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sapphism_no_gensou:3291

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[Unknown] 杏里様。

[Narration] 通路を歩く杏里に、控えめな声がかけられる。

[Anri] ……やあ、イライザ。

[Narration] 振り返った杏里は、声をかけてきてくれた少女の名前を呼ぶ。

[Narration] 学園職員の中でも、学生達の身の回りの面倒をみてくれるメイドの姿をしたイライザが立っていた。郵便業務の最中らしく、大きな鞄を肩からさげている。

[Anri] 今は郵便屋さんの最中かい?

[Eliza] ええ。船内速達便をいくつかことづかったものですから。

[Narration] 世界各国の令嬢中の令嬢が集まっているH・B・ポーラースター。その中での郵便業務とは必ずしも船外からの手紙を届けるだけとは限らない。

[Narration] 学生同士の季節の挨拶や、パーティーの招待券、ちょっとした内緒話まで、手紙にしたためられて、イライザ達メイドに託される。

[Anri] 大変だね。

[Eliza] いえ、それほどでも。それに、過分な心付けもいただいてますし、精一杯ご奉仕させていただきます。

[Anri] わずかばかり、ね。

[Narration] 建前として、学園内で教員、職員に対して、チップを渡す必要は特にないとされている。しかし、上流階級の常として細かな用事の折りに、メイドにチップを渡す者は多い。

[Narration] その額については、渡した者、受け取った者、それぞれ口外しないことがマナーとなっているので、定かではないが……、学園の規模から推して知るべし、だろう。

[Anri] 復学のための学費はたまりそうかい?それとも実家の借金の返済?

[Eliza] あら、杏里様、ずいぶんと知りたがりですのね。

[Anri] キミのことならどんなことでも知りたいのさ。

[Eliza] まあ。

[Narration] 杏里の言葉に、イライザは小さく笑う。

[Eliza] そうですね、皆様からのご厚意は、私の個人的でささやかな貯蓄にさせていただいてます。

[Anri] それが、キミの幸せに役立つことを祈ってるよ。

[Eliza] ありがとうございます。……ところで、杏里様?

[Narration] イライザは杏里に向かって頭を下げた後、周囲を見渡し、人影がないことを確認してから、声をひそめて言葉を出した。

[Anri] ん? なんだい?

[Eliza] 聞きましたわ。ソヨン様が、大変な災難にあわれたことを。

[Narration] 今までのケースと同じように、ソヨンがレイプされたことは箝口令がしかれている。

[Narration] しかし驚異的なネットワークを持つイライザ達メイドにとって、それはなんの意味もなしていなかった。

[Anri] ……ああ。まったくひどい話だよ。あんなに元気で可愛い子を襲うなんて!

[Eliza] ええ、本当に。

[Narration] 憤懣やる方なしという口調の杏里の言葉に、イライザも顔をわずかにしかめながら同意する。

[Anri] そして、その犯人がボクだと思われている!これはたまらない冤罪だよ! ボクは彼女を抱きしめこそすれ、けして傷つけなどしやしないのに!

[Eliza] 杏里様の強引さには、ちゃんと優しさがありますものね。

[Anri] ……ちょっとひっかかる言い方だな。

[Eliza] ふふ……。杏里様をよく知ってる皆様は、ちゃんと杏里様の無実を信じていらっしゃいますよ。

[Anri] う、ま、まあ、そうなんだけどね。

[Eliza] それで、早速、捜査のために歩き回っている最中ですか?

[Anri] うん。ちょっと今までのんきでいすぎたところがあったからね。これからはもっと真剣に手がかりを探さなきゃって思ってるんだ。

[Eliza] そういうことでしたら……、早速、お役に立てると思いますけど。

[Anri] え、本当かい!?

[Eliza] ええ。

[Narration] 驚いて聞き返す杏里を見て思わず苦笑の浮かんだ口元を、イライザはさりげなく手で隠す。一拍の間にそれを収めると、イライザは杏里に向き直った。

[Eliza] 日曜日の晩のことですね。杏里様とアイーシャ様、お二人でのお出かけの帰りにお会いいたしましたよね?

[Anri] うん。あの時は助かったよ。PSなんかに見つかってたら、また面倒なことになってただろうからね。

[Eliza] あの時もお伝えしましたけど、あの晩、学生の方が使われる通路にはすべて、PSが配置されていたんです。

[Anri] ……ものものしかったね、確かに。

[Eliza] ええ。ですが、杏里様達を案内した職員用の通路、そして教員専用の通路にはPSは配置されなかったんです。

[Anri] ふーん……。

[Eliza] PSの方達の間では、ソヨン様を襲った犯人は、この教員通路か職員通路、つまり、学生はまず利用しない通路を使ったと考えているようです。

[Anri] あ、なるほど!

[Eliza] あの夜、PSが警備につくことを事前に知っていた者はそれほど多くはありません。でも、犯人はそのことを知っていたとも考えられますね。

[Anri] えっと、じゃあさ、逆に言えば、ボクはそのことを全然知らなかったんだから、犯人候補からはずされないかな?

[Eliza] 残念ですが、それは……。

[Narration] 杏里の問いに、イライザは少し困惑した表情で答えた。

[Anri] えー、なんでさ。

[Eliza] その、私がPSがいない通路のことはお教えしてしまいましたし……。

[Eliza] それに、杏里様がPSの警備に引っかからなかったのはかわりありませんから。

[Anri] そっか、そうなのか……。

[Narration] 杏里は肩を落とす。しかし、すぐに顔をあげる。

[Anri] じゃあさ、ひょっとしてボクが犯人だったら、イライザは大変な情報を漏らしちゃったことになるんだね。

[Eliza] まぁ……。

[Narration] 杏里の突然の言葉に、イライザは驚きで口元に軽く手を当てる。

[Eliza] そうなりますわね。

[Anri] もしボクが犯人だったらどうする?

[Narration] 杏里の顔には、イタズラを思いついたような笑みが浮かんでいる。それを見て、イライザもわずかに笑いながら答える。

[Eliza] きっとお仕置きをされてしまうでしょうね。それとも……、杏里様に襲われてしまうかしら……? ふふ、それを待つのも悪くないかもしれませんね……。

[Anri] 無理矢理にしちゃうかもよ?

[Eliza] どうぞ、ご存分に。

[Narration] あしらうように答えるイライザの反応を見て、杏里は一つ息をつく。

[Anri] ごめん、冗談でもタチが悪かったよ。実際、被害にあった子達は冗談どころじゃないのにね。

[Eliza] いえ、私の方こそ、過ぎた言い方があったと思います。杏里様、私の話はだいたいこのくらいですが……。

[Anri] あ、うん、すごい大切な情報だと思うよ。その、かなえさんに聞いてもらわないことにはわからないけど。

[Eliza] お役に立てましたでしょうか?

[Anri] うん、すごく! 感謝してるよ、イライザ。

[Eliza] ………………。

[Anri] どうしたの? イライザ。

[Narration] 何か、考え込む仕草を見せるイライザに、杏里は声をかける。

[Eliza] あ、では……、それに甘えさせていただいて、少しお聞きいただきたいことがあるんですが……。

[Anri] え? なに?

[Eliza] その、よろしければ、チップなど少々いただけたらと……。

[Anri] へ?

[Narration] 杏里はイライザの意外な言葉に、思わず聞き返す。今まで、イライザが杏里にチップを求めてきたことなど一度もなかった。現金のチップは。

[Anri] あ、あぁ、あぁ。

[Eliza] ……申し訳ございません。その、最近、あまりお声をかけていただけなかったものですから……。

[Anri] そうだったっけ。……どうしよっか……?

チップをいただけますか?

たっぷり払ってあげる

[Anri] そっか。じゃ、たっぷりチップをあげないとな。イライザのおねだりだもの。

[Eliza] まぁ。その、ちょっと不謹慎な想像をしてしまったものですから……。

[Anri] 想像力が豊かなんだね。

[Eliza] お恥ずかしいですわ。さ、杏里様、こちらへ……。

[Narration] イライザはすぐ側にあったドアを開ける。そこは、数人で食事を楽しむ貸し切り専用のダイニングだった。

[Narration] 大きなテーブルが中央に置かれ、真っ白なテーブルクロスがかけられている。イライザは扉の鍵を閉じると、テーブルに向かって歩いていった。

忙しいのでまた今度

[Anri] ごめん! ちょっと今週は捜査に力を入れたいんだ! イライザは確かにいい情報をくれたんだし、お礼もしたいんだけど……。

[Narration] 杏里は両手をあわせて、頭を下げる。

[Eliza] あ、いえ! こちらこそ申し訳ありません。出過ぎたお願いをしてしまったみたいで。

[Anri] ほんとにごめんね、イライザ。この埋め合わせはきっとするから。

[Eliza] いえ、お気になさらずに。私も、お預かりしている手紙を急いで届けなければなりませんし。そうですね、何かありましたら、ご自由にお使いください。

[Anri] うん、そうするよ! ほんとにごめんね。じゃあ、ボク、もう行くから!

[Eliza] はい、私も失礼いたします。

sapphism_no_gensou/3291.txt · Last modified: 2018/05/22 17:15 (external edit)