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sapphism_no_gensou:2801

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[Anri] ゆ・り・と・か〜 れ・ず・だ・と・か〜さいしょに・いいだしたのはぁ〜

[Narration] 盛大にソープの泡をかき立てながら、杏里は至福の表情で湯船に沈んでいた。

[Narration] 適当な鼻歌を口ずさみながらも、その頭脳は別のことを考え始めようとしていた。

[Narration] その時。

[Narration] 人一倍、入浴が好きで、人一倍、入浴することが多く、人一倍、入浴時間が長い杏里のために、いつもバスタブのすぐそばに置いてある電話の子機が鳴り響く。

[Anri] おや、誰だろう?

[Narration] バスソープの泡の中から手を伸ばし、受話器をとる。

[Anri] はい、もしもし……?

[Narration] 受話器の向こうから聞こえてきた声に、半ば以上、泡だらけのバスタブに沈んでいた杏里の体が跳ね起きる。

[Anri] やぁ! アルマかい!? うれしいよ、キミがボクに電話をくれるなんて!

[Anri] しかも、ボクは今、生まれたままの姿で、幸せの真っ最中! え? いやいや、お風呂に入っていたんだけどね。

[Anri] うん、そうだね。そう言えば、昨日もおとといも、キミは会いに来てくれたっけ。

[Anri] ううん、うれしいよ。キミがボクのことを思ってくれるだけで、たまらなくね。今日も、ボクのことが気にかかっていたのかい?

[Anri] ほんとかい? うん、そうなんだ、今日はウェルズさんがいるんだ。え? 今、どこかにでかけていった?

[Anri] じゃあ、今日も姫君のお忍びの旅をお目にかかれるのかな? え? 無理そう? なんで? どして?

[Anri] え? 今、お風呂からあがったばかり!?ワーォ、それはとても素敵だ!

[Anri] そのままで、そのままで!今すぐにキミの部屋に行くから!

[Narration] 『え? 杏里様?』

[Narration] 扉越しに、杏里を確認したアルマの声には、少なからず驚きの色が含まれていた。

[Narration] 無理もないだろう。先ほどの電話から数分もたっていない。そのわずかの時間に、杏里は風呂からあがって着替えをすませ、アルマの部屋まで全力疾走した。

[Alma] あ、あの、わたしの方は今、外に出られる格好ではなくって……。

[Anri] いいよいいよ、ぜひ、そのままで! 少し扉を開けてくれれば、ボクはするりとキミの部屋に忍び込んでみせるよ!

[Alma] でも、あの……。

[Anri] 少しの隙間でいいのさ、オープンセサミ!

[Narration] その杏里の言葉におされて、ノブが回り、扉が少しだけ開く。

[Anri] お待たせ! ごきげんよう、森深き国の姫君。夜分なれど、我が無礼には目をつぶりたまえ。愛しさ故に、時を忘れてきたのさ。

[Alma] まぁ……。

[Narration] 扉の向こう側のアルマの姿は、先ほどの電話を裏付けるように、バスタオルを体に巻いただけのものだった。

[Alma] すみません、こんなはしたない格好で……。杏里様、本当にすぐにいらっしゃるものですから……。

[Anri] 君に会うためさ。さ、ボクに気をつかわずに、体を拭いたり、服を着替えたりしてくれてかまわないよ!

[Alma] あ、あの……。

[Anri] あ、お風呂の時は、髪はそうやってまとめているんだね。湯上がりはどうするのかな、ワクワク。

[Alma] え、髪ですか……? いつもは、結わえておいたりしてるんですが……。

[Anri] じゃ、今日はボクが結ってあげるよ!

[Alma] え? 杏里様がですか!?

[Anri] うん! こう見えても、なかなかのものだよ、ボクは。女の子の髪をいじらせたらね!

[Alma] は、はぁ……。

[Anri] さ、こっちこっち。

[Alma] あ、あの、杏里様、せめてガウンだけは着させてもらえませんか?

[Narration] その背中を優しく押して、杏里はアルマを鏡台の前に座らせる。

[Narration] そして、杏里自身も椅子を一つ、拝借して、アルマのすぐ後ろに座る。

[Narration] 長く、豊かで、そして部屋の照明にきらめく金色の髪。それが、目立たぬほどにわずかに波打って、アルマの背中、杏里の目の前に広がっていた。

[Alma] あ、あの……。

[Narration] 小さな呼びかけに、杏里は視界を埋める金色からわずかに顔をあげる。

[Narration] 鏡に映った金髪の主が、少し、落ちつかなげな顔をしていた。

[Alma] なにか、少し、落ち着きません……。髪をまとめてもらうなんて、今まで何度もやってもらったことなのに。

[Narration] ほんのわずかに、顔を傾かせて、アルマが背後の杏里をうかがう。

[Anri] ウェルズさんに?

[Narration] 謹厳実直……、というより、必要以上に頑迷な気のするあの付き人には、少しイメージのあわない行動の気がする。

[Alma] いえ、家にいたころです。ばぁやによく、髪を梳いてもらったりしたんです。

[Alma] ここに来てからは、自分でやっていたので……。人にさわっていただくのは久しぶりです。

[Anri] ふぅん……。なんだか、自分がとてつもない幸運を前にしている気がするね。この学園ではいちばん最初にキミの髪にふれることができるだなんて。

[Narration] そういって、杏里は髪の一房を指先ですくい上げる。

[Narration] 心地よい湿り気を含んだ髪は、きらきらと、まるでそれ自体が光の粒をまいているように部屋の照明を反射する。

[Narration] 湯上がりの少女の髪の得もいえぬ重み。杏里は、アルマの背に隠れながら、その髪に口づける。

[Narration] 触れた唇に伝わる湿り、立ち上る香気。

[Anri] いやいや極上。

[Alma] どうしました? 杏里様。

[Anri] キミの濡れた髪を味わっていたのさ。さ、今日はいかように結い上げましょうか? アルマのお気に召すまま、どのようにでも。

[Alma] あ、あの、では……、普通に三つ編みにしていただけますか?

[Anri] ウィ、マドモアゼル。三つ編みはいくつ?一つ? 二つ? 三つ? 10本? 20本? 100本?

[Alma] そそそ、そんなには!

[Alma] あの、いつもは邪魔にならないように、束ねているだけなので……。じゃあ、二つくらいで……。

[Anri] 了解。

[Narration] 鏡に映ったアルマにほほえみかけると、杏里は滝のように流れ落ちるアルマの髪に指を梳き入れ、手のひらですくいとった。

[Narration] ブラシを貸してもらうと、まだ水を含んで重い髪の毛にさっと流していく。

[Narration] ブラシの毛が髪を払うと、まとわりついていた水気が小さな粒となって舞い飛び、植物系の香気が漂う。

[Anri] いい香りだ。

[Narration] 洗い立ての髪を十分にブラシで梳いてから、右の半分側をゆったりとおおざっぱに分けとる。

[Narration] それをさらに三つにわけているうちに、杏里の頭の中に、自室で入浴していた時にもたげかかっていた問題が再び浮かび上がってきた。

[Anri] (女の子にイタズラする目的というより 暴力……か……)

[Anri] (昼間、アルマにはS趣味の人なら、と言った けど……どうだろう?)

[Alma] あの……、杏里様?

[Anri] え?

[Narration] 声をかけられて視線をあげると、鏡の中の、アルマのやや気遣わしげな視線に気づいた。

[Anri] ごめんごめん、手がお留守になっていたかな?

[Alma] いえ。でも、なにか考え事をしていらしたみたいで……。もしかして、事件のことでしょうか?

[Anri] あ、うん……。昼間、キミに会った時に話していたことをね。

[Alma] あぁ、杏里様が今度、S趣味というものを実践で教えてくれるというお話しでしたね。

[Anri] うわ、それはそのうち、ソフトな方から順番に。

[Narration] みっつにわけた髪の束を交互に重ね合わせていきながら、杏里はアルマとの会話を続ける。

[Anri] 調べていてわかったんだけどね、今回の事件の犯人は相当頭がいいんだ。

[Anri] 計画的に、PSの裏をかきながら、何人もの女の子を襲っている。

[Anri] それって、何か、明確な目標があるって考えた方が自然だよね。

[Alma] なるほど……。そうですね。

[Anri] それが、憎悪だとして……、それは、誰に向けられたものなんだろう……?

[Anri] 襲われた女の子たち? 学園そのもの? それとも、女の子たちの親? あるいは……。

[Alma] あるいは……?

[Anri] ……わかんないや。

[Alma] あら。

[Narration] 鏡ごしに杏里の言葉を待っていたアルマの頭が、少しかしぐ。

[Anri] ごめんごめん、かなえさんじゃないんだ、ボクにはここまでせいいっぱいで。

[Alma] でも……、杏里様がこうやって集めた情報は、きっと天京院様の推理のお役に立ちますよ。

[Anri] うん、ありがと。

[Anri] 最初は、どっかの欲求不満のモテない馬鹿が犯人だと思っていたけど、どうも、そういう感じではなくなってきたなあ……。

[Alma] ……早く、真犯人が見つかるといいですね。

[Anri] 本当に!

[Narration] 話しながらも手を止めていなかったおかげで、アルマの髪の毛は、やや不均衡ながらも二つにほぼ、結い上げられていた。

[Alma] ……クシュン!

[Narration] 杏里の手が、その最後の一房をまとめあげ、輪ゴムでまとめようとしたところで、こらえかねたような小さなくしゃみとともに、アルマの肩が揺れる。

[Anri] あ……。

[Narration] 同時に押さえていた杏里の手が放れ、束ねられていた髪が、ふわりと波打ってアルマの背中の左半分に広がった。

[Alma] あら……。

[Anri] あーあ、ほどけちゃった。

[Alma] も、申し訳ございません、わたし……。せっかく杏里様にまとめていただいてましたのに……。

[Anri] あ、いや、ボクの手間はいいんだけどね。

[Alma] わたし、くしゃみなんかしてしまって……。がまんしていたんですけど……。

[Anri] ああいけない! 楽しいおしゃべりだけど、キミに風邪をひかせてしまっては台無しだ。かわいそうに、湯上がりで温かかった肌が、こんなに冷えてしまって……。

[Alma] あ、あの、杏里様……?

[Narration] 嘆息とともに、ガウンの襟から絶妙に差し入れられた杏里の手が、アルマの鎖骨と肩をなでる。

[Anri] ここでキミに体にもしものことがあったら、キミと、キミの忠実な侍女の方に申し訳がたたない。さあ、ベッドの方においで。その冷えた身体を、ボクの手で温めてあげるよ。

[Alma] あ、あの、その……。

[Narration] アルマの手をとって立ち上がる杏里。二人が座っていた鏡のすぐ後ろには、毎夜、アルマを優しく包み込んでいるベッドが主を待っている。

[Narration] そこに、今夜、客が一人加わり、アルマに極上の夢を見せようというのだ。ベッドになんの異存があろうか。

[Anri] さあ、身も心も、とろけるように熱くしてあげるよ……。

[Wells] お嬢様! 申し訳ありません、ただいま、もどりました。

[Anri] えええっ!?

[Alma] まぁ、ウェルズさん。

[Anri] そんなぁ! なんでこんなタイミングで帰ってくるんだろう!

[Wells] おや、どなたかお客様ですか、お嬢様?感心しませんね、こんな夜更けに……。

[Anri] わわわ、どうしよう……?

[Alma] どどど、どうしましょう……?

[Anri] ちょ、ちょっとだけ、ウェルズさんの注意をひきつけていてくれるかな?

[Alma] え、ええ、やってみます。

[Anri] お願い! それじゃ、今日は楽しかったよ。あとちょっとでものにできたチャンスも、次へのステップだと思うことにするよ。

[Alma] は?

[Anri] いやいや。うん、今日はその素敵な髪の手触りだけで満足できたってこと。それじゃ、おやすみ、アルマ。風邪などひかないようにね?

[Alma] はい、杏里様も、おやすみなさい。

[Anri] おやすみ、よい夢を。

[Wells] お嬢様? いらっしゃるならお返事を……。

[Alma] ご、ごめんなさい、ウェルズさん。ちょっと音楽を聴いていたものですから……。

[Wells] 音楽?はて、何もかかっていないようですが……。

[Alma] い、今、ちょうど終わってしまって。

[Wells] そうですか。ちゃんとご主人様がお薦めいただいた曲を聴いておりますか? わたくしには、お嬢様を誤った知識から守るよう、ご主人様から厳命をいただいているのです。

[Wells] ロックだのパンクだのは、学歴のない人生の落伍者が自己を正当化させるために、体制への反抗を掲げているだけだというご主人様の教えを忘れてはいけません。

[Wells] このあいだのように、いくらご学友とはいえ、勝手にCDの貸し借りなど……。

[Alma] え、ええ……。

[Narration] はからずも、ウェルズの注意がアルマだけに向いている隙をついて、杏里は素早い動きで部屋の隅を、大きくこそこそと、迂回して入り口へとたどり着く。

[Anri] (おやすみ、アルマ!)

[Narration] 不安げにウェルズごしに杏里を見つめるアルマに、キスとウィンクを投げて、杏里は部屋を後にした。

[Anri] ああ、惜しかった! あとちょっとだったのに!

[Narration] そうは言いながらも、杏里は先ほどまでアルマの流れるような髪に触れていた指先を見つめる。

[Anri] ……うん、でも、今夜は十分、楽しかったな。あの髪を、今度はベッドのシーツの上に広げて、指を這わせることができたなら……。

[Narration] くふふ、とほくそ笑む杏里の背筋に、つつつっと震えが駆け上がる。

[Anri] ぶるる……! ああ、忘れてた。ボクもお風呂上がりだっけ。

[Anri] ……クシュン! うう、冷えてきた。アルマにああ言っておいて、ボクが風邪をひいたら、ちょっとカッコ悪いな。

[Anri] もう一度、お風呂に入って、よーく温まってから寝よっと。

sapphism_no_gensou/2801.txt · Last modified: 2013/06/01 22:49 (external edit)