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sapphism_no_gensou:3152

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[Narration] 空中庭園から、その中にある温室に杏里達二人は入っていった。

[Anri] それにしても……。

[Aisha] ……どうしたんですか?

[Anri] アイーシャがボクのこと、知らないってことが意外で。

[Aisha] ……どういうことですか?

[Anri] ボクの、レズのことって、ほとんど学園中に知れ渡っていると思ってたから。……そう言えば、ボクが犯人だって疑われてることも知らなかったっけ。謹慎のことも。

[Anri] ダメだよ、アイーシャ。もっと情報を集めないよ?

[Narration] 杏里は、笑いながら、あくまで冗談のつもりでそう言った。しかし、アイーシャの答えは沈黙だった。

[Aisha] ………………。

[Anri] あれ? アイーシャ?

[Aisha] 杏里……、私……。

[Aisha] 友達、いないんです……。

[Narration] 学生では珍しい褐色の肌、入学とほぼ同時に、サードクラスにまでスキップした……。

[Narration] 周囲の学生にとって、アイーシャは物珍しい存在だった。

[Narration] しかし、奇異な存在でありながら、アイーシャ自身は華やかさが表には出てこない少女だった。

[Narration] スキップを可能にした知性も天才の称号を得るほどではなく、常に物静かに教室の隅にいる少女。

[Narration] 次第に、アイーシャは周囲にとって興味を持てない対象となっていた。すでに形成されていた人間関係の輪の中に、アイーシャは入っていけなかった。

[Narration] そして、誰も迎え入れなかった。故意ではなく、きわめて機械的に、学生達は自分達の関係に変化を求めなかっただけだった。

[Narration] そして、アイーシャは常に一人で学園生活を過ごすこととなった。

[Narration] 一昨日、ニコルがアイーシャに向かって言ったことは、はからずも真実だった。

[Aisha] ……いないんです……。でも……、私は、そんなに……。

[Narration] 杏里と目をあわせることなく、うつむいたままのアイーシャ。

[Anri] アイーシャ、ちょっと顔をあげてごらん。

[Aisha] え?

[Narration] アイーシャの目に、まっすぐに自分を見つめる杏里が映る。その手を胸元で広げ、笑いかける。

[Anri] ほら、ここにボクがいる。

[Anri] 忘れたのかい? ボクにはキミがいる。さ、歩こう。まだまだ、キミと過ごす時間がたくさん残ってるんだから!

[Aisha] ……はい……。

[Narration] 温室を二人は巡る。樹木の説明を少しづつ杏里にするアイーシャ。アイーシャから杏里へ向かう言葉が、歩みを進めるごとに増えていく。

[Anri] 詳しいんだね、驚いた。

[Aisha] ……よく、ここには来るんです。樹やお花の世話も手伝わせてもらったり……。

[Aisha] 私……、お友達が、少ないから……、ここなら、一人でいても寂しくないですし……。

[Anri] アイーシャの故郷ってシンガポールだっけ。

[Aisha] ええ。

[Anri] だから? 熱帯の樹が多いもの、温室って。シンガポールの森に似てて懐かしい?

[Aisha] ……いいえ……!

[Narration] 首を横に振るアイーシャの語尾が少し跳ねる。

[Anri] え? ごめん、何か変なこと言った?

[Aisha] いえ……、そんなわけじゃ……。

[Anri] ? 故郷が嫌いなの?

[Narration] 杏里の問いに、アイーシャはもう一度首を横に振る。

[Aisha] そんなわけじゃないです……。ない、けど……。

[Narration] 杏里は、そう答えるアイーシャの髪にそっと手を伸ばす。

[Anri] そう。

[Narration] 髪をわずかに引いて、アイーシャの視線を自分に向けさせる。その顔に笑ってみせる。その杏里にアイーシャは控えめではあっても、笑顔で応えた。

[Narration] 二人はその後、温室を巡り、もう一度、空中庭園を歩いた。その後、購買部通りに戻って今度は本当に買い物に走る。

[Narration] 杏里が両手一杯に荷物をさげたまま、二人はカリヨン広場に出る。夕陽に染め上げられたカリヨンと噴水が薄い朱に映える。

[Aisha] わぁ……。

[Narration] 荷物を抱える杏里より少し先に広場に出たアイーシャが夕方の風景に声をもらす。体をくるりとひるがえらせて、杏里に向かってアイーシャは笑って言う。

[Aisha] すごい……、きれいですね……。

[Narration] そして、杏里の姿を見て、もう一度笑う。

[Aisha] 杏里……、すごい荷物……。

[Anri] ドレスが大物だったね。

[Aisha] あの白いのですね……。杏里が、着るんですか……。

[Narration] 購入した純白のドレスは、王子様を自認する杏里には、雰囲気から似合わないように思えた。

[Anri] まさか。アイーシャ、キミに似合うと思ったんだ。

[Aisha] え?

[Anri] アイーシャ、今日は楽しかった?

[Aisha] あ、はい……、とっても……。

[Anri] ボクもとても楽しかったよ。ね、キミはちゃんと遊んだりすることが楽しいって知っている。

[Anri] もっと、楽しいことはきっといっぱいあるよ。これは、その時のためのアイテムだよ。

[Anri] ね、アイーシャ、もっと楽しいことをいっぱい見つけよう。探し方はボクが教えてあげる。

[Aisha] 杏里……。

[Anri] ね? アイーシャ……。

[Aisha] うん……。

[Narration] アイーシャはわずかにうつむいて、そう応えた。そして……。

[Narration] 倒れ込むように杏里の胸元に顔を押し当てる。杏里の頭の下で、長い髪が波うって、自分の胸元にまとわりついてくる。

[Anri] え、あ……、アイーシャ……?

[Aisha] ………………。

[Narration] 杏里の胸にかけられたアイーシャの手が微かに震えている。密接する身体から、アイーシャの鼓動が伝わってくる錯覚さえ覚える。

[Anri] アイーシャ……。

[Narration] 優しく、そうささやきかける。アイーシャの震えを、期待とわずかな怯えと解釈して。

[Anri] アイーシャ……。……あ。

[Narration] そして、肩越しに背中へと手を回そうとして、自分の両腕の状態に気づく。鈴なりになった紙袋が、愛する者同士の抱擁を阻んでいることに。

[Anri] あ、あれ、あれ……。

[Narration] 杏里が荷物と同化している両腕を狭い可動範囲の中でわたわたと動かしていると、アイーシャはさっと、その体を引き剥がした。

[Aisha] あ、ご、ごめんなさい……。ちょっと……、立ちくらみ、してしまって……。

[Anri] え、あ、ああ、そう……なの、そう、そんな……。

[Narration] その時、二人に向かって元気な声がかけられる。

[Unknown] 杏里さん! アイーシャ先輩!

[Narration] 入り口に近くにいる二人に、広場の向こうからファン・ソヨンが駆け寄ってくる。

[Soyeon] お二人でお出かけですか? あ、お買い物だったんですね。杏里さん、すごい荷物ですね!

[Anri] やあ、ソヨン。

[Aisha] ……こんにちわ。

[Soyeon] はい、こんにちわ! でも、杏里さん、ほんとに大荷物ですね。お部屋までお手伝いしましょうか?

[Anri] あ、いや、大丈夫だよ。これくらい、全然平気。

[Soyeon] そうですか? 無理しないでくださいね。

[Visitors] ソヨンちゃーん!

[Narration] ソヨンが駆けてきた方向には、ビジターズの集団がいる。

[Soyeon] あ、もう見つかっちゃった。もう、今日は一日、遊んであげたのに。

[Anri] うわ、それは元気なことだね。

[Visitors] ソヨンちゃーん!

[Anri] ほら、あの子達も呼んでるよ。行ってあげなよ。

[Soyeon] あ、はい。じゃ、失礼しますね、杏里さん、アイーシャさん!

[Aisha] あ、はい……。

[Narration] ソヨンは大きくおじぎをすると、ビジターズ達のところへ走っていく。そして、子供達と合流すると、杏里達に向かって大きく手を振ってくる。

[Anri] や〜、元気な子だよね。

[Aisha] ……ええ。

[Anri] あれ、何をやってるんだろう?

[Narration] アイーシャを部屋まで送ると言い張る杏里達の帰り道。学生個室が並ぶ通路の先で、PSの制服を来た数人が学生をまじえて話をしている。

[Unknown] 杏里様。

[Anri] やあ、イライザ。

[Eliza] こんばんわ、杏里様、アイーシャ様。

[Anri] ねぇ、イライザ、あれは何?

[Eliza] 実は、PSの警備なんです。

[Anri] え?

[Eliza] 例の事件で、PSの方も実効的な手を打たざるをえなくなってきたようですね。

[Anri] なるほど……。大変だね、彼らも。……待てよ?ひょっとして、ボクがこのまま出ていくと面倒なことにならない?

[Eliza] そうですわね。

[Anri] まいったな。PSとはどうも相性が悪い。

[Eliza] そういうことでしたら、こちらの通路をお使いになりますか?

[Anri] え?

[Narration] イライザは二人を少し離れた場所に案内する。そこには、目立たないようにデザインされた、通路の入り口があった。

[Anri] へぇ、こんなとこに道があったんだ。

[Eliza] 職員が利用する通路です。こちらから通れば、杏里様の部屋までPSの方に会わずに戻れますよ。

[Anri] なるほど。じゃあ、せっかくだから使わせてもらうよ。この荷物でPSともめるのはさすがに疲れそうだから。

[Anri] イライザ、悪いけどアイーシャを部屋まで送ってあげてくれる?

[Eliza] はい、かしこまりました。

[Aisha] あ、私は別に……。

[Anri] 遠慮しなくていいよ、アイーシャ。それじゃ、ボクはここで。

[Anri] アイーシャ、来週は毎日会おうね。いろんなことを教えてあげるよ!

[Eliza] お気をつけて、杏里様。

[Aisha] さよなら……、杏里。

[Anri] うん、じゃあね!

sapphism_no_gensou/3152.txt · Last modified: 2013/06/01 22:49 (external edit)