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sapphism_no_gensou:3051

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[Anri] つまりだ、コローネ!

[Collone] オン!

[Narration] 勢いよく図書室へと踏み込んだ杏里の脇にコローネが付き従う。その後を、コローネの主人、ニコルが遅れて続く。

[Nicolle] お、おい、杏里、コローネ!

[Anri] この船に学生としている以上、いくつかの場所には必ずデータがあるはずなんだ、コローネ!

[Collone] オン!

[Nicolle] お、おい、二人とも……!

[Anri] 職員室の学生名簿、医務室のメディカルデータ、学園のバンクには必ず口座を持ってるはずだし、電気、電話、水道なんかの利用者データだってあるはずだ!

[Collone] オン!

[Nicolle] おい、ちょ、ちょっとさぁ……!

[Anri] ここにも、それらに匹敵するデータバンクがあるってわけさ!

[Collone] オン!

[Nicolle] やばいって、もっと……、なぁ……!

[Narration] 図書室を早足で闊歩する杏里とコローネ。ニコルは、押し殺した声で必死に呼びかけるが、二人は気づいた素振りも見せない。

[Anri] つまり、ここなら彼女の隠された姿を暴くことさえ、わけないと言うことだ!

[Collone] オンオン!

[Nicolle] おいってば!

[Narration] ついに、ニコルは杏里の襟と愛犬の尻尾を同時に捕まえた。

[Anri] なんだい、ニコル。

[Collone] オン?

[Nicolle] ……二人とも、一つ、重大なことを忘れてないか?

[Anri] ……はて?

重大なことを忘れてないか?

ボクは謹慎中だったっけ!

[Anri] 心配ご無用!

[Nicolle] ……わ、ばか……!どこもご無用じゃないだろ!

[Anri] ニコル、キミの懸念はよくわかる。確かにボクは表向きは謹慎中だ。こんな学園の公共施設を使えるかどうか、疑問に思うのも無理はない。

[Narration] 杏里の声は図書室中に響き渡る。

[Anri] だがしかし! 座していては無情な退学の宣告を待つばかりだ。安穏としてはいられないんだよ。

[Anri] 危地にあって立たざる者に勝機は訪れない。ボクは今こそ、危険を冒してでも、この謎に挑まなければならないんだ!

[Anri] 危難にあって、最善を尽くす人間を人は賢者と呼ぶよ。ボクも愚か者ではないさ。ちゃんとここを選んだのにはわけがある。

[Anri] なんとね、ここには女神がいたもうのさ!彼女はきっと、ボクに力を貸してくれる。押し着せられた不名誉に惑わされず、正しき者を導いてくれるにちがいないよ!

[Narration] 杏里の言葉が続く中、その背後に立った黒髪の少女が、声をかけた。

[Chloe] 杏里・アンリエット……。

[Anri] やあ、クローエ、ごきげんよう!今まさに、キミの話をしてたんだよ。光と慈愛を携えた女神になぞらえてね。

[Chloe] わたし、あなたに何度、同じことを言わなければならないのかしら……。

[Anri] え? なに? 何でも言っておくれ、クローエ。キミの言葉なら、たとえ百万遍聞いても飽きるということはないさ! さあ、言葉を! 愛しているという言葉を!

[Chloe] せぇい!

[Anri] ……!!!

[Chloe] ここでは、静かに。図書室の静寂を破る者には鉄槌が下されるのよ、我らが主によって。

[Anri] ……ウィ……、すっかり忘れてたよ……。

[Chloe] 利用者データの閲覧ですって?

[Anri] そうなんだ、クローエ。

[Narration] クローエのカカトが直撃した頭頂部を手でおさえながら、杏里は答えを返す。

[Chloe] そんなものを見たいがために、あなたはあんな大騒ぎをしてたっていうの?

[Anri] 騒いだのは謝るよ、反省もする。痛い目もちゃんと見た。罰は受けたよ、クローエ。だからお願いだ、データを見せてほしいんだ。

[Chloe] ジラルドさん、あなたも一緒になって?

[Narration] クローエの視線が、杏里が蹴り倒された後、逃げ戻ってきたニコルとコローネに向けられる。ニコル主従は首を左右に大きく振る。

[Nicolle] あ、あたし達は、単に杏里にとっつかまって、むりやりここまで引きずられてきただけだってば!

[Collone] オンオン!

[Chloe] まあ、いいわ。

[Narration] クローエはため息まじりにそう言うと、視線を手元で開いている本に戻した。

[Chloe] 人捜しのお役に立てるかどうかわからないけど、ここの利用者のことなら、そこにあるものを調べればわかるはずよ。

[Anri] え、どれ!?

[Narration] 勢い込んで尋ねる杏里に、クローエは視線をあげずに、片手でそれを指し示した。

[Anri] ……ねぇ、クローエ、どれ?

[Chloe] それよ。

[Anri] ……これ?

[Narration] クローエの指し示したものは、棚に並べられた色とりどりの……、代本板だった。

[Nicolle] これって、あれか? あの、借りた本の場所に代わりに差し込んでおいて、返す時にごちゃごちゃにならないようにしておくっていうあれか?

[Anri] そうみたい……。知らなかったよ、ここの図書室ってこんなものを使ってたんだねぇ……。

[Nicolle] あたしも初めて知った。まったく、金持ちってやつは、妙なところでアナログだよ……。

[Narration] 縦長で、底辺に接する直線の一方が直角になっている台形の板。各クラスごとにその背が色分けされたものが、棚に並べられている。杏里はその一つを手に取る。

[Anri] なるほど、背中に名前、あと利用開始の日にちが刻み込まれているのか……。

[Nicolle] うわ、これ鼈甲だ。こっちは象牙。琥珀、水晶、瑪瑙……。……板じゃないじゃん。

[Anri] 板という言葉には、板状のものって意味もあるんだよ……。

[Narration] まだ衝撃をひきずっているのか、かみ合わない会話を続ける二人。

[Chloe] それなら、全学生の分が揃っているはずよ。

[Narration] 受付カウンターから動かずに読書を続けるクローエが声をかけてくる。

[Anri] ボクの分はないみたいだけど?

[Chloe] あなたのはずいぶん前に、わたしがたたき割ってあげたはずよ。憶えてないの?

[Anri] その前後に強い衝撃を受けたみたいで、憶えてないなぁ……。

[Chloe] 難儀な頭ね。いくら注意しても聞いてくれないはずだわ。

[Anri] だから反省してるってば。

[Nicolle] やめなよ、あんた達、そういう会話を続けるのは。しかしさ、クローエ、もうちょっとまともなものはないの?

[Nicolle] そういや、図書カードとかってコンピューターで管理してるんじゃなかったっけ?

[Anri] なるほど、それだよ!

[Chloe] あるわ、確かに。

[Anri] 愛しいクローエ、そっちを見せてくれないかな?

[Chloe] 残念ね。それは、司書か図書委員しか扱えないのよ。

[Narration] 本から目も上げずに、クローエは答える。

[Nicolle] ……あれ? あんたは図書委員じゃないの?

[Chloe] ちがうわよ。

[Anri] ……へ?ボク、ずっとそうだと思ってたけど……。

[Nicolle] あたしもだ。

[Chloe] わたしがそう言ったことなど一度もないわ。

[Nicolle] じゃ、なんでカウンターの内側で堂々と本を読んでんだよ!

[Chloe] ここが落ち着くからよ。静かだし。場所代程度の業務の手伝いくらいはしてるわ。

[Anri] じゃ、カードのデータは?

[Chloe] おあいにく様。

[Anri] まいったなぁ、図書委員に知り合いなんていないし……。ニコル、キミは? ファーストクラスの図書委員と親しくない?

[Nicolle] 自慢じゃないけど、顔も知らないね。

[Anri] はぁ〜。

[Nicolle] そっちはあきらめた方がよさそうだね。杏里、とっととこれを片っ端から調べた方が早そうだ。

[Anri] ……そうだね。

[Chloe] 静かに調べること、いいわね。

[Anri] なーい!

[Chloe] 静かに!

[Narration] 天井をあおいで嘆く杏里に、クローエが声を飛ばす。

[Anri] どこにもないよ、クローエ! 彼女の名前が刻まれた代本板はどこにもない! エルドラドへと続く地図を描いた石板はどこにあるんだ!

[Chloe] そんなものありはしないわ! 大声を出すのはやめて!

[Nicolle] ほんとにどこにもないぜ、クローエ。全学生のが揃ってるんだろ? 無いってのは問題あるんじゃない?

[Collone] オンオン!

[Narration] 非難の声に、クローエは立ち上がって叫ぶ。

[Chloe] 静かにしてくれませんか! そこにない場合もあるわよ。

[Anri] クローエが蹴り割ったのかい?

[Chloe] ちがうわよ。そんなことしたのは杏里とアンシャーリー・バンクロフトのものだけよ。

[Nicolle] じゃ、なんでないんだい? そういや、ヘレナのもないや。カナエのも。

[Chloe] ……それの本来の目的を考えなさい、愚か者。

[Anri] えーと……?

[Nicolle] ……あ。

[Anri] わかったのかい、ニコル。

[Nicolle] わかった……。だけど、言いたくない、考えたくない……。

[Anri] なんだい、教えてくれよ。ことは一刻を争うんだ。

[Chloe] つまり、本を借り出している人は、その本がある場所に、代わりに置いてあるはずなのよ。だから、そこにはない。

[Anri] ……なるほど! え、と、いうことは……。

[Narration] 杏里は、背後を振り返った。照明をおさえた室内に並ぶ無数の書架は、まるで巨石列柱のように見える。

[Anri] この中の、どこかに……?

[Chloe] そういうことになるわね。

[Nicolle] せめて、何の本を借りたかくらいわかんないのか!?

[Chloe] 残念だわ、貸し出しのデータはコンピューターの中よ。

[Anri] ……わかった。

[Narration] その杏里の言葉には、諦めと決意が等量にこめられていた。

[Anri] 行くぞ、ニコル、コローネ!

[Nicolle] おう!

[Collone] オン!

[Narration] 杏里、ニコル、そしてコローネは、立ち並ぶ書架の中へと、果敢にも突入していった。

[Narration] 五時間後……。

[Chloe] そろそろ閉館時間ね……。

[Narration] カウンターの内側で、壁にかかった時計を見やりながら、クローエはつぶやいた。

[Chloe] あの人達、どうしようかしら。わたし、もう、部屋に戻りたいんだけど……。

[Chloe] 閉じこめても死にはしないと思うけど……、暴れ出したら厄介ね。きっと大騒ぎになりそうだわ。

[Narration] 書架の群を見つめながら、暴れ出した杏里達を想像したのか、クローエは怖ろしげに身震いする。

[Narration] そのクローエの視界の中、書架から這うように出てくる杏里の姿が映った。

[Anri] み、見つけた……。

[Nicolle] グラーシアス! ほんとか、杏里!

[Collone] オンオン!

[Narration] 杏里の声に応えて、ニコルとコローネが駆け寄る。人気のすっかりなくなった図書室に響く声に、クローエは眉をひそめる。

[Anri] 彼の者の名はここに刻まれり、だよ。ほら、アイーシャ・スカーレット・ヤン、ここにしっかりと……。

[Narration] 手にした乳白色の板を弱々しく差し出す杏里の体を、ニコルは抱きかかえる。

[Nicolle] ああ、見える、はっきりとね、杏里!よくやった、よくやったよ……!

[Anri] ああ、もう、ボクにはこの板の背が何色に塗られているのかも定かにわからない。コローネ、ボクのかわりに、よく見ておくれ……。

[Collone] オン、オンオン!

[Anri] ああ、コローネ、君の声が何を言ってるのかさえわからなくなってくるなんて……。

[Nicolle] 杏里! コローネはターコイズブルーだって言ってるよ!

[Anri] ああ……!

[Narration] 杏里は短く、しかし悲痛にうめく。彼女達の繰り広げる光景を見つめていたクローエはゆっくりと立ち上がる。

[Anri] それは、紛れもなくサードクラスである証明だね……。口惜しいよ……。

[Nicolle] まだ、まだわかるもんか、杏里! 希望は捨てるな! しっかりしろ!

[Anri] ダメだよ、ニコル……。ごめんよ……、ボクにはもう、起きあがる力は残ってないよ……。

[Nicolle] あきらめるな、杏里! ほら、ここを見ろ! ここに刻まれた数字を触ってみろ!

[Anri] え、あ、ああ……?

[Nicolle] わかるか!? こいつの利用開始年月日はこないだの九月だ。つまりだ、こいつはまだ、学園に来てから一年もたっていないってことだ!

[Anri] あ、ああ……。

[Nicolle] よく見るんだ、杏里! ああちくしょう、見事な七宝じゃないか。しかし、端っこの欠け具合を見落としてないか?

[Nicolle] ほら、ここだ! 見ろ! ターコイズブルーの下に、一度、エメラルドグリーンを板にかけた跡が残っている!

[Anri] ……ほんとだ……!

[Nicolle] こうは考えられないか、杏里! こいつは何らかの理由でサードクラスを装わなくてはいけなくなったんじゃないかって!

[Narration] ニコルの推理に、杏里の上体が跳ね上がる。

[Anri] なるほど! しかし、いったいなぜ……?

[Nicolle] 決まってる! 杏里の目をごまかすためさ!こいつはけっこう手強い敵じゃないか、杏里!

[Anri] ふふっ。

[Narration] 杏里は不敵に笑う。

[Anri] ボクが怖じ気づくとでも思うのかい、ニコル。いいだろう、アイーシャ・スカーレット・ヤン!キミからの挑戦状、確かに受け取ったよ!

[Narration] 立ち上がり、拳を握る杏里。その耳に、クローエが図書室から出て、扉を閉め、施錠する音が響いた。

図書室では静かにしましょう

sapphism_no_gensou/3051.txt · Last modified: 2013/06/01 22:49 (external edit)