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sapphism_no_gensou:3501

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[Narration] まもなく正午を迎え、南中しようとする太陽が空中庭園の木々と地面を照りつける。

[Anri] ふぅ……。

[Narration] 杏里は木陰から、空中庭園を眺めていた。木の幹に背をもたれさせ、地面に直に腰をおろしている。

[Narration] 天京院に会ってから、杏里の心には重い石が乗せられていた。考えよう、答えを出そうとするたびに、重さをまして圧迫してくる。

[Anri] あ……。

[Narration] 杏里の前を人の一団が通り過ぎる。H・B・ポーラースターの学生なのは、制服を見ればわかる。杏里の注意をひいたのは、彼女たちの中心にいた人だった。

[Anri] ソフィア先生か……。

[Narration] ソフィア・アウストリッツ。学園で天文学を教える老教諭。その温和な物腰に反比例する逸話と過去の経歴は、学園の名物とも言える。

[Narration] 授業が控えめに言ってそれほど好きではない杏里も、ソフィアの授業だけは進んで出ようと努力した。

[Narration] 引き込まれるような言葉の連なりで、星を語る。時として披露される自身の昔話は、そこらの冒険小説よりよほどスリルと興奮に満ちている。

[Anri] また、先生の授業を受けたいな。でも、今は無理か……。それに、この先も……。

[Unknown] 杏里。

[Anri] え?

[Anri] 先生!?

[Narration] いつの間にか、座る杏里の目の前に、ソフィアが立っていた。

[Sophia] 久しぶりね、杏里。大変な事件に巻き込まれているって聞いてるわ。

[Anri] そんなこと……なくはない……ですけど。

[Sophia] あなたへの嫌疑が晴れることを祈ってるわ。

[Anri] ……先生は、ボクが犯人じゃないって信じてくれてるんですか?

[Sophia] そうねぇ……。杏里のことは少しは知ってるから。杏里はあんなむごいことをする子じゃないでしょうからね。

[Anri] ………………。

[Anri] ねぇ、先生。

[Narration] 杏里は、視線を地面に落としながら問いかける。

[Anri] 大切なものをなくしたこと、ある?

[Narration] ソフィアの答えは短く、簡単だった。

[Sophia] ええ、あるわ。

[Anri] 人の大切なものを奪ったことは?

[Sophia] あるわ。

[Anri] じゃあさ、大切な人を失ったことは?

[Narration] 口調は穏やかなまま。

[Sophia] あるわ。

[Anri] ……先生の答えって、参考になりません。

[Sophia] 杏里、あなたは悩まない子ね。

[Narration] 穏やかな声が、杏里に降りかかってくる。

[Sophia] いつもはほんとに、すぐに決めて、すぐに動いてしまう。

[Sophia] だから、その結果で後悔することがあっても、すぐにそれを忘れてしまう。

[Narration] 言葉を受け止めながら、杏里はソフィアを見上げる。

[Narration] 小柄な老婦人。杏里が座ったままでも、その目を見るのに、苦労はしない。しかし、その視線と存在感は優しく、強い。

[Sophia] だからこそ、今はしっかり考えて考えて考えなさい。でも、逃げてはダメ。

[Sophia] それで決めた答えに、嘘はけしてないはずよ。その結果、どんなに後悔することがあっても、それはきっとあなたにとって価値のあることよ。

[Anri] 後悔するのは、いやかも。

[Narration] か細いながらも、杏里の口から笑みがこぼれる。ソフィアも、それに笑みで応える。

[Sophia] 喜びも悲しみも、後悔も何もかも、杏里が迷いながら考えた分だけ、きっと後になってあなたの中に残って宝石になるはずよ。

[Narration] ソフィアはそう言うと、杏里のいる木立から離れていった。

[Anri] ちぇ……。

[Narration] ソフィアの背中を見ながら、杏里は少し唇を突き出す。

[Anri] かなわないな、先生には……。

sapphism_no_gensou/3501.txt · Last modified: 2013/06/01 22:49 (external edit)