方は、極東の民族衣装を着ていた。杏里の半身の故郷、日本の隣の国の。

[Anri] ファン・ソヨン……。

[Narration] 並んで歩く二人が次第に近づいてくる。杏里は足を止めて、二人を待った。

[Narration] イライザは杏里を見て、小さく会釈をした。ソヨンは少し肩を丸め、うつむいて歩いていた。

[Anri] やあ、ソヨン……。

[Narration] 杏里が声をかけると、ソヨンの肩がわずかに震えた。

[Anri] 帰るんだ……。

[Narration] 私服を着たソヨンと、イライザが抱える大きめの旅行鞄で察しがつく。ソヨンのかわりに、イライザが答える。

[Eliza] もうすぐ、ヘリコプターが着くので……、それに乗って、一時的にご自宅にお戻りになられるんですよ。

[Anri] そっか……。その、元気でね……。

[Narration] それ以上かける言葉のない杏里が、体を返そうとすると、小さな声が、ソヨンの口から漏れた。

[Soyeon] 父が……。

[Narration] ソヨンは言葉を続ける。

[Soyeon] 傷は、勲章だと……。

[Soyeon] 痛かったです。悔しくて、怖くて……。

[Soyeon] でも、この傷が癒えれば、きっと今よりも強くなれるって父が言ってくれたんです……。

[Anri] ソヨン……。

[Soyeon] ……きっとまた、この船に来ます。船をおりて、このままずっとなんて、……いやです……。

[Narration] 時折、言葉を詰まらせながらもソヨンが言葉を終えると、イライザがその背を優しく押した。

[Eliza] ソヨン様、行きましょう。

[Soyeon] はい……。

[Narration] うつむいて、何かをこらえながらソヨンは答え、また、歩き始める。杏里は、その背が大廊下のはるか向こうに消えていくまでずっと見つめていた。

[Anri] 強いな、あの子は……。

[Narration] 激しく暴力に性を蹂躙されながら、気高く立ち上がり、再び歩き出そうとする。

[Anri] アイーシャ、キミは……。

[Narration] 日曜のことを思い出す。アイーシャは杏里の腕の中で、救いを求めて激しく泣いた。杏里にすがって泣くその裏側に、深い罪を隠し持っていた。

[Anri] キミは、その重さに耐えていられるのだろうか……。

[Narration] つぶやいて、杏里は大廊下を、ソヨン達とは反対の方向へ歩いていった。

sapphism_no_gensou/3511.txt · Last modified: 2018/05/22 17:15 (external edit)