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sapphism_no_gensou:3121

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[Narration] H・B・ポーラースターの甲板は、その船の巨体にふさわしく広大さで、その中でも空中庭園は自然公園と言っていい規模を誇っている。

[Narration] さらにその一角にある、これもまた十分すぎる広さを持つ、温室に杏里は足を向けていた。

[Anri] ふぁ……。

[Narration] 歩きながら、大きなあくびをする。

[Narration] 杏里に、温室に向かう理由は特にない。前から、それほど規則的な生活は送っていなかったが、謹慎処分を言い渡されてからは完全に不規則になった。

[Narration] 朝、授業のために起きなければならない理由はなくなった。起床時間は就寝時間に影響を受け、そして夜寝る時間はまちまちだった。

[Narration] こうして今、朝の散歩を楽しんでいるのも、昨晩、たまたま早めに眠りについただけという杏里だった。

[Anri] ん〜……。

[Narration] 伸びをしてから、周囲を見渡す。空は穏やかに晴れ、温室の中を循環する風は暖かくかすかに湿っている。のんびりとした空気に包まれる。

[Narration] 濡れ衣を着せられたための謹慎であり、それを晴らすために捜査をしなければならないという自覚に欠けた言葉がつい、口をついて出る。

[Anri] こういうのも悪くないな〜。おや、あれは……。

[Anri] アイーシャじゃないか……。

[Narration] 一人、温室の中、アイーシャ・スカーレット・ヤンがいる。熱帯系の樹木が多いため、褐色の肌を持つ彼女の姿はその中に熔け込みながらも映える。

[Narration] 杏里が見ている中、アイーシャは用具入れからホースを取り出し、周囲の木々へと水をまいていく。

[Narration] 時折、腕の時計を見ながらホースを動かしていたアイーシャはやがて、蛇口を閉じ、ホースを戻す。

[Narration] まかれた水の細かい粒が周囲に散り、心持ちの涼しさを肌に覚えさせる。ガラスの屋根越しの陽光が、水滴を細かい光に変える。

[Narration] 木々を見渡して、微かに笑ったアイーシャの顔に、杏里は目を奪われる。

[Anri] ………………。

[Narration] アイーシャが立ち去った後も、杏里はしばらくその場を動かなかった。やがて、呆然と自分の胸に手をあて、鼓動を確かめる。

[Anri] ……なんか、どうしちゃったんだろう……。

[Narration] 自分の律儀とも不可解ともいえる年下趣味のことは十分に理解していた。

[Narration] どんなに魅力的な女性であっても、自分より生まれた日付が早ければ、けっして親愛以上の感情を覚えることはなかった。それは自信を持って断言できる。

[Narration] それだけに、今、自分がまるでときめきを感じているかのように思えるのが不思議でしょうがなかった。

[Anri] ……なんかひっかかるんだよな、あの人は……。

[Narration] 杏里は頭をもう二、三度ひねってから、勢いよく思考の一部を落とすように振ると、その場を後にした。

sapphism_no_gensou/3121.txt · Last modified: 2013/06/01 22:49 (external edit)