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sapphism_no_gensou:3311

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[Narration] 人通りの少ない大廊下を杏里は歩く。

[Anri] 今は授業中か……。

[Narration] 船そのものがステータスとなりえるほどのお嬢様学園といえど授業はある。

[Narration] 学生の大半が学業に熱心であるとは言えないものの、その育ちのよさは、授業の出席率で証明される。

[Narration] 午前と午後、たいていの学生が授業を入れている時間帯、さすがに大廊下といえど、人通りはまばら、というより皆無、となる。

[Narration] そこを、当面、授業に出るあてのない杏里は、何か目的があるでもなく、ただ、歩いていた。

[Unknown] よぉ、杏里!

[Narration] 呼びかけられた声に振り返ると、そこにはボルゾイ犬のコローネをつれたニコルが立っていた。

[Nicolle] いいね、謹慎中ってのは。こんな時間だってのにお散歩かい?

[Anri] やぁ、ニコル。コローネも相変わらずだね。今日もいい毛並みだ。

[Nicolle] あたしの毛並みは?

[Anri] そうだねぇ。……ブラシをいれたのはいつだい?

[Nicolle] 毎日いれてるよ!

[Narration] 杏里に髪を梳かれながら、ニコルは答える。

[Anri] それは失礼。ところで、ニコルはコローネの散歩かい?

[Nicolle] ちがうね。あたしが散歩してるのさ。コロはそれにつきあってくれてるだけ。

[Anri] じゃ、ニコルも授業はおさぼりってことか。

[Nicolle] ま、ね。

[Anri] 悪い子だ。

[Nicolle] 杏里ほどじゃないね。ま、朝の顔合わせには出ておいたし、これで学費の元はとってあると思うけどね。

[Anri] へぇ、ニコルの学費っていくらなの?

[Nicolle] さあね。見たことも数えたこともない。

[Narration] H・B・ポーラースターの学費は、その豪華さに見合った額だといわれている。もちろん、その額を当の学生達が知ることはほとんどない。

[Narration] 一方で、学園長の胸三寸で、学生ごとに決められているとも噂されている。どのみち、この学園で自分と他人の財布を心配する者はほとんどいないのだが。

[Nicolle] で、杏里の方こそどうなんだい? おおっぴらに授業さぼれるのを幸いに、いいように暇をつぶしているように見えるけど?

[Anri] 失礼な。これはボク自身にかけられた濡れ衣を晴らすための捜査活動なのに。

[Nicolle] あまり、それって感じには見えないね。

[Anri] とんでもない。まじめにやってるよ。例えば……、ニコル、今日、なにか変わったことはなかったかい?

[Nicolle] あはは、そんな捜査があるもんか。まったくのんきなもんだね。……ん? 待てよ?

[Anri] どうしたんだい?

[Nicolle] ああ、ソヨンが今日は休みだったな、と。風邪をひいた時でも、這って出てくるようなヤツだからさ。遅刻せずにだぜ! だから、珍しいと思って。

[Anri] ソヨンが!?

[Nicolle] ちぇ! おいおいなんだい、急に目の色変えやがって。あの元気娘だってたまにはドクターストップだってかかるだろうさ。

[Anri] なるほど……。そうだ、ニコル!お見舞いに行こう!

[Nicolle] はぁ、何だって!?

[Anri] ソヨンもきっと、病気で心細く思ってるよ。そんな時にいちばん嬉しいのは、友達の暖かい心遣いさ!

[Nicolle] あたしは別にソヨンと友達じゃないね!第一、杏里、あんた、あのアイーシャって子はどうしたのさ!

[Narration] すでに杏里はニコルの抗議を聞きあわずに、コローネをつれて大廊下を引き返し始めている。

[Anri] ああ、アイーシャは可愛いよ。今はまだ、花開く前だけど、きっと素敵な女の子になれるね!

[Nicolle] そういうことを聞いてんじゃないってば!おい、コロ! ご主人をおいて誰についていってるんだ!

[Collone] オン!

[Anri] クラスメートのお見舞いにもいかないご婦人様は嫌いだってさ。

[Nicolle] そんなわけあるか!

[Narration] なおも食い下がるニコルを引き連れて、杏里は大廊下から学生個室が並ぶ通路へと入っていく。

[Narration] 学園職員さえ迷うと言われている複雑な通路を、その素振りも見せずに踏みいっていく。

[Nicolle] 杏里! あんたもソヨンに浮気したりしてないで、ちゃんと捜査をしなきゃなんないんだろ!

[Anri] これも捜査さ。ねえ、コローネ?

[Collone] オン!

[Nicolle] あたしの貴重な時間を……。ああもう、賭場に行ってテーブルにちょっと細工をしてこようと思ってたのに!

[Anri] 残念だったね。今度、顔を出した時には、そのテーブルにつくことにするよ。

[Nicolle] そうじゃなくってだな! ……杏里、ちょっと待った。何か様子がおかしい。

[Anri] え?

[Narration] ニコルの言葉に杏里は足を止める。二人は驚異的なスピードで大廊下から、すでにファーストクラスの学生の個室が並ぶ区画まで到達している。

[Narration] 内面の豪華さを押し込めるように画一的なドアが並ぶ中、その一つの前に数人が集まっている。

[Anri] なんだろう? あれはPSじゃないか?あ、あと、あれは……。

[Nicolle] おや。

[Narration] 杏里とニコルが同時に視線を向けている人物が振り返る。彼女は、二人に気づくと血相を変え、歩み寄ってきた。

[Anri] やあ、ヘレナ。ごきげんよう、今日もきれいだね……。

[Helena] 杏里……!

[Narration] ヘレナはまっすぐに向かってくると、そのまま腕をひいて、杏里を通路の角の向こうへと押し込めた。

[Anri] ヘ、ヘレナ? キミが服を着ている時にこんなに積極的だなんて知らなかったよ。でも、さすがにちょっと子供の見ている前では……。

[Nicolle] いつからあたしがあんたとヘレナの子供になったのさ。

[Helena] 冗談を言ってる場合じゃありません!

[Narration] 杏里を壁に押しつけ、襟元をつかみながら、ヘレナは声をあげる。その剣幕に、ニコルがただならぬ雰囲気を感じとる。

[Nicolle] ……何かあった? あんまりいい予感がしないんだけど。

[Helena] ……きっと当たりよ。また、被害者が出たのよ。

[Anri] なんだって!?

[Nicolle] 誰だいって、おい、まさか!

[Helena] ……襲われたのは、ファンさんよ。

[Anri] 昨日の深夜から今日の未明にかけてだって!? なんてことだよ、ソヨンには昨日、会ったばかりなのに。

[Nicolle] で……、その、ソヨンはどうしてんだい?

[Helena] 今は医務室で手当てを受けてるわ。

[Anri] 医務室だね!

[Helena] 待ちなさい、杏里! どこへ行くつもりなの!?

[Narration] 駆けだそうとした杏里を、ヘレナが腕をつかまえて止める。

[Anri] どこって、医務室だよ。ソヨンに会って、慰めてあげたいし、話も聞きたい。そうだ、何か、犯人の手がかりを知ってるかもしれない!

[Nicolle] 杏里〜。

[Narration] ニコルと、杏里の腕を捕まえたままのヘレナが同時にため息をつく。

[Nicolle] 慰めてあげたいってのがあんたの本心なのはよくわかるけどね。

[Helena] それにしてもデリカシーがなさすぎよ、杏里。その、ファンさんは今、落ち着いて話ができる状態じゃないわ。その、ショックが大きかったみたいで……。

[Nicolle] ……おいおい、大丈夫なのかい、ソヨンのヤツ。

[Helena] 鎮静剤でとりあえず眠っているらしいけど……。

[Anri] 目が覚めた時に誰かがいないと心細いじゃないか! ボクがついていてあげるよ!

[Helena] お医者様も医療スタッフもいます!

[Nicolle] 杏里、この船の大部分の人間があんたのことを犯人だと思ってることを忘れてないか?

[Anri] あ……。

[Narration] ニコルの指摘にさしもの杏里も想像力を働かせる。確かに、目が覚めた時に容疑者が側にいたら驚くどころの騒ぎじゃない。

[Anri] でも、その、逆に言えばソヨンが、ボクが犯人じゃないことを証明してくれるかもしれないし……。

[Helena] どちらにしても、今すぐに話を聞くのは無理ね。あなたが医務室に出入りするのもよ。

[Anri] えー!?

[Nicolle] 当然だよな、謹慎中なんだからさ。

[Helena] 立場が悪すぎるわ。今だって、ファンさんの部屋の前にのこのこと向かっていったら、絶対にPSに拘束されるわよ。

[Anri] それじゃ、ボクは何をしてたらいいのさ!

[Nicolle] 捜査をしなよ。手がかり探しだろ。さぼるとカナエがへそ曲げるぞ。

[Helena] そういうことね。ファンさんが落ち着いたら、話は聞いておいてあげるわ。そうね、すぐには無理でしょうけど、二、三日のうちには。

[Anri] 二、三日? うーん、そうか。

[Nicolle] だから捜査しなって。いい加減、人ごとじゃないだろ?

[Anri] そう、だね。

[Narration] ニコルの言葉に、杏里は神妙な顔つきになり、あごに指を当てる。

[Anri] 今まで、被害者がサードクラスだったから、身に覚えのなさすぎる濡れ衣だって思いの方が大きかった。

[Helena] ちょっと杏里、あんまりな言い方よ、それは……。

[Anri] でも、ソヨンまで襲われたとなると、確かに笑ってはすませられないな。犯人に対するボクの怒りは明確なものになったよ。

[Nicolle] まわりくどい考え方だけど、それでやる気になったんだなら、まあいいか。

[Anri] 犯人はきっと見つけてみせるよ。そんなヤツのかわりに、この船を追い出されるなんて絶対にごめんだからね!

[Narration] ヘレナとニコルを前にして、杏里はそう宣言すると、強く拳を握ってみせた。

sapphism_no_gensou/3311.txt · Last modified: 2018/05/22 17:15 (external edit)