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sapphism_no_gensou:3131

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[Tenkyouin] ほら。

[Anri] ありがとう、かなえさん。

[Narration] 差し出されたコーヒーを、杏里はソーサーごと受け取る。いつも以上に雑然とした感のある天京院の部屋で、杏里は場所のあいている窓際の壁によりかかる。

[Narration] その杏里のすぐそばの椅子に、天京院は腰をおろし、自分の分のコーヒーをデスクの上に置いた。

[Narration] 天京院はゆっくりと椅子を回し、杏里に向き直った。

[Tenkyouin] さて杏里。今週の捜査の成果を聞かせてもらおうか。

[Narration] ………………

[Tenkyouin] 何をやってたんだ、君は。

[Anri] 面目ない、かなえさん。精一杯頑張ったつもりなんだけど。

[Tenkyouin] ……疑わしいね。それとも、あたしがよっぽど杏里のことを買いかぶっていたのか……。

[Narration] そう言うと、天京院は大きくため息をついた。

[Tenkyouin] 驚いたね。手がかりになりそうなことは何一つない。

[Anri] えー! いくらなんでもそんなぁ!

[Tenkyouin] そんなもなにもない。杏里、自分でもうすうす気づいているんじゃないか? 先ほどの君の一時間にわたる報告は、ただのおしゃべりとなんら変わりない。

[Tenkyouin] つまり、あたしの推理の役に立つ情報は何ら含まれていなかったってことだ。

[Anri] う……。わかったよ、明日から頑張る。どっさり手がかりを見つけてみせるさ。

[Tenkyouin] 頑張りな、と言いたいところだけど、正直、厳しいね。最初に言っただろ? 三週間はギリギリのラインだって。

[Tenkyouin] 杏里、その一週間をムダに過ごしたんだ。挽回できるかどうか……、難しいところだね。

[Tenkyouin] ……あたしとしては……、身の回りを整理することを勧めるね、残念だけど。

[Anri] ………………。

[Narration] 二週間後、天京院の不吉な予言は当たった。

[Narration] その後の杏里の捜査は芳しいものではなく、結局、天京院の頭脳をしても、真犯人へとたどり着くことはできなかった。

[Narration] そして、杏里は三週間前の教員会議での決定通り、ガラパーティーの翌日、退学処分を受け、船を去った。

[Narration] 友人の見送りさえ許されぬ、寂しい下船だった。

[Narration] ………………

[Anri] ……というとこなんだけど。

[Narration] 杏里は、メモを並べ、証拠品を並べ、身振り手振りを交えて、証言を再現した。天京院は黙ったまま、時折わずかにうなづくだけで、それを聞いていた。

[Tenkyouin] ……厳しいね。

[Narration] 杏里の報告が終わってから、一分ほど黙ったままでいた天京院は、一つ、息をついてから、そう言った。

[Tenkyouin] 杏里、あんたが遊んでいたとは思いたくないけど、正直、手がかりが少なすぎる。

[Tenkyouin] これだけじゃ、犯人が誰かもわからないし、次にこちらがどう動けばいいかの見当もつかない。

[Anri] うーん、そっか……。

[Narration] 眉間にしわを寄せる天京院に杏里もならう。

[Anri] まあ、来週は頑張るよ。きっとかなえさんの推理の役に立つ手がかりを持ってきてみせるよ。

[Tenkyouin] 頑張りな、と言いたいところだけど、正直、厳しいね。最初に言っただろ? 三週間はギリギリのラインだって。

[Tenkyouin] 杏里、今週の遅れは大きいよ。なんとか……、挽回できるといいんだけどね。

[Anri] ………………。

[Narration] 二週間後、天京院の不吉な予言は当たった。

[Narration] その後の杏里の捜査は芳しいものではなく、結局、天京院の頭脳をしても、真犯人へとたどり着くことはできなかった。

[Narration] そして、杏里は三週間前の教員会議での決定通り、ガラパーティーの翌日、退学処分を受け、船を去った。

[Narration] 数人の友人達に見送られ、ひっそりと船をおりた。

[Anri] まずは、と……。

[Anri] これはイライザから聞いたんだけどね、学園側が必死に隠している被害者のことなんだけど、実は、みんなサードクラスだって話なんだ。

[Tenkyouin] 意気揚々だね。その証言はあたしも聞いていたのをもう忘れたのかい?

[Anri] ……あれ? そうだっけ? ま、まあでも、重要そうな証言だとは思わない?

[Tenkyouin] その点はね。しかし、別に杏里が聞き出したわけじゃない。杏里を見かねた彼女が申し出たことだろう? こんなんじゃ、先が思いやられると言ったはずだけど?

[Anri] ……まあ、何はともあれ、貴重な証言を手に入れたってことさ。

[Anri] それから……。

[Anri] これはヘレナから聞いたんだけどね。PSはどうやら、犯人が必ずしも男性だとは限らないって思ってるらしいんだ。

[Tenkyouin] ほう……?

[Anri] その、理由は教えてくれなかったんだけど。

[Tenkyouin] なるほど。まあ、いろいろ考えられるね。レイプ事件の犯人に、女の杏里が疑われること自体がおかしいんだ。それに、この船に男性がいることもなかなか考えにくい。

[Tenkyouin] しかし、PSは何か根拠に足る情報を持っているのは確かだね。

[Anri] なるほど。えっと、次は……。

[Anri] これ、見てよ、かなえさん。

[Tenkyouin] ふぅん、PSの捜査報告か……。これは、あの小うるさいロシアの彼女から手に入れたのかい?

[Anri] ヘレナのお小言も彼女の魅力の一つだと思うな。

[Tenkyouin] あたしにはそうは思えないけどね。ふんふん、なるほど、犯人はディルドゥを使って暴行に及んだ可能性が高いということか。

[Anri] ヘレナもそう言ってたよ。

[Tenkyouin] ということは、かえって犯人が男性である可能性は低いね。なるほど、杏里が犯人扱いされるわけだ。

[Anri] 腹立たしいことにね。

[Anri] じゃ、次は……。

[Anri] いよいよ本題だよ、かなえさん。

[Tenkyouin] ほぅ……、聞かせてくれ。

[Anri] うん、今週の最大の謎を、かなえさんにといてほしいんだ。

[Anri] アイーシャ・スカーレット・ヤン、彼女のことだよ。ほら、かなえさんがボクに教えてくれた、次の被害者候補の一人。

[Tenkyouin] ああ、そして、あんたがまもるって決めた子だ。彼女がどうした? 接触はできたのかい?

[Anri] いや、それが……。まだ挨拶もしてないんだ。

[Tenkyouin] はぁ? なんだい、そりゃ!相手がサードクラスだのなんだのって、まだ言ってるのか? それとも、シークレットサービスでも気取るのか?

[Anri] そういうんじゃないんだ。話は最後まで聞いてよ、かなえさん。

[Anri] ちょっとづつ彼女のことを知ろうとしたんだ。でも、知れば知るほど、アイーシャって子が謎めいて見えるんだ。

[Tenkyouin] なるほど……?わかった、聞こう。続けてくれ。

[Anri] 彼女の制服はまごうことなくサードクラスのものだ。

[Tenkyouin] そうだ。

[Anri] しかし、不思議なことに、ニコルがアイーシャのことを覚えているんだ。

[Tenkyouin] はぁ?

[Anri] ニコルが言うには、自分と同じクラスで彼女の自己紹介を聞いた気がするって。あのニコルが、賭場に出入りしそうもない彼女のフルネームを知ってたんだからね。

[Tenkyouin] 確かに、あれの記憶力は確かだね。その手の情報には早いが、アイーシャについては彼女の守備範囲とはずれていそうだ。

[Anri] だろう? これだけじゃない。その後、図書室へ行って、利用者データを調べたんだ。そうしたら、アイーシャはなんと、先の九月に入学したばかりのサードクラスらしい。

[Tenkyouin] ………………。

[Anri] もう、ボクにはどうなってるかさっぱりわからないよ。彼女が転入生でないってことは、図書室の厳格な女神のお墨付きさ!

[Anri] ねじれているよ、この謎は。さあ、かなえさん、ボクに道を指し示しておくれよ!

[Tenkyouin] ………………。

[Anri] ……かなえさん?

[Tenkyouin] ………………。

[Anri] ……もしかして、かなえさんにもとけない謎なの!?

[Tenkyouin] ……なにかと思えば……。

[Anri] え?

[Tenkyouin] わかったよ、杏里。あんたの迷いをといてやる。

[Anri] ほんとかい!? さすがはかなえさんだ!

[Tenkyouin] この程度のことでほめないでくれ、情けない。つまりだな、アイーシャって子はスキップ制度を使ったのさ。

[Anri] スキップ制度? なんだい、それ。

[Tenkyouin] 通常のカリキュラムを短縮できる制度のことさ。就学規則にもちゃんと明記してある。

[Tenkyouin] 入学後、学業において優秀な成績を残し、より上級の課程を履修しえると判断された者には、所属する課程の期間を短縮して、上級に進級することを認める、てね。

[Anri] えーと、つまり?

[Tenkyouin] つまり、彼女はニコル達と一緒にこの学園に入学後、すぐにこの制度でサードクラスにひとっ飛びしたってことさ。

[Anri] つまり、それって……。

[Tenkyouin] 今、杏里の思ってるとおりだよ。アイーシャはあんたより年下だってことさ。

[Anri] ……!!!

[Aisha] 杏里……私、本当はあなたより年下だったのよ。

[Aisha] ごめんなさい、騙していて。でも、杏里ったらずっと気がついてくれないんだもの。ひどいわ。

[Aisha] でも、いいわ。ねえ、これからはいつでも私のところに来て。私、杏里のことを待ってるから。

[Aisha] いいの。杏里にだったら、私の身も心も捧げちゃう。好きにして。一緒にごはん食べて、一緒にお風呂に入って、一緒に寝ましょうね?

[Aisha] 大好きな……杏里。

[Anri] いやぁ、さすがのボクも照れるな。

[Tenkyouin] いやー、そういう性格じゃなかったと思うぞ、実際のところ。

[Anri] おっとかなえさん、人の空想を覗くなんて野暮ってものだよ。

[Tenkyouin] そう思うなら口に出して言うのはやめてくれ。

[Anri] ほとばしる熱情をこらえきれなかったのさ!

[Anri] ともあれ、そうと知ったらこうしちゃいられない! ボクは彼女を守るために全力を尽くすよ!

[Tenkyouin] そりゃかまわないんだけど……。どこに行く気なんだい?

[Narration] 天京院はカップとソーサーをテーブルの上に置き、腰を浮かせかけている杏里に尋ねた。

[Anri] もちろん、彼女のもとへさ! 彼女には凶悪レイプ犯の魔手が迫っているんだよ! ナイトたるボクが駆けつけなくてどうするんだい!

[Anri] ああ、なんて素敵なシチュエーションなんだ! 鬱蒼と繁るイバラの森の奥深く! 自らに迫る危機を知らずに眠るプリンセス!

[Anri] ああ、今行くよ、待たせやしないとも!

[Tenkyouin] やる気になったのは喜ばしいんだけどね。ま、手がかり探しの方もきっちりと頼むよ。

[Tenkyouin] その子にかまけて、手ぶらで来たなら、即座にあたしもお手あげさせてもらうからね。

[Anri] 心配御無用! ボクと彼女の輝かしい学園生活を守るためなんだからね!

[Narration] そう言い切ると、杏里はそれこそ羽根がはえたように、天京院の研究室を飛び出していった。杏里の駆け去る足音に天京院のため息が重なる。

[Tenkyouin] ふぅ……、やれやれ。やっぱ教えるべきじゃなかったかね。嬉しそうにまぁ……。

[Anri] いよいよ本題だよ、かなえさん。

[Tenkyouin] ほぅ……、聞かせてくれ。

[Narration] 杏里の自信に満ちた表情を認めて、天京院は深く椅子に座り直し、言葉を待った。

[Narration] その天京院に、杏里は今週、調べ上げたアイーシャ・スカーレット・ヤンに関わるすべての情報をとうとうと聞かせた。

[Anri] ……まさに運命だと思わないかい、かなえさん!

[Anri] そりゃ、最初はボクもなんて選択をしてしまったんだろうって思ったさ! みんなにも心配されてしまった!

[Anri] でもね、それは全部、神様が出来心で仕組んだちょっとしたイタズラだったというわけさ。

[Anri] アイーシャはボクよりも年下で、ボクを騎士たる使命に目覚めさせ、その庇護を遠く深い森の奥の宮殿で待つ姫君だったってわけさ!

[Anri] そして、ボクは、ついにそこまでたどりついた!ああ、神よ、ボクはあなたのくだしたもうた試練を見事に乗り越えたぞ! 照覧あれってんだ!

[Tenkyouin] ……なんだか……。

[Narration] 杏里の話を聞き終えた天京院は、まずそう答えた。

[Tenkyouin] あたしには、杏里がこの一週間、アイーシャって子の身上調査だけをやっていたように聞こえるんだけどね。

[Tenkyouin] しかも、ずいぶんと熱心に。

[Anri] いやぁ、それほどでも。

[Tenkyouin] ほめてない。

[Narration] 天京院は静かに断言した。

[Tenkyouin] まったく、張り付いていろとはいったが、そこまで熱心にやるとは思わなかったね。

[Anri] 女の子は謎があるくらいの方が魅力的なのさ。

[Tenkyouin] 裏表のなさすぎる杏里が言うのもなんだね。……さて、我が優秀な助手が集めてきた手がかりをもとに、ひとつ、推理の時間といこうかね。

[Anri] そうこなくっちゃ! さぁ、かなえさん、犯人はいったい誰なんだい!?

[Tenkyouin] 犯人は……。

[Narration] 天京院はそこで一度言葉を区切る。そして、杏里の期待に輝く目を見てから、答えた。

[Tenkyouin] わからないね。

[Anri] えーーーーーーー!?

[Tenkyouin] そんな不満たっぷりの声をあげるのはやめてもらおうか。期待を裏切ったのはわかるが、この程度の手がかりで犯人を特定できたら警察はいらないよ。

[Anri] この程度って……、これでも必死にあつめたのに〜。

[Tenkyouin] 泣きそうな顔をするな! 努力は認めるよ。確かに、有益な手がかりもあった。犯人を特定できないだけで、あんたの捜査は進展しているよ。

[Anri] ほんとに〜?

[Tenkyouin] 本当だ。PSにだってろくすっぽ尻尾をつかませないヤツが相手なんだ。じっくり構えていこうじゃないか。

[Anri] でも、ボクの退学までの時間は刻一刻と迫っているし、誰かが襲われる危険性も残ったままなんだよ?

[Tenkyouin] だからって、焦ってもしょうがない。杏里は今まで通り、手がかりを集めて回り、アイーシャって子に張り付いてな。

[Tenkyouin] いいかい? こういう行き詰まったように見える時こそ、初心を忘れずにいることが大切なんだ。

[Anri] へぇ、珍しいね。かなえさんがそんなまともなことを言うなんて。

[Tenkyouin] ……よくあるんだよ。思い通りの結果が得られない時ほど、簡単な足し算を間違えていることが。

[Tenkyouin] ああ、ちくしょう、あの時コーヒーさえ手元にあれば……!

[Anri] ありゃ、なにやらトラウマ? ま、コーヒーでも飲んで落ち着いてよ。

[Tenkyouin] ……ああ、そうするね。

sapphism_no_gensou/3131.txt · Last modified: 2013/06/01 22:49 (external edit)