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sapphism_no_gensou:3081

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[Narration] 動物的と言ってもいいほどの目敏さで、杏里は通りを流れる人の中から、目当ての少女を見つけだした。

[Narration] 全校をあわせても、学生数は200人前後にすぎない。しかし、昼下がりとなれば、このメインストリート購買部通りもそれなりに混む。

[Narration] その中で発揮された杏里の感覚は、やはりどこか尋常ではなかった。

[Narration] と、普段の杏里なら誇りもするところだが、今日ばかりはそうとは言い切れなかった。

[Narration] なぜなら、杏里にはアイーシャがあまりにも見つけやすかったと感じられたからだ。

[Narration] 確かに、今の購買部通りには人が集まっている。しかし、杏里にはアイーシャがすんなりと自分の視界の中に飛び込んできて見えた。

[Narration] 運命だと舞い上がってよいものか?そんな思いが、杏里の頭によぎった。

[Anri] ……思っていいに決まってるじゃないか。

[Narration] 理由の見つけられない苛立ちをわずかに感じながら、杏里はつぶやいた。なぜか、ひどく水を差された気分になった自分に腹が立つ。

[Narration] 気持ちを切り替えるために、深呼吸を一つしてから、杏里は少女の名前を大声で呼んだ。

[Anri] アイーシャ!

[Narration] 名を呼ばれた少女が、その伏せ気味だった顔をあげる。

[Narration] 周囲の誰からも、同じだけ間をあけて歩いていた少女がそこで立ち止まる。

[Anri] 見つけた、見つけた! これが運命ってもんさ!

[Aisha] あ、杏里……さん……。

[Anri] ノーーーーーーーン!

[Narration] とまどい気味に呼ばれた名前を、杏里は強く、言葉と態度で否定する。

[Anri] クンだのサンだの、そんな敬称はいらないよ、アイーシャ。

[Anri] ボクはキミの名が好きだから呼ぶ。キミだってそう。だからそれ以外何もはさむ必要なんてないよ!

[Aisha] え、あ、は、はい……。

[Anri] ウィ、そういうこと。じゃあ、もう一度ボクの名前を呼んでくれるかな?

[Aisha] え、あ、あ……。

[Aisha] 杏里……。

[Anri] ワオ、素敵だ! キミに呼びかけられる心地よさを感じるよ。

[Anri] ここで出会えたのはまさに運命だね。きっと日曜日まで待てなかった二人の気持ちに、神様が奇跡を起こしてくれなかったにちがいない!

[Anri] このプレゼントは大切に、でもしっかりと使いたいね。といわけで、アイーシャ、お昼はもうすませてしまったのかな?

[Aisha] あ、はい。昼休みに……。

[Anri] そっか。なら今はちょうど、アフタヌーンティーの頃合いというわけだ。

[Aisha] え、でも……。

[Narration] アイーシャは手首を返して、時計に目をやる。

[Aisha] まだ、一時半……。

[Anri] お茶の時間の厳格な管理はイギリス人にまかせておこうよ! ボク達は好きな時間に好きな人とお茶を楽しむ、それでいいじゃない? うん、そうすべき!

[Aisha] え、あ……。

[Narration] 一方的な結論のもとに、アイーシャの手をとって歩き出す。戸惑いの声をあげたアイーシャに杏里は歩みをとめずに振り返る。

[Anri] ご心配なく、ボクの姫君! 素敵なお茶にしてみせるとも。とびっきり楽しい時間になるはずさ!

[Aisha] あ、はい……。

[Narration] その笑顔を見てアイーシャはわずかに足を早める。引っ張られるだけだった歩調が杏里のものとあう。二人は前後に並んで、歩いていた。

[Nicolle] やあ、杏里。仲良さそうにおててつないでデートかい?

[Anri] ハズレだよ、ニコル。デートは日曜日なんだ。今日のところはお茶までだね。よかったら一緒にどうだい?

[Nicolle] え? 邪魔者になんかなりたくないんだけどね。

[Anri] どうだい、コローネ。ご相伴にあずかりたくないかい?

[Collone] オン!

[Nicolle] あ、こら!

[Helena] ちょっと杏里! あなたったらまた、謹慎中なのに軽々しく出歩いて!

[Anri] やあ、ヘレナ。じゃあ、キミがお目付役になってくれれば、何も問題がないというわけだね。

[Helena] え? あ、なに?ど、どこに連れていくのよ!?

[Chloe] いったいなんの騒ぎよ。しずかにしてくれない?ここは公共の場所よ。

[Anri] ここは図書館じゃないんだしさ、固いことはいいっこなしにしようよ、クローエ。何もバカ騒ぎをしようってわけじゃないんだ。そう、ちょっとお茶を楽しみにね。

[Chloe] あなたがいる限り、バカ騒ぎになるのは目に見えてるわ。

[Anri] まあまあそう言わないでよ。そうだ、クローエもおいでよ。こんないい天気に外で楽しむお茶はきっと平穏をもたらしてくれるはずだよ。

[Chloe] 疑わしいわね……。まぁいいわ。

[Narration] いつの間にか人数が膨れ上がっていた一行はカリヨン広場へと到着した。

[Narration] 船上にあるまじき広さと緑を誇るポーラースターの中でも、空中庭園とならんで人気の高い、屋外の憩いの場。

[Narration] 緑と芝生、噴水、つきかためられた土の遊歩道はここが船の上であることをまるで感じさせない。

[Narration] その広場の一角で、テーブルや椅子を並べているメイド服の一段の中に、杏里はよく知った顔を見いだして、声をかけた。

[Anri] あれ、イライザ?

[Eliza] あら、杏里様。こんにちわ。皆様、お元気そうでなによりです。

[Anri] ありがとう、元気なのはイライザがお世話してくれるおかげだよ。

[Eliza] 恐縮です。ところで……、皆様、お揃いでどちらに行かれるのですか? クローエ様、ニコル様は授業に向かわれるようではなさそうですが……。

[Helena] なんですって? 二人とも、この時間は授業があるの?

[Chloe] 知らなかったわね。

[Nicolle] 右に同じ。細かいことはいいっこなしさ。

[Eliza] 出過ぎたようですね、申し訳ございません。

[Anri] いや、いいけどさ。僕達はこれから、購買部通りのカフェまでお茶をしにいこうかってとこだったんだけど……。イライザこそ何してるの?

[Eliza] はい、お店の開店準備です。

[Anri] お店? なんの?

[Eliza] メイドの仲間同士で、天気のいい日にはここにお茶を楽しめる店を出させてもらっているんです。もうじき、店を開けさせていただこうというわけで。

[Anri] そうなんだ! うん、それは好都合!じゃ、僕達もここでお茶にさせてもらおう!ね、かまわないよね?

[Eliza] ええ、それはかまいませんけど……。まだ二時前ですし、午後のお茶にはちょっと早すぎると思いますが?

[Anri] ……あー、ちょっとそのへんには目をつむってもらえないかな?

[Eliza] ふふ……、ええ、かしこまりました。今、お席の用意をさせていただきますね。

[Narration] イライザがテーブルと椅子を用意しにさがっていった時、一同のそばに駆け寄った少女が声をかけた。

[Unknown] 杏里さん、こんにちわ! あ、クローエ先輩もいらっしゃるんですね!

[Anri] やあ、ファン・ソヨンじゃないか!今日は制服姿なんだね。はつらつとしたキミの魅力は、その格好でも変わらないんだね。

[Soyeon] はい、ありがとうございます!

[Narration] 杏里の言葉を単純そのままに受け止めたソヨンの返事を聞いて、ニコル、ヘレナ、クローエが同時に吹き出す。

[Soyeon] ……どうしたんですか?

[Anri] なんでもないよ。

[Narration] ニコル達三人の反応を横目でにらみながら、杏里はソヨンに答える。

[Soyeon] 皆さんでお茶ですか? いい天気ですものね!

[Anri] まあね。そうだ、ソヨン、よかったらキミもどうだい? きっと、テーブルに空いてる席はあるからさ。

[Soyeon] え、でもいいんですか?

[Anri] かまわないよ。

[Soyeon] じゃあ、今日はもう授業も終わったし、ご一緒させていただきます!

[Eliza] あら、ソヨン様もいらっしゃったのですね。どうぞ皆様こちらへ。すぐにでも始められますよ。

[Anri] じゃ、乾杯!

[Helena] これはお茶よ、杏里。まさか、ブランデーなんか落としていないでしょうね!

[Narration] 杏里達は用意されたテーブル二つに陣取る。ティーセットが運ばれ、スコーン、ジャム、ケーキ、クッキー、サンドイッチなどが並べられる。

[Narration] アイーシャの前には、杏里が手ずから注いだ紅茶を満たしたカップが置かれている。

[Aisha] あ、あの……。

[Aisha] 何が、どうしてこうなってしまったんでしょう……。

[Anri] ん? なに? どうしたの?

[Narration] アイーシャのつぶやきが耳に入った杏里が、顔をのぞき込んでくる。

[Anri] ほら、紅茶が冷めちゃうよ。ここのは本当においしいんだよ。きっと船で一番だね。

[Eliza] まあ、お上手ですこと。

[Narration] サンドイッチの入った皿を運びながら、イライザが笑う。

[Eliza] 杏里様、今日、初めていらしたのに。

[Anri] イライザのお茶ならきっとおいしいにちがいないもの。ボクは、かなえさんのコーヒーと同じくらい好きだね。

[Nicolle] 杏里、それはほめ言葉じゃないぞ。

[Aisha] あの……。

[Narration] 両手でカップを抱えていたアイーシャが、意を決したように、勝手に話を咲かせている杏里達に声をかける。

[Aisha] 今日は、なにかのお祝いなんですか?その……、誰かの誕生日、とか……。

[Anri] いや、特に誰も? ねぇ?

[Narration] 答えた杏里が周りを見渡す。面々はそれぞれの仕草で、該当者ではないことを示す。

[Aisha] あの、じゃあ、なんでこんな……。

[Anri] なんでって……?

[Aisha] だって、こんな大勢で……。

[Narration] アイーシャは自分のついたものと、もう一つのテーブルを見渡す。客六名、従業員一名は大人数とは言えないが、その取り合わせは非常に個性的に見える。

[Nicolle] なに言ってもムダだって。

[Narration] 困惑して周囲を見るアイーシャにコローネにクッキーを与えていたニコルが声をかける。

[Nicolle] こういうことが大好きなのさ、杏里ってのは。それこそきっかけは何だっていい。ほんと、ラテン系の血は半分だけなのか疑わしいよね。

[Nicolle] ま、杏里のみんなで一緒に騒ぎたいって欲求の適当な理由にされたんだ。それこそ、あんたも適当にお茶を楽しんでればいいと思うね、アイーシャ。

[Nicolle] 隣でうるさい杏里の言うことは適当に受け流しておいてさ。ああ、スコーンもサンドイッチもけっこういけるね、悪くない。

[Anri] ひどい言い方だな、ニコル。ボクは本気でアイーシャと楽しいお茶の時間を過ごしたいだけなんだ。そこにやましさなんか微塵もないよ。

[Nicolle] そりゃないだろうね。

[Narration] 杏里のしゃあしゃあとした答えっぷりに、ニコルがあきれ気味に答える。

[Aisha] あの……。

[Aisha] 私と、お茶って……、そのためだけに、こんな……。

[Narration] 目の前に並べられた高級なお茶、洗練された材料を使って丁寧に作られた料理、菓子を見る。

[Narration] アイーシャも、この学園にこれる財力のある家に育ったから、目の前のテーブルに広げられたものの価値も量れるし、それに気圧されることもない。

[Narration] しかし、ほんのこのあいだまで見ず知らずと言っていい間柄だった自分に、ここまでしてくれる杏里は、それこそ会ったことのない人間だった。

[Anri] 大丈夫、ここまできて割り勘にしようなんて言わないから。

[Helena] ……ワリカン? なに、それは。

[Narration] 杏里の言葉を理解しかねて聞き返したヘレナを見て、ニコルとイライザが同時に笑った。

[Nicolle] 読んで字のごとしさ、ヘレナ。缶を割るんだ、鉈かなんかでこうスパっとね。一番、欠片の大きかったヤツが支払いを持つってあんばいさ。

[Narration] ニコルの説明に、割り勘の意味を知らなかったらしいヘレナとアイーシャが同時に目を丸くする。

[Helena] まあ、鉈なんかないわよ、ここには。

[Nicolle] 持ってないヤツは不戦敗だね。

[Helena] なんですって!? 不条理なことだわ、そんな!

[Chloe] ……勘定の頭割りのことをそう言うのよ。

[Nicolle] あはははははは!

[Narration] クローエの説明に目を丸くしたヘレナを見て、ニコルは声をたてて笑う。

[Anri] ……まあ、どのみち、ここはボクがもたせてもらうよ。

[Narration] 笑いをこらえながら、杏里は言う。

[Aisha] あの、そうじゃなくて……。

[Anri] あのね、アイーシャ。ここのお茶とお菓子は、別に世界で一番高級ってわけじゃない。もちろん、素敵な時間を過ごすためには申し分ないものだけどね。

[Anri] そう、素敵な時間を過ごすのがボクの目的なんだ。誰と? そう、キミとだよ、アイーシャ。

[Aisha] あ、わ、私と……?

[Anri] そう。

[Aisha] でも……。

[Aisha] 私、あなたと昨日、初めて会ったばかりなのに……。

[Anri] だからこそだよ、アイーシャ。言っただろう? 出会いからの時間は関係ないよ。ボクらは時間なんて関係ない魔法にかかっているんだ。

[Aisha] え? ……なんでしょう?

[Anri] 恋、だよ、アイーシャ。ボクらは恋に落ちているんだ。

[Narration] 杏里が「恋」と言った瞬間に、ヘレナ、ニコル、クローエは同時に音をたてて紅茶をすすった。

[Anri] なんだい、キミ達、行儀悪いな。

[Chloe] そうかしら?

[Narration] 三人を代表してクローエがきわめて冷淡に答えた。

sapphism_no_gensou/3081.txt · Last modified: 2013/06/01 22:49 (external edit)