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sapphism_no_gensou:3442

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[Narration] 泣きやむまで、杏里はアイーシャを抱きしめ続けた。

[Narration] 泣き声が嗚咽へと変わり、それが止まるまで。

[Narration] そして、どちらも物言わぬまま、抱き合う時間が続く。

[Narration] 穏やかな風が枝葉を揺らすかすかなざわめきと鳥の声、二人で同じ音を聞きながら。

[Narration] やがて、アイーシャが口を開いた。

[Aisha] 杏里……。

[Anri] なに?

[Aisha] ごめんなさい、変な電話をかけて……。

[Anri] 気にすることじゃないよ。謝らなきゃならないのはこっちさ。ボクとしたことが、イタズラ電話だと思ってしまった。

[Aisha] そんなことないわ。そう思って当然よ。

[Aisha] でも、ここにいるってわかってくれたのね……。

[Aisha] ……嬉しい。

[Narration] 杏里は言葉を返さずに、アイーシャの体に回した腕に、わずかだけ力を加えて応える。アイーシャは杏里の肩に頭を預け、目を閉じる。

[Narration] 触れあった場所から、アイーシャの体温がつたわってくる。そのことに、杏里は安堵する。

[Narration] 昨夜、助け起こしたアイーシャの、体の冷たさに驚いた。この娘がこのまま、体から永遠に暖かさというものを失ってしまうのではないかと思った。

[Narration] だから今、こうして温もりと、伝わってくる鼓動を感じられるのが嬉しかった。だから、アイーシャにも同じことを望む。

[Anri] (アイーシャ、キミがボクのこの抱擁で、少しでもこの一週間で得たものを取り戻してくれるのなら。今はそれに勝る喜びはないよ……)

[Narration] こみ上げてくる愛おしさに押されて、腕に力がこもる。もっと、もっと強く抱きしめたいと、そう思う。

[Aisha] ぁ……。

[Anri] ……!?

[Narration] アイーシャの小さなつぶやきに、杏里は引き戻される。杏里は慌ててまわしていた腕をほどき、アイーシャの肩をつかんで引き離す。

[Narration] 杏里が見つめるアイーシャの顔には、声が漏れてしまったことを悔やむ色があった。

[Anri] アイーシャ……、もしかして、傷が、痛かった……?

[Narration] 杏里に問いかけられて、アイーシャは小さく首を横に振った。

[Aisha] ううん……。違うの、何でもないのよ、杏里……。

[Anri] 体、大丈夫なの……?

[Narration] アイーシャは、うなずく。しかし、その視線をもう一度あげはしなかった。

[Anri] ……そんなはずないじゃないか。

[Narration] しぼりだすような声で杏里は言う。視線を伏せたままのアイーシャの肩が、小さく震える。

[Anri] だって……、だって……。

[Aisha] 大丈夫なの! ……ほんとよ……。

[Narration] アイーシャは視線をあげて訴える。

[Anri] 昨日、あんなに……。

[Aisha] いや!

[Narration] アイーシャは両手を胸の前に寄せ、身をかがめるようにして叫んだ。

[Aisha] 大丈夫なの、ほんとよ……。なんともないのよ……。でないと、私……。

[Narration] その双眸から涙があふれ、落ちていく。

[Aisha] 杏里に会えなくなってしまうもの……。

[Anri] なんでさ!

[Aisha] 杏里が、あたしに会ってくれなくなるもの……。

[Anri] そんなバカな!

[Anri] ボクがアイーシャを拒絶する? そんなことするもんか!

[Aisha] するわ! きっとするわ! だって、だって私は……、昨日……。

[Anri] 言うな!

[Narration] 杏里はアイーシャの肩を強くつかみ叫ぶ。

[Anri] 言わなくていい、アイーシャ! 何もなかったんだよ! きっと悪い夢……。

[Aisha] 違うもの!

[Aisha] 違う……、違う……。覚えてるもの、痛みも、何も、全部……。私、私、杏里の知ってる私じゃないのよ……!

[Anri] アイーシャ! キミは何も変わってない!何も失ってない! 何も奪われてない!

[Aisha] だめ……。

[Narration] うつむき、弱々しく首を横に振る。

[Aisha] だめなの……。

[Narration] 襟元にあげた指を動かし、腕を開いていく。カラーの下から現れた首筋には、褐色の肌で目立たぬまでも、確かに黒みの斑点が浮かんでいた。

[Anri] ……!

[Aisha] ほら……。

[Narration] うつむいたまま、アイーシャは次々と、上着とブラウスのボタンをはずしていく。

[Narration] 乳房に残るのは強く握られたためか?肩口が何かに打たれたのなら、首筋のものは……?

[Aisha] 杏里だったら……。

[Narration] そうつぶやいて、アイーシャは顔をあげる。涙と、儚いばかりの笑みを浮かべている。

[Aisha] みんなが疑っているように、杏里が犯人だったらよかったのに……。

[Aisha] そうだったら、すべて受け入れられたのに……。

[Aisha] ほら……、私はもう、こんなにも穢れているんだから……。

[Narration] 胸元を大きくはだけさせたまま、アイーシャは杏里をまっすぐ見つめて立つ。

[Narration] 杏里は、アイーシャの腕をつかんでいた手を、その頬に伸ばす。

[Narration] 反射的に身をすくめるアイーシャ。杏里は、そっとそのほほを撫であげた。そして、顔を寄せて、アイーシャの涙を舌でぬぐう。

[Anri] 綺麗だよ、アイーシャは。

[Narration] あらん限りの優しさをこめて、そう囁く。

[Anri] ボクが言ったろう? キミは綺麗になる、どんどん綺麗になっていくんだって。

[Anri] アイーシャ、キミはちゃんと、その言葉を守ってるよ。

[Aisha] ちが……。

[Anri] 違わない。本当に綺麗だ、素敵だ、アイーシャ。今すぐここで。キミを抱いてしまいたいと強く思うよ。

[Anri] キミを抱きたいんだ……。

[Narration] 耳元でのその囁きが届くと、アイーシャはゆっくりと目を閉じた。また、目尻から涙がこぼれる。

[Aisha] 杏里、杏里は優しいの……。きっと私を哀れんでくれてるのよ……。

[Anri] 誓って言うよ、そうじゃない、アイーシャ。キミは綺麗なんだ。もし、この……。

[Narration] 杏里の指先が、アイーシャにつけられた痣の一つに触れる。アイーシャの体が瞬間、強ばる。

[Anri] この……。

[Narration] 指先は肌をつたい、別の痕に触れる。そしてまた、と次々と触れていく。アイーシャは目を閉じて、その指先に耐える。

[Anri] この、忌まわしい痕がキミの心に枷をしているのなら、すべてをボクがぬぐってあげる。

[Anri] どこまで深く傷つけられていても、必ずボクのこの舌でぬぐいとる。何一つ残さずに。

[Aisha] 杏里……。

[Narration] アイーシャが杏里をまっすぐに見つめる。その視線と込められた想いを、杏里は受け止める。

[Anri] アイーシャ、ボクはキミを抱くんだ。

[Narration] ひとつひとつ、身にまとっているものを剥ぎ落として、アイーシャは木々の間に立っている。

[Narration] 背をまっすぐに伸ばして立ちながらも、杏里の前にすべてをさらしている羞恥に耐えるためか、わずかに視線を伏せそらしている。

[Narration] 形よく張った乳房、柔らかにうねる線を描く肢体。

[Narration] まさにあとは袖を抜け落ちるだけのブラウスは、その曲線の折々にシルクのスクリーンをかける。

[Narration] 迷い込んだ風にあおられて、シルエットを浮かび上がらせ、またはブラインドを落とす。

[Narration] 樹木の天蓋を漏れ射してくる木漏れ陽が、アイーシャを緑黄のスイートルームの中に浮かび上がらせていた。

[Anri] アイーシャ……。

[Narration] その姿の美しさにのまれながら、杏里は名を呼ぶ。その声に、アイーシャの肩が小刻みに震えだす。

[Narration] 見られていることをあらためて自覚したためか、これから二人で繰り広げることになる艶舞に淡い期待をかきたてているのか。それとも……。

[Narration] 昨夜の悪夢が、アイーシャの意識を圧して、身体を震えさせているのか。

[Anri] ………………。

[Narration] 杏里は唇を噛む。これから愛を交わしあう少女を襲った理不尽な暴虐を憎悪する。

[Narration] その褐色の肌に、擦り傷と痣が残っている。昨夜、この娘はこれらの傷とともに、どれほどの恐怖をその体に刻み込まれたのだろう。

[Narration] アイーシャは立っている。顔をわずかに伏せ、身体をかすかに震わせていても、その場に立ち続けている。

[Narration] その少女に、杏里は誓った。傷はすべて自分が埋めると。その言葉を裏切るわけにはいかなかった。

[Narration] 何かに震えるアイーシャを、最後まで導かなければならない。彼女に刻まれたすべての傷を拭わなければならない。

[Narration] 慎重に入っていく、杏里は優しくアイーシャの手をとった。

[Aisha] ………………。

[Narration] アイーシャが見つめる前で、指を絡めていく。絡めてはほどき、また絡める。掌を包み込み、甲を撫でる。

[Anri] ほら、見てごらん、アイーシャ。ボクの指とキミの指がワルツを踊るよ。

[Aisha] え、ええ……。

[Narration] 心の強張りを解きほぐすように、見つめるアイーシャの前でコントラストを踊らせる。

[Aisha] あ……。

[Narration] 輪を描くようにアイーシャの手をすくいあげ、杏里は絡めとったままの指先を口に含む。

[Aisha] ぁ……。

[Narration] アイーシャの指先をぬぶっていく杏里。美貌の騎士から、手に道ならぬ口づけを受ける貴婦人のように、アイーシャの表情は陶然としてくる。

[Narration] その顔を見上げ、認めてから、杏里は自分の指をそえたアイーシャの手を、その褐色の頬へと差し向ける。

[Aisha] ん……!

[Narration] アイーシャはとっさに目をつむる。そのわき、杏里とアイーシャ、二つの手で頬を撫であげる。

[Aisha] あ……、はぁ……。

[Narration] 目を閉じたまま、アイーシャは長い息をつく。片頬をそのまま撫でながら、杏里はアイーシャに自分の顔を近づけていく。

[Aisha] あっ……!

[Narration] 頬への口づけ。唇と舌が同時に触れる。そのまま、耳のつけねを通り、首筋へとたどっていく。

[Aisha] は、あ……。

[Narration] 杏里の舌の動きにあわせて、アイーシャの身体は震える。

[Anri] さ、アイーシャ、ゆっくりと目を開けてごらん。

[Aisha] ん……。

[Narration] アイーシャの視界に、間近からのぞき込む杏里の顔が移る。

[Anri] 今、キミの目の前にいて、キミに触れているのはボクだよ。さ、力を抜いて……。これからボクの指と舌の動きを、感じたままに言ってごらん。

[Aisha] 杏里……。

[Narration] 名を呼んで、アイーシャは小さくうなずいた。

sapphism_no_gensou/3442.txt · Last modified: 2018/05/22 17:15 (external edit)