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[Anri] なんで、こんなに大勢で押しかけることになっちゃったかなぁ。
[Narration] 杏里達三人は、ファーストクラスの学生達の個室が固まっている区画まで来ていた。
[Narration] H・B・ポーラースターでは、学生の個室はクラスごとに固まっている。
[Narration] アイーシャは飛び級こそしたものの、この船に来たのは現在のファーストクラスの学生達と同じため、個室はこの区画にあった。
[Helena] あなたの日頃の行いが原因なのよ。
[Anri] ……なにも、クローエまでついてくることないのに……。
[Chloe] ちょっと想像してみたのよ。あの場で、ヘレナの提案を断れば、杏里は絶対に逃げ出していたわ。
[Chloe] すると、ヘレナと杏里のあいだで大騒ぎが起こるでしょう。結局、わたしに平穏はやってこないことに気がついたのよ。
[Chloe] 世の中ってほんとにままならないものね。
[Anri] まったくだね。
[Helena] 杏里、自覚に欠ける返事をするのはやめてちょうだい。
[Chloe] それで、どこなの? 彼女の部屋は。さっさと用件をすませてしまいましょう。でないと、いつまでもわたしは読書に戻れないわ。
[Anri] もうすぐだよ。
[Helena] この先ね、確か。
[Anri] よく知ってるなぁ、ヘレナ。そう、あそこだよ。あのドアが開いている……。
[Narration] 杏里の言葉は途中で切れた。杏里が指し示す先に、ドアが開いたままの部屋がある。
[Narration] 果たして、この時間に、ドアを開けたままでいる人間がいるか。レイプ犯が出没し、警戒が呼びかけられているこの時期に。
[Narration] 杏里の脳裏に、思考が不吉な色をまとって広がっていく。
[Helena] あ、杏里!
[Narration] ヘレナの声を背に、杏里は駆けだしていた。そして、開け放たれたドアの前で、急停止する。
[Narration] 部屋の中の光景は、走っていた杏里の勢いから、一瞬の間をおいて結像する。
[Anri] !!
[Narration] まるで、人形のようだった。
[Narration] 力無く投げ出された手足、もたれかかった体、傾けられた首、それぞれが、まるで現実味がないように見えた。
[Narration] あられもなく晒された褐色の肢体。長い髪は床について乱れ、それをそう呼ぶのなら、唯一、身を隠すのは目隠しのみ。
[Narration] そして、足元には禍々しくも長大な双頭のディルドゥ。光を跳ね返す様は、その硬質さを際だたせ、何かに濡れていることを見せつける。
[Narration] それは、紛れもなく、一輪の花が無惨に散らされた光景だった。
[Anri] ア……、アイーシャ……?
[Narration] 光景に思考する術を奪われ、呆然と杏里はつぶやく。その言葉に、室内の少女は反応した。
[Narration] わずかに身じろぎをした。誰かがその場にいる。その事実は、少女にとって、安堵ではなく、おそらく、絶望しかもたらさないのでは?
[Narration] どこか切り離された場所でそう思考したものの、杏里はすでの少女の名を大声で叫んでいた。
[Anri] アイーシャ!
[Aisha] ……ぁ、ぁ……、あ、あ……、ああ……、あぁ……、ああああっ!
[Narration] 杏里の声に、アイーシャは短く小さく、やがてはっきりとうめき声をあげ、体を震わせる。
[Anri] アイーシャ! しっかり!
[Helena] 杏里、ダメ!
[Narration] 杏里の後を追いかけてきたヘレナが、部屋に駆け込もうとする杏里を肩をつかんで止める。
[Anri] なぜさ! はなして、ヘレナ!
[Helena] 興奮させてはダメ! クローエ! ヤンさんを医務室へ! 早く!
[Chloe] わかったわ。
[Narration] ヘレナの声に応えて、クローエが部屋の中に入り、なおも震え続けるアイーシャに自らの上着をかける。
[Anri] ………………。
[Helena] 杏里、どこへ!?
[Narration] 拳を強く握りしめていた杏里が、入り口から体をひるがえし、通路を、自分達が来た方向とは逆側に、駆けだしていく。それを見たヘレナが慌てて後を追う。
[Anri] ……犯人が逃げたとしたら、こっちだ。
[Helena] ……あ!
[Narration] しかし、ほんの十数メートルも行かないうちに、その追跡行は中断させられる。
[Eliza] あ、杏里様!?
[Anri] イライザ! なんで、こんなとこに?
[Narration] 突き当たったT字路で、杏里は一方から来たイライザと鉢合わせる。
[Eliza] PSの方達に協力して夜番についていたら、こちらから物音が聞こえたものですから……。
[Anri] ……!
[Narration] 杏里はイライザに返事もせずに、残った通路を駆け出す。しかし、それもまたすぐに、突き当たる。
[Anri] こ、ここは……。
[Narration] そこは、行き止まりだった。いや、その場から抜けだす方法は一つだけで、それは確かに開放されていた。
[Narration] 杏里はその唯一の方法へと歩み寄る。開け放たれた舷窓。外は暗く、波の音が下から押し寄せてくる。
[Anri] ………………。
[Narration] 杏里は、舷窓から体を乗り出す。海原も空も、黒く溶けあっている。波の音、そして風の音。
[Anri] ………………。
[Narration] 低気圧の中を船が通っているのか、波も風も、高く強い。そして、雨が杏里の体を濡らし始めていた。