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sapphism_no_gensou:3422

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[Anri] ……アロゥ? ボクが誰だか、わかるかい?

[Narration] 三回目のコールで電話に出た相手に、杏里は明るい声をかけた。

[Aisha] あら、杏里?

[Narration] 電話の向こうのアイーシャがそれに答える。

[Narration] すでに時間は深夜に近い。天京院の部屋でのディスカッションを終えてから、かなりの時間がたつ。

[Narration] そのあいだに杏里は、お風呂を使ったり、遅めのお昼を食べたり、お茶をしたり、昼寝をしたり、またお風呂を使ったり……。

[Narration] とにかく、日常的な様々な事柄に十分に時間を消費していた。

[Aisha] どうしたの?

[Anri] どうしたもないよ。今日はまだ、君の声を聞いていないと思って。

[Narration] 電話の向こう側で、かすかな笑い声が聞こえる。

[Aisha] おかしいのね、ここのところ、毎日のように会っていたのに?

[Aisha] 毎晩のように電話でお話ししてるのに、まだそういうことが言えるのね、杏里って。

[Aisha] なんだかんだ言って、今週は毎日のように、杏里の声を聞いてる気がするけど、私。

[Anri] それでもまだ、こうしてキミの声が聞きたくなるボクの気持ちが伝わるといいな。

[Narration] 杏里の言葉のたびに、電話の向こう側でアイーシャの、少し抑えた笑い声がはじける。

[Aisha] 本当におもしろい人。

[Anri] ほめてるんだよね、それ。

[Aisha] ええ、そうね。

[Narration] まだおさまらない電話の向こうのクスクス笑いに、杏里はちょっとだけ眉をしかめる。

[Anri] それで、明日のデートのことなんだけどね。

[Narration] いつまでも笑われることに、少し悔しさに似たものを感じて、杏里は電話の本題を切り出す。

[Aisha] 今日の用事は終わったの?

[Anri] うん、とっくに。捜査の進展は上々ですよ、お嬢さん。我々、名探偵コンビに安心しておまかせください。きっと犯人を捕まえてみせますよ。

[Aisha] ………………。

[Anri] ……あれ? どうしたの、アイーシャ。

[Aisha] 杏里、あまり危ないことしないでね。

[Anri] あ、うん。その、そんなに心配そうな声ださないでよ、アイーシャ。

[Aisha] あ、ごめんなさい。……でも、不安なのよ、本当に。

[Aisha] その……、何人もを襲った暴行犯がいるのよ、この船に……。それに、杏里がそれをつかまえなきゃいけないなんて……。

[Narration] 細くなっていく受話器からの声。杏里は、アイーシャの抱える不安を思いやる。

[Narration] H・B・ポーラースターの学生は、むき出しの悪意や暴力にほとんど接することないだろう。

[Narration] その両方をぶつけてくるレイプ犯が野放しになっている現状は、学生達にとって、恐怖以外のなにものでもないだろう。

[Narration] 自分が、その犯人に狙われる可能性が高い。その確証は、同じ被害者候補にあげられたファン・ソヨンが襲われたことですでに得られている。

[Narration] そして、今、この学園でアイーシャのいちばん親しい友人の杏里が、その犯人をつかまえるために乗り出している。

[Anri] (犯人捜しって、ボクにとっては自業自得みたいなもんなんだけどな。それを認めるのって、不本意だけど)

[Anri] (でも、アイーシャがそれを自分の責任みたいに感じちゃうのは無理ないかもな)

[Aisha] ……杏里?

[Narration] 電話の向こうから、不安げな声が聞こえる。

[Anri] あ、ごめん。……そんなに心配しないで、アイーシャ。

[Aisha] でも……。

[Anri] ま、犯人捜しはやめられないけどさ、退学になっちゃうからね。でも、危ないことはしないつもりだから。

[Anri] ……それでも、心配?

[Aisha] ええ、心配だわ。

[Anri] ……じゃあ、安心させてあげるよ。

[Aisha] え?

[Anri] 今から、アイーシャの部屋に行くよ。こないだのデートの時に約束したよね、毎日、会いにいくって。その約束をちゃんと守るよ。

[Anri] だから、さっきボクが言った言葉も信じてほしいな。危ないことはしないし、きっと犯人も見つけて、退学なんてしないってこと。

[Anri] ね、アイーシャの部屋に行くよ。キミに、会いたいな。

[Aisha] ………………。

[Anri] アイーシャ?

[Aisha] ……いいわ、待ってる。

[Anri] 上首尾だ!

[Anri] ふっふっふ、夜の部屋に、愛する者同士が二人きり。これで何もするなという方がどうかしているな。

[Anri] ……愛する者同士? あれ?

[Narration] 電話の後、有頂天になって部屋を飛び出し、アイーシャの部屋へと向かって通路を進む杏里は、思考の行き着いた先で立ち止まり、首を傾ける。

[Anri] アイーシャの方はOKなのかなぁ?

[Anri] ボクが女の子にしか興味がないってことはもう伝わってるはずだけど……、一線を軽やかに越えることはどうなんだろう?

[Anri] お茶を出されて、ちょっと話をしておしまい、じゃボクの気がおさまらない。

[Anri] 部屋に来ていいって言った直前のあの間に、迷いの末の決断があったようにも思えるんだけど……。

[Anri] それがボクの勘違いってのは悲しいなぁ。と言っても、このご時世にちょっとでも強引に迫っちゃうのはいろいろ嫌だし……。

[Anri] 困ったなぁ……。

[Unknown] 何が困ったっていうの?

[Narration] 不意にかけられた声に、逡巡していた杏里は顔をあげる。目に入ってきたのは、見慣れた顔だった。

[Anri] やあ、ヘレナ。

[Helena] やあ、じゃないわよ。どこに行こうっていうの?こんな時間に。

[Narration] ヘレナの質問に杏里が答えようとするより先に、ヘレナの後ろにセキュリティの制服を着た女性が二人立ち、同じ意味の質問をあびせてきた。

[P.S.] 失礼ですが、氏名と行き先をお聞かせ願えませんか? ……あ、杏里・アンリエット!?

[Anri] な、なんでこんな時間、こんなところにPSがいるんだ!?

[Helena] ……こんな時間、こんなところだからいるのよ。

[Helena] PSによる警備をしているのよ。ここだけじゃないわ、あちこちで。それで、杏里。あなた、こんな時間にどこに行こうっていうわけ?

[Anri] どこって……、言わなきゃダメ?

[Helena] ええ。でないと、ここは通してもらえないわよ。

[Anri] ……アイーシャのところだよ。

[Narration] ヘレナの態度に、妥協とごまかしの余地はないと判断して杏里は渋々と答えた。

[P.S.] ……申し訳ありませんが、自室へと引き返していただけませんか?

[Anri] なんでさ!

[P.S.] あなた自身が、非常に微妙な立場にあるからです。これ以上、無用な誤解を招きたくなければ、おとなしく自室で謹慎していただきたいんです。

[Anri] そんなこと、キミ達に決めてもらいたくはないね!

[Helena] 杏里! あなた、自分の立場がわかってないの?

[Anri] わかってるよ! だけどさ!

[Narration] イライザの協力で、船中を自由に歩き回ってはいるが、現在の杏里は自室謹慎の処分を受けている身に他ならない。

[Narration] ヘレナはともかく、PSとしては、部屋に鍵をつけてでも、閉じこめておきたい人物だった。

[Helena] わかったわ、こうしましょう。杏里には私がついていきます。それでいいでしょう?

[Anri] えー!?

[P.S.] しかし、ブルリューカさん……。

[Helena] 迷惑をかけますけど、そうさせてください。こういう時、杏里は絶対あきらめないもの。私が見張っていた方が、トラブルは少ないと思います。

[P.S.] ……まあ、あなたがそう言うなら……。

[Helena] すみません、そう言うことでお願いします。

[Anri] ……ヘレナ、ほんとについてくるの?

[Helena] ええ。ヤンさんの部屋での用事がすんだら、あなたの部屋まで送っていくわ。

[Anri] ええ、そこまで!? ちょっと待ってよ!それじゃなんにもできないじゃないか!

[Helena] なにをするつもりだったのよ!

[Unknown] うるさい!

[Narration] お互いに声を張り上げていた杏里とヘレナに、より強く鋭い声が浴びせられる。杏里とヘレナは同時に、その声が聞こえた方を見やった。

[Chloe] こんな時間になんて騒ぎよ。よりにもよって、わたしの部屋の前で!

[Anri] ……や、やあクローエ。ここ、キミの部屋の前だったんだ。

[Helena] ごめんなさい、クローエ。ちょっと杏里が言うことをきかないものだから……。あ、そうだ、クローエも一緒に行かない?

[Chloe] は? どこに?

[Helena] 杏里が、これからヤンさんのところに遊びに行くって言うのよ。私もそれについていくんだけど、クローエも一緒に……。

[Chloe] 冗談でしょ、なんでわたしが杏里の夜這いにつきあわなきゃならないのよ。

[Helena] 夜這いって……。その、でも、杏里、私だけだと絶対に逃げ出そうとするから……。

[Narration] そう言って、ヘレナは杏里を見る。クローエもヘレナの言葉を聞いて、杏里の方を見やる。

[Narration] 二人に見つめられた杏里は、少しだけ居心地の悪そうな顔をして、視線をそらした。

[Anri] ちぇ、ばれたか。

sapphism_no_gensou/3422.txt · Last modified: 2018/05/22 17:15 (external edit)