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sapphism_no_gensou:3151

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[Narration] 室内に陽光が降り注ぐ。ポーラースターは今日も、上々に晴れ上がっている。

[Narration] その陽射しを受けていた、ベッドの上のブランケットの塊が、わずかに動いた。

[Narration] モゾモゾと動き続けるそれは、やがて爆発したように、ブランケットをはねのけた。

[Anri] 朝だ!

[Narration] ベッドの上から飛び降りたその住人は、勢いをつけてバスルームへ転がり込む。水音と軽快な鼻歌。やがて、身だしなみをすっかり整えた杏里が出てくる。

[Anri] ふぅ……。

[Narration] まだわずかに湿る髪、お湯をあびて上気した頬。そのまま、普段は滅多に座らないドレッサーの前につく。

[Anri] ふふ……。

[Narration] 自然に顔が弛み、笑みが浮かぶ。

[Anri] ふっふっふ……。

[Narration] 杏里の頭の中で、今日一日のシミュレーションが行われる。まずは、朝の挨拶だ。それから、遅めの朝食といこう。その後は購買部通りを一通りまわって……。

[Anri] ……!いけないいけない。

[Anri] 初デートからこれはやりすぎか。

[Narration] 何を想像したのか、杏里は慌てて口元からこぼれでていた涎をぬぐう。

[Anri] さて、今日も素晴らしい一日にするか!

[Narration] 大廊下を抜けると、広場に降り注ぐ陽光がまぶしく視界を埋め尽くす。

[Narration] 鐘楼と大廊下の間にある吹き抜けのスペース、通称カリヨン広場を杏里は早足で横切っていく。

[Anri] あ……!

[Anri] アイーシャ!

[Aisha] 杏里……。

[Narration] 鐘楼の入り口の前に立っていた少女が声に反応して顔をあげる。アイーシャが浮かべたわずかな笑みに、杏里は満面のもので応える。

[Anri] ちょっと待たせちゃったみたいだね。

[Aisha] そんなこと……、まだ、十時も五分しか過ぎてないし……。

[Narration] 手首を返して、アイーシャは自分の腕時計に目を落とす。その時計に、杏里がそっと手を伸ばし、ふたをするように隠す。

[Anri] だめだよ、アイーシャ。約束したよね、今日、時計を見るのは朝の一度切りにしようって。

[Narration] そう言って、杏里はアイーシャの手首に巻かれた銀色の鎖を外した。中央に小さな時計のついたそれを、アイーシャの手に握らせる。

[Aisha] あ、その、でも……、早めにここについて、待ってる間に……、少し、不安になってきて……。

[Anri] ボクが来ないと思った?

[Aisha] ごめんなさい……。からかわれたのかと、思ってしまって……。

[Anri] ちょっとした遅刻には謝るよ。でも、待つ時間の間、キミがボクのことだけを考えていてくれたのなら嬉しいな。

[Anri] さ、これからはほんとに時計はいらない。少なくとも、日が暮れるまではキミと一緒にいるよ。

[Narration] 杏里は時計を握らせたままのアイーシャの手をとると、頭の中のスケジュール通り、まずは遅めの朝食をとるために彼女を購買部通りへと導いていった。

[Anri] ……というわけ。あとはもう、アンシャーリーは笑うわ、クローエはおさまらないわでもうたいへん。

[Narration] カフェで食事をしながら、杏里とアイーシャは他愛もない話を続けている。

[Narration] ヴァリエーションと在庫には自信のある杏里の話に、アイーシャは控えめながら笑いを返してくれる。

[Narration] まだ知り合ったばかりの少女。一週間前までは、杏里の視界にすら入ってこなかった。直感によって選び、その年齢の秘密を知った時、憧れの対象となった。

[Anri] (凪の海……、いや、深き森かな?)

[Narration] その物静かなたたずまいが杏里にそう連想させる。今まで、出会ったことのないタイプ、新鮮さを感じる。

[Narration] 天京院から提示された時に得た直感が正しかったと確信できる。少し沈んだ、悪い言い方をすれば生彩のない表情の下に、何かが隠れているという予感。

[Anri] (彼女のうちからそれが現れ出る瞬間を見逃したくないな)

[Narration] 密かな決意を胸に、杏里はアイーシャに笑いかける。

[Anri] それではここで……。

[Anri] 究極のショッピングを教えてあげよう。

[Narration] 杏里はそう言って、片目をつぶってみせた。

[Narration] 店主の『ありがとうございました』という言葉がやけに刺々しく、背中へと響いてくる。

[Narration] 杏里はそれをどこ吹く風で聞き流し、店を出た。隣を歩くアイーシャは肩をすくめるようにしながら杏里を見る。

[Aisha] あの、お店の方が気を悪くしてたみたいですけど……。

[Anri] そうだね!

[Aisha] あの、やっぱり何も買わずに出てきたのはよくなかったんじゃ……。

[Anri] アイーシャ、気にしちゃいけない。これが正調、ウィンドウショッピングっていうんだよ。

[Aisha] ウィンドウショッピング……? なんですか、それ……。

[Anri] ボクもイライザから教えてもらったんだけどね。ショーウィンドウやガラスケースごしに、商品をいろいろ見て回るんだ。

[Anri] 時には、試着したりして、買った気分を満喫するんだって!

[Aisha] ……それで、買わないっていうのはやっぱり……。

[Anri] ちがうちがう、さらにこれは奥が深いのさ。気に入ったものは、しっかりチェックを入れておく。そして、いつかそれを買いにいくぞって自分を盛り上げるんだって!

[Aisha] はぁ……。

[Anri] そうすれば、日々の生活も充実するし、勤勉になるんだって。そして、お金が貯まったら買いにいくんだって。

[Aisha] でも、もし売り切れてたら……。

[Anri] そしたら、貯めてたお金が手元に残るって寸法なんだってさ。

[Anri] その場で買わないってところが新鮮だよね。店員さんピリピリした態度も刺激的だし。

[Aisha] ……確かに、ちょっとドキドキしますね。

[Narration] アイーシャはうつむいて、小さな声でそう言う。

[Anri] ほら! アイーシャだってそう思うだろ?

[Aisha] あ、でも、私のは、杏里のとはちょっとちがうと思います……。

[Anri] そうかな?

[Aisha] ……そうですよ、きっと。

[Narration] そこで、お互いに顔を見合わせて笑い出す。

[Narration] 二人はそれからさらに、六店を回って、ひたすらにショーケースをながめてはしゃいでいた。

[Aisha] ……初めはすごい驚いたんです。

[Narration] 杏里とアイーシャは購買部通りを出て、空中庭園へと上がってきていた。海原をわたってきた風がそのまま、船上の森の木々をそよがせる。

[Aisha] 初めて会う人が……、いきなり私の手をとって踊り出したから……。

[Aisha] そうしたら、いきなり図書委員の方に蹴られて倒れてしまうし……。セカンドクラスの方に囲まれて、ちょっと……、怖かったんです。

[Aisha] 目が覚めたと思ったら、外に連れ出されて、デートしようなんて言い出すし……。

[Aisha] 部屋に戻ってから、ほんとに不安になりました。……からかわれたんじゃないかと思って……。

[Anri] いや、あの時はとにかく、嬉しさが先に立ってしまって。

[Anri] もう、とにかく、キミの手をとって踊りたくて仕方がなくって。そのまま行動に出てしまったんだけど、場所をちょっと考えなかったのがクローエに怒られた原因だな。

[Aisha] そうですね。……でも、なんでそんなに嬉しかったんですか? 確か……、私がスキップでサードクラスに進学したのと関係があるって……。

[Narration] アイーシャの疑問を聞いて、杏里は来るべく時が来た瞬間を悟る。

[Narration] 自分の性嗜好の特殊さを、はっきりと告げなければならない。それを受け入れてもらわなければ、杏里のどれほどの慕情もけして届かなくなる。

[Anri] あー、なんと説明したものか。あのね、アイーシャ、ボクは、その……。

[Anri] 女の子が好きなんだ。

[Aisha] ?

[Narration] 杏里のカミングアウトを即座に理解しかねたのか、アイーシャはわずかに首をかしげて、杏里の次の言葉を待った。

[Anri] つまり、ボクは普通の女性が男性に興味を持つように、女性に対してのみ、興味を持つんだ。

[Aisha] あ、あの、それは、もしかして……。

[Anri] 人呼んで、レズの王子様。

[Aisha] ………………。

[Narration] 絶句するアイーシャを見て、杏里は告白のタイミングを間違えたかと不安になる。

[Narration] しかし、それよりも、目の前の少女に自分のことをちゃんと知ってほしいという気持ちが勝り、言葉が続く。

[Anri] かわいい女の子が好きなんだ。きれいな女の子を抱きしめたいと思う。清楚な女の子の首筋にキスをしたくなる。つややかな女の子を乱れさせてみたくなる。

[Anri] 愛する女の子の体の隅から隅まで、舌と指を這わせ、その子に至上の歓びを感じさせてあげたいんだ。それが……、ボクのセックスなんだ。

[Anri] おかしいかな? ボクは身も心も女性だけど、その愛情を捧げる対象は女性なんだ。しかも、年下限定。

[Anri] どうしたことか、どうしても年上にはこの感情は働かないんだ。だから、キミのことも最初はよく知らなかった。

[Aisha] 私がスキップしたことで……。

[Narration] 杏里はばつの悪そうな顔をする。

[Anri] そうなんだ。でも、でも……。

[Aisha] それじゃあ、どうして、私がスキップしたことを知ったんですか?

[Aisha] ほんとは、なんとなく杏里の、その、趣味のことはわかってました。一昨日、お茶を飲んだ時に……。

[Aisha] でも、杏里が私に興味を持った理由が他にあるようにも思えました。

[Anri] うーん、鋭いな……。

[Anri] ……わかったよ、全部、話す。

[Narration] 少しづつ、泥沼にはまりつつあるかのような錯覚を覚えつつ、杏里は話し始める。

[Anri] 今、学園で騒ぎになっている事件があるんだ。

[Anri] 学生四人がすでに襲われている連続レイプ事件。知ってる?

[Aisha] …………はい。

[Narration] 自分がその犯人として疑われていること、三週間後の退学とワンセットで謹慎処分をくだされたことを、杏里はアイーシャに説明した。

[Anri] 天地神明に誓ってボクは犯人じゃない!女の子を無理矢理に襲う人間と疑われるなんて耐えられない!

[Anri] だから、真犯人を見つけることにしたんだ。素晴らしい友人達の力を借りてね。謹慎処分の身で自由に行動できるのも友人のおかげ。

[Anri] その中でも切り札がかなえさん。アイーシャと同じクラスだよ。天京院のかなえさん。

[Aisha] あ、あのすごい人……。

[Anri] どんなふうにすごいんだろうね。

[Anri] かなえさんがね、ボクの頭脳なんだ。ボクが手がかりを集めて、かなえさんが推理する。これで、真犯人を追いつめる。

[Anri] そのかなえさんがはじき出した、次の被害者になる可能性のある子の中に、キミがいたんだ。

[Aisha] え……?

[Narration] 杏里に指されたアイーシャは、手で胸元を押さえる。

[Anri] 怖がらないで! ボクがキミを絶対にまもるから! その、キミをまもるために、キミのことを調べたんだ。

[Anri] それで、キミがスキップでサードクラスになった、ボクより年下の女の子だって知ったんだ。

[Aisha] そんな……。

[Aisha] じゃあ、杏里は、自分が犯人じゃないことを証明するために、私に近づいて……。

[Anri] 待って、待ってよ! その、形式はそうかもしれない! 順序も! だけど、だけど!

[Anri] 今、キミのことを好きなのは形式も順序も関係ない! ほんとなんだ!

[Anri] 大図書室で初めて会った時の言葉に嘘はないよ。今、言ったことにも! これから言うことも! ……アイーシャ、キミのことが好きなんだ。

[Anri] ボクのことを気持ち悪いとも、気味悪いとも思ってくれてかまわない。でも、ボクのこの気持ちだけは信じてほしいんだ。……お願いだ。

[Narration] 杏里は言葉を区切る。伝わってほしい気持ちだけを抱えて立ちつくす。見つめる先のアイーシャも杏里を見つめていた。

[Narration] 杏里にとって、不安が渦巻くだけの秒単位の時間がひどく長く感じて、過ぎていく。

[Aisha] 杏里……。

[Narration] 名前を呼ばれて、杏里は一度、深呼吸をする。今まで、何度も、女の子に告白するたびに、してきた覚悟を固める。

[Aisha] 私、あなたのこと、信じます。

[Anri] ……!

[Anri] やったぁ!

[Aisha] え、きゃぁ!

[Narration] 杏里は思わずアイーシャに抱きつく。

[Aisha] あ、あの! 杏里の……、言ったことは信じますけど……!

[Anri] なに? なに!? 何でも言って!

[Aisha] 杏里と、同じような感情を持てるかっていうのは、まだ、わかんなくて……!

[Anri] 大丈夫、きっとすぐだよ!

[Aisha] そ、そんなこと……!と、とにかく、は、離して……!

[Anri] んー、残念。

[Narration] アイーシャを抱えたままクルクルと振り回していた杏里は渋々といった感で相手を離した。

[Anri] ま、ゆっくりその気持ちに気づいてよ、ね!

[Aisha] ……努力してみます……。……い、いいのかしら……。

sapphism_no_gensou/3151.txt · Last modified: 2013/06/01 22:49 (external edit)