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sapphism_no_gensou:3471

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[Narration] チャペルという、神に向き合い、祈りを捧げる場にしては、いささか大きな音をたてて、扉は開かれた。

[Narration] 続いて、扉の勢いもそのままの足音が響き渡る。

[Narration] ヘレナは、やや眉をあげて振り返った。彼女のよく知る杏里・アンリエットが大股で歩み寄り、似つかわしくもなく乱暴にベンチに腰をおろす。

[Helena] 杏里、あなたね……。

[Anri] かなえさんは意地悪だ!

[Narration] 注意しようとしたヘレナを遮って、杏里が声をあげた。

[Anri] そりゃ確かに、かなえさんは頭がすごくいいよ!テストの点は時として同じくらいだったりするけど……。

[Anri] でも、かなえさんは天才だよ! そしてボクはバカさ! でも、だからって、ボクを騙そうとするなんてひどいじゃないか!

[Helena] 落ち着きなさい、杏里・アンリエット!

[Narration] まくし立てる杏里を、ヘレナはたしなめる。

[Helena] あなたがバカなのも、天京院さんが賢いのもよくわかってるわ。それで、あなたは何を騙されそうになっているというわけ?

[Helena] 落ち着いて、それから静かな声でお話しなさい。

[Anri] ……クローエみたいなことを言うんだね。

[Helena] クローエでなくても言いたくなるわ。あなたが騒がしすぎるのよ。

[Helena] それで? いったいどうしたってわけ?

[Anri] あ、うん……。

[Anri] ちょっと早いけど、かなえさんとこに相談に行ったんだ。

[Helena] 事件の捜査のことね……。

[Narration] ヘレナの表情が曇る。先週末に襲われたのは、杏里とヘレナの新しい友人、アイーシャだったからだ。彼女の痛ましい姿を思い出した。

[Narration] 杏里は今週進めた調査をヘレナに簡単に説明する。中には、ヘレナ自身が教えた情報もある。

[Narration] 聞いているうちに、ヘレナの表情がより曇ってくる。どうも嫌な予感がしてならなかった。いいようのない不安、それをおそらく、杏里も感じていると思える。

[Anri] ……頑張って手がかりを集めたんだよ。でも、それからかなえさんが導き出した結論は……。

[Narration] 杏里の話した天京院の推理を聞いているうちに、ヘレナの脳裏にも犯人の名前が浮かび上がってきていた。

[Anri] アイーシャが犯人だ、なんて言うんだ。

[Helena] それは……。

[Narration] 杏里の話を聞いて、さすがにヘレナもすぐに言葉が出てこない。しかし、やがて口を開く。

[Helena] ……天京院さんの推理が、特に間違ってるとは言えないわね……。

[Anri] そんな! ヘレナまでそんなこと言うなんて!

[Helena] あ、その、にわかに信じがたいことではあるけど……。天京院さんがあなたを騙そうとしているわけではなさそうなのはわかるわ。

[Anri] ……じゃあ、アイーシャが自分で自分を襲ったとでもいうのかい!?

[Helena] そう考えられるわよ。そして……。

[Anri] 今までの事件の犯人だとでも!?

[Helena] ……だとしたら、見過ごすことはできないわね。

[Anri] ……どうする気さ。

[Helena] どうするも……。やっぱり、PSとかに連絡して……。

[Anri] そんなことさせるもんか!

[Narration] ヘレナを遮って、杏里が声をあげる。

[Anri] アイーシャを犯人にしようってのかい!?

[Helena] 限りなく疑わしいのは確かよ。そして、私達がこうしていても何にもならない。学園側に連絡して、はっきりと調べてもらうべきよ。

[Anri] そんな……!

[Helena] PSが調べて、彼女の身の潔白が証明されればそれでいいじゃない! もし、彼女が犯人なら、新たな犯行を防ぐことにもなるわ。

[Anri] ひどいよ! そんなことできるもんか!アイーシャはボクの大切な友人だ! それを疑って告発するなんて……。

[Helena] 私だって、ヤンさんは友人だわ!

[Narration] 今度は杏里の言葉を遮って、ヘレナが声を張り上げる。その行動に驚いた杏里が、ヘレナを見つめたまま、言葉を失う。

[Helena] 信じてあげたい、そうではないと思いたい。でも、でもね、杏里、私にとって最愛の友人はあなたなのよ。

[Helena] あなたがこのまま、頑なに真犯人を捜し続けて、果たせぬまま退学の日を迎えるなんてことはあってはならないのよ! そんなこと、我慢ならないわ!

[Narration] 杏里を見据える目に、涙を浮かべて、ヘレナは訴える。

[Helena] あなたを退学から救うために、犯罪者を告発することを厭うことはないわ! 犯罪者を見逃して、あなたが船を降りるなんて考えられるわけがない!

[Helena] わかってよ杏里! あなたは確かにバカな子だけど、愚かではないはずよ。

[Anri] わかんないよ!

[Helena] わかろうとしないだけでしょう!

[Narration] 言葉を区切り、杏里とヘレナはにらみ合う。

[Helena] 彼女の罪は裁かれるべきだわ。そして杏里、あなたは自らの潔白を証明するために、彼女を告発するべきではないの?

[Anri] でも……。

[Narration] その声はか細く、ヘレナの言葉を退ける。

[Anri] でも、ヘレナ。ボクはアイーシャが好きなんだ。彼女を、ただ、犯人であるというだけで、失いたくないんだ……。

[Helena] ……初めてね。杏里が私の前で、他の子のことをそこまで言うなんて。

[Narration] よろけるようにもたれかかってきた杏里を、ヘレナは抱きとめる。予想以上のその体の軽さに驚く。

[Anri] ちがうよ、ヘレナ。ヘレナのことは大好きだよ、愛してる。

[Helena] そんなこと言わなくてもいいわ。……わかっているつもりよ。

[Narration] 肩に頭をあてたままつぶやく杏里に、ヘレナは答える。

[Anri] ……今、アイーシャを学園に突き出すことはボクにはできないんだ。

[Anri] 出会ったばかりの寂しそうな彼女も、だんだん変わっていった彼女も、どちらもボクは信じられる。彼女は嘘をついてきたわけじゃない。

[Anri] 何ができるわけでもないというのに、なぜと尋ねるのは間違っているんだろうか?

[Anri] でも、ボクはアイーシャから聞きたいんだ。どうしてって。なぜこんなことをって……。

[Anri] ヘ〜レナ!

[Helena] きゃあ! あ、杏里!?

[Narration] その場に現れた気配も見せずに、背後から抱きついてきた杏里に、ヘレナは抗議の声をあげる。

[Helena] また、あなたはそんなことを! わかってるの?もうパーティーまで一週間とないのよ!?

[Anri] そんなこと百も承知だよ。

[Helena] だったら、真面目に捜査をしなさいと何度も言ってるでしょう! もう、この手を離しなさい!

[Anri] うーん、犯人なら、だいたいわかったんだけど。

[Helena] ……ほんとなの!?

[Anri] まあね。

[Helena] ……誰?

[Anri] 知りたい?

[Helena] ええ。できるなら。

[Anri] じゃ、教えてあげる。かなえさんの推理によるとね、犯人は、アイーシャ、彼女だってさ。

[Helena] ……なんですって!?

[Anri] 声、大きいよ、ヘレナ。

[Helena] あ、ご、ごめんなさい。……それは本当なの? あの、天京院さんがあなたをからかってるとか……。まさか、杏里、私を騙そうとしていない?

[Anri] そんなことするわけないよ。

[Narration] ヘレナの予想よりはるかに静かに、杏里は答えた。その杏里の態度に、ヘレナも嘘がないことを悟る。

[Helena] ……どうする気なの?

[Anri] ヘレナだったらどうするかな?

[Helena] ……学園側に連絡するわ。彼女をちゃんと調べてもらって、身の潔白か……、その罪をはっきりとさせるべきよ。

[Anri] たとえ、ボクが犯人だったとしても、そうする?

[Narration] 杏里は、ヘレナの体にまわした手に、わずかに力を込めて、尋ねた。ヘレナの答えに間があく。

[Helena] ……そうするわ。罪が明らかなら、罰を受けるべきよ。それが、秩序というものですもの。

[Narration] ヘレナはゆっくりと、しかし断言する。

[Anri] ……迷わない?

[Helena] もちろん、迷うわ。でも、見過ごすことはできないわ。あなたは大切な友人ですもの。なおさらよ。

[Anri] そうだよね。それでこそヘレナだ。……だから好きなんだ、いつも抱きたくなるくらい。

[Helena] ふざけたことは言わないで! ……杏里、どうするつもりか、答えてないわよ。

[Helena] もし、あなたが何もしないのなら、私が彼女を告発するわ。でないと、退学になるのよ、あなたは。

[Anri] うん、そうだけど……。何もせずにいるつもりはないよ。アイーシャと話をしてみたいと思ってるし……。

sapphism_no_gensou/3471.txt · Last modified: 2018/05/22 17:15 (external edit)