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sapphism_no_gensou:2724

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[Narration] ──あのガラ・パーティーから、もう一週間がすぎた。

[Narration] ビジタークラス上陸のため陸地に接近していたH・B・ポーラスターも、また遙かな海原を疾駆しており、周囲を見回しても、どこにも島影は見えない。

[Narration] 杏里・アンリエットはすでに見慣れて久しい、きらめく波間を見つめながら上機嫌であった。

[Anri] 綺麗だなぁ……。ねえアルマ、かなえさん。

[Alma] ええ、そうですね……。

[Tenkyouin] ………………。

[Anri] どうしたのさ、かなえさん?

[Tenkyouin] ……本当に、あれでよかったんだろうか?

[Alma] ウェルズさんのことでしょうか?

[Narration] 杏里とアルマは顔を見合わせた。

[Narration] あれから結局、杏里はウェルズをすべての元凶として学園長につきだした。

[Narration] 学園長は何も言わず彼女の身柄を預かり、強制退船させた。──もう一週間も前の出来事だ。

[Narration] 彼女が自分の罪を素直に認めたとも、また天京院の名前を出さなかったとも思えないのだが、学校側は事件解決の姿勢をとって沈黙している。

[Narration] 天京院にも、何の咎めもなかった。

[Alma] よろしいんじゃないでしょうか。ウェルズさん以外は、みんな丸くおさまったわけですし……。

[Anri] そうそう。あのばーさんの人生が終わったぶん、ボクらは青春を楽しまなくちゃ。

[Narration] 一部被害者の親からウェルズに向けて刺客が放たれたというのは、未確認ながら信憑性のある噂として学生の間に流れている。

[Tenkyouin] ……君ら、そろいもそろってひどい奴らだ。

[Anri] そうかな?

[Alma] 罪を憎んで人を憎まず、ですわ。

[Tenkyouin] ぜんぜん用法が違う。

[Alma] ──あら?

[Narration] 波は穏やか、天気は上々。杏里は空を振り仰いで、太陽の眩しさに目を細めた。

[Anri] もういいじゃないか。かなえさんは、ちゃんと女の子たちに謝ったんだから。

[Alma] みなさんがお許しになったのですから、天京院様も、いつまでも苦しまないでいいと思います。

[Tenkyouin] ……そりゃあ、あたしだって、理屈ではそう思うさ。

[Narration] ウェルズが居なくなり、学園が事件の解決を宣言した後──。

[Narration] 天京院は、実際に被害にあった──つまり天京院が襲った──女の子について、ひとりひとりに真実を語った。

[Narration] 杏里は止めたが、それで告発されたならあらためて責任を取るという、それは彼女なりのけじめのつけかただった。

[Narration] だが天京院の決死の覚悟と裏腹に、なぜか被害者はほとんどが彼女に同情的だった。

[Narration] ひょっとすると、杏里・アンリエットの名前が微妙に作用したのかもしれない。

[Tenkyouin] ……ひょっとして杏里にやきもきさせられてる女の子というのは、あたしが思ってるよりずっと多いんじゃないだろうか……?

[Anri] ……え、なにー?なんか言った、かなえさん?

[Narration] 思わず洩れた呟きを聞きつけられて、天京院はあわてて首を振る。

[Tenkyouin] なんでもないよ。

[Alma] ……でも、もしかしたら、そうなのかもしれませんね。

[Narration] ぽつり、と何気ないアルマの一言に、また天京院はぎくりとする。

[Narration] アルマは、でも仕方ないですわ──とでも言いたげな視線を天京院に向けていた。

[Narration] 天京院はつい苦笑してしまう。

[Anri] なんだい、ふたりで。やらしいなー。

[Tenkyouin] いいんだよ、きっと杏里には理解できないし……それに、それだから君は杏里なんだから。

[Alma] ええ。

[Anri] ……ん〜?ぜんぜんわかんない。

[Narration] 首をひねって──杏里はすぐ考えるのをやめた。

[Narration] 彼女は、自分をかえりみるという行為をこの短期間に何度もするようなタイプではなかったのだ。

[Anri] とにかくこれで、また平和が戻ってきたわけだし。

[Tenkyouin] 平和……ねぇ……。

[Anri] どうしたのさ、難しい顔しちゃって。あー、なんかお腹空いたな。何か食べにいかない?

[Tenkyouin] ……あんたは確かに平和だわ。

[Anri] ──ん?

[Narration] アルマが笑いながら杏里の手を取った。

[Alma] 行きましょう、杏里様。

[Soyeon] 天京院先輩〜!

[Aisha] あの……天京院さん……!

[Narration] 購買部通りへ向かっていた杏里たちは、カリヨン広場でソヨンとアイーシャに呼びかけられた。

[Narration] 天京院が顔色をかえる。

[Tenkyouin] うわっ!?や……やばいっ!!

[Soyeon] 天京院先輩、もしお暇だったら、これから乗馬でもご一緒しませんか?

[Aisha] あの、購買部通りのカフェに新しいメニューが入荷したらしくて……。

[Tenkyouin] あ、いや、えーと……あたしは、そのー……。

[Narration] ソヨンらに言い寄られて困惑している天京院を見て、アルマは目を丸くした。

[Alma] どうしたのですか、あれ?

[Anri] あー、あれ?

[Anri] なんかね……なつかれちゃったみたい。

[Soyeon] 天京院先輩!

[Aisha] 天京院さん!

[Narration] 杏里なら両手に花と歓喜の声をあげるのだろうが、天京院はひたすら困ってふたりをなだめるだけである。

[Narration] 時折、助けを求めるように視線をとばしてくるのだが、杏里はあえて無視していた。

[Anri] 誠心誠意、謝ったのが良かったのか、それとも実はかなえさんのテクニックがそんなにすごかったのか知らないけど……。

[Anri] いまや襲われた女の子のほとんどが、かなえさんのファンになっちゃったみたい。

[Alma] まあ、そうなんですか。

[Narration] 甘い歓声につつまれる天京院を見て、杏里は小さなため息をついた。

[Anri] ……いいなあ、かなえさん。

[Alma] ──何か言われましたか、杏里様?

[Narration] 咎めだてるような声の調子に、あわてて杏里は首を振る。

[Anri] あっ、いや何でもないよアルマ!

[Alma] ……そうですか?

[Narration] まだ疑わしげにしていたアルマは、やがてこれまでの彼女からは想像もできない、小悪魔的な笑みを浮かべた。

[Alma] ねえ、杏里様。いずれ学園を卒業したら、わたしの国に来られませんか?

[Anri] え……うん、別にいいけど。きれいなところなんだよね。

[Alma] はい、それはもう……。森の緑と湖の青さに恵まれた、とてもきれいな国です。

[Alma] それに……。

[Anri] それに?

[Alma] わたしの国でしたら、その、女性同士でも結婚できますし。

[Tenkyouin] なにいっ!?

[Narration] 唖然とする杏里より先に悲鳴をあげたのは天京院だった。

[Anri] け、けけけ、結婚っ!?

[Alma] はい。

[Tenkyouin] いや、いかん杏里!結婚は人生の墓場だ!ぜったいそーだ!

[Soyeon] えー、結婚は女の子の夢ですよ、天京院先輩。

[Tenkyouin] 君はだまってなさい!

[Alma] 一緒に来ていただけますよね?

[Anri] あ、あはは……え、えーと、ええと……。

[Alma] お嫌なんですか……?

[Anri] いや、……あ、いやじゃないけど、えっとでも、ねぇ……!

[Alma] あ・ん・り・さ・ま・!

[Anri] は……ぷっ、あはは、あはははは……!

[Narration] アルマの挑戦的な視線に、愛される幸福と怖れを感じながら──。

[Narration] 杏里は、これからの学園生活を想って笑いがこみあげてくるのを我慢できなかった。

[Narration] 思えば天京院の嫉妬からはじまった裏切りと悲しみの数週間だったのだ。

[Narration] それが、結果としてこんな楽しげな状況を生み出すとは、誰が想像できただろう。

[Narration] いつも常套句として口にする「運命」という言葉に思いを馳せながら、杏里は心の底から歓声をあげた。

[Anri] アルマ、それにかなえさんも──。ううん、この学園すべての人と──。

[Anri] ボクは、出会えてよかったよ!

sapphism_no_gensou/2724.txt · Last modified: 2013/06/01 22:49 (external edit)