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sapphism_no_gensou:2722

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[Anri] う……?

[Narration] 深淵から意識が浮かび上がろうとすると、激しい目眩と吐き気に襲われた。

[Anri] (あ……れ……ボクは?)

[Anri] (そうか、誰かに殴られて……)

[Narration] 急激に記憶が呼び戻された。

[Narration] 杏里は重しをつけられたようにだるい目蓋を強引にこじ開ける。

[Anri] かなえさんっ!?

[Narration] 最初に視界へ飛び込んできたのは、無表情な天京院の顔。

[Narration] 跳ね起きようとした杏里は、自分が衣服をはぎ取られ、戒められていることを知った。

[Narration] どうやらここは化粧室らしい。化粧室といっても、普通一般のトイレとはまったく様子が違う。

[Narration] 欧米の一流ホテルや企業にあるような、談話室を兼ねたレストルームだ。杏里はそこの、化粧台に乗せられているらしい。

[Anri] かなえさん……どういうこと?

[Narration] 天京院は答えない。あくまで表情を崩さず、ただ瞳の底に業火のごとき煌めきだけをのぞかせて杏里を見つめている。

[Anri] かなえさん、答えてよ……。

[Narration] 呼びかけながら、杏里は天京院の股間に屹立する禍々しい凶器に気がついた。

[Narration] 黒光りするそれは男性器を模した張り型で、いかなる用途に使用する物かは一目瞭然である。

[Anri] ボクを……レイプするの?

[Narration] 怯えも興奮もなく、むしろ静かな口調で杏里は尋ねた。

[Anri] 他の女の子にしたように、ボクを……?

[Narration] 天京院の表情が動いた。

[Narration] それは、かつて杏里が一度も見たことがないような、酷薄な笑みであった。

[Narration] 無言で杏里の胸を掴むと、天京院はそれを文字通りねじりあげた。

[Anri] ──くうぅぅぅっ!

[Narration] 痛みに耐えかね、杏里が苦悶の声をあげる。愛撫などではない、ただの暴力に、杏里の顔が歪む。

[Anri] かなえさん、どうして!?なんで、こんなことをしなくちゃいけないんだ!?

[Anri] わからないよ!ボクが嫌いなの!?

[Tenkyouin] ──なものか……。

[Anri] ……え?

[Narration] はじめて、天京院の唇が動いた。

[Narration] かすかな呟きを聞き漏らすまいと、杏里は耳をそばだてる。

[Tenkyouin] 嫌いなものか……逆だよ、杏里。

[Narration] 高まる感情を押さえつけたような口調で、天京院は言葉を絞り出した。

[Tenkyouin] 愛してる、杏里……。

[Narration] 酷薄な笑みはそのまま、あまりにそぐわない台詞を吐き出す。

[Anri] 愛してる……?

[Narration] 杏里にしてみれば、実に聞きなれた、そして語りなれた言葉である。

[Narration] だが、いま天京院の口から放たれた一言は、まるで初めて聞く単語のように杏里の脳裏へ響き渡った。

[Tenkyouin] いつからなのか自分でもわからない。

[Narration] 重大な告白を終えて口が軽くなったものか、天京院は言葉を続けた。

[Tenkyouin] 杏里が他の女の子の話を自慢げにするたび悲しくなった。杏里が訪ねてくるだけで気分が浮ついた。

[Tenkyouin] 杏里の顔を見てるだけで幸せになる気がした。杏里の声を聞いているだけで幸せになる気がした。

[Anri] かなえ……さん……。

[Tenkyouin] 馬鹿みたいだろ、杏里?

[Tenkyouin] あんたが年上に興味ないって言うたびに、そんなことであたしは、胸が締めつけられる思いに駆られてたんだ!

[Narration] 抑えていた感情が、堰を切ったように流れ出し始める。

[Tenkyouin] あんたが部屋に来るだけで、どれだけ心が弾んだか!

[Tenkyouin] あんたが部屋から去ってしまっただけで、どれだけ寂しい想いをしたか!

[Tenkyouin] それでも……それでも、いまの関係だけは壊したくなくて、必死に悟られないようにして……!

[Anri] ボクは……ボクは、ぜんぜん気がつかなかった……。

[Narration] 杏里は呆然とした。

[Narration] もともと、そうした感情に疎い方ではない。むしろ敏感にキャッチする感性を備えている。

[Narration] たとえ年上だから対象外だとて、それだけの思いを抱えた人間が近くにいてそれに気がつかなかったというのは、杏里にとってもショックだった。

[Tenkyouin] それでもいい、と……納得しようと思っていたんだ。

[Narration] 天京院の口調はやや落ち着いたが、逆に底知れぬ感情が潜んでいることを感じさせた。

[Tenkyouin] 杏里が次々に女の子へ声かけてるのを見ていて、ああ、自分は友達でいい……それでいいんだって、考えてたよ。

[Tenkyouin] あのことに……気がついてしまうまでは……。

[Narration] 天京院は言葉に詰まった。何を言われるのか、怪訝そうに杏里が見守る。

[Tenkyouin] 杏里……あんた、あんた……。

[Tenkyouin] あんた、遊びじゃないだろう!声をかけた女の子、みんなに本気になってるだろう!?

[Narration] 絞り出すような声。杏里はしばし唖然として、あわてて口を出す。

[Anri] そんなの……あたりまえじゃないか!

[Anri] ボクは遊びで女の子と寝たりしない!本当に愛しいと思うから、本気で好きになるから、愛を語るんじゃないか!

[Tenkyouin] 遊びだったら、どんなにあたしは救われたか──!

[Narration] 杏里の弁明を鋭い口調がさえぎった。

[Tenkyouin] 杏里は遊びじゃなく、本気で女の子を愛している。あたしは……友達であるあたしは別に特別な存在じゃない。そう、気がついたんだよ!

[Narration] ──あるいは、友達であっても、それこそが特別の存在であったなら、許せたかもしれない。

[Narration] だが杏里にとって子猫ちゃんたちは単なる快楽の道具ではなく、自分の心の一部を与えた恋人だった。

[Narration] 友人である自分には与えていない、心の一部を与えた──。

[Narration] 天京院を追いつめたのは、その事実だったのかもしれない。

[Tenkyouin] ねえ杏里……どうして年下なんだい?生年月日の1日やそこらに、どうしてそこまでこだわるんだ?

[Anri] そんなの……わからないよ。

[Narration] 杏里は口ごもった。

[Anri] かなえさんには前も言ったけど、こればかりは……ボクがそういう人間なんだとしか思えない……。

[Anri] 年上だって思った瞬間、そういう気がきれいさっぱり消えちゃうんだ。

[Anri] 理由なんて、ボクにだってわからないよ。

[Tenkyouin] ──かく、杏里・アンリエットはのたまいき……。

[Narration] 天京院はくっくっ、と喉の奥で笑った。それはどこか疲れていて、年老いた感じがただよっていた。

[Tenkyouin] そう、杏里は悪くない……だって杏里はそういう人間で、あたしはそういう杏里を好きになってしまったんだから。

[Tenkyouin] 悪いのは、杏里を好きになってしまった、あたしだ……。

[Anri] かなえさん、そんな……。

[Narration] 天京院が首を振った。酷薄な笑みが、また戻ってきていた。

[Tenkyouin] 友達のままでいれば良かったのに、それに我慢できなくなった、あたしが悪い……。

[Anri] かなえさん……じゃあ、女の子を襲ったのは……。

[Tenkyouin] ……嫉妬……かな、やっぱり。

[Narration] 天京院は、自分の心を探るようにした。

[Tenkyouin] 杏里に愛されそうな女の子が、無性に憎くなって……いや、最初はもっと別の理由があった気もする。

[Tenkyouin] そのうち、杏里と競争しているような気になって……なんだか楽しかったな……。

[Anri] 間違ってるよ、そんなの……。

[Tenkyouin] わかってるさ。自分じゃもうちょっと賢いつもりだったんだけど、あたしは救いようのない馬鹿だよ……。

[Narration] 自嘲気味につぶやく。杏里は痛みも怒りも忘れたように天京院を見つめた。

[Tenkyouin] ……そんな顔をしなくていいよ。

[Narration] 天京院の声の調子がかわった。

[Narration] 何かを覚悟したように杏里を見る。

[Tenkyouin] 杏里は退学になんてならない。あたしが自首するから……。

[Anri] なんだって!?

[Tenkyouin] 賭けだったんだ。杏里があたしに気がついてくれたら、いさぎよく身を引こう……ってね。

[Tenkyouin] あんたの勝ちだよ、杏里。

[Narration] 敗北を宣言しながら、天京院の様子にはどこか威圧的な部分が残っていた。

[Narration] 杏里が眉をひそめる。

[Anri] 賭け……って、ボクの勝ち……って、こんなの、ひどいじゃないか、かなえさん!

[Tenkyouin] ひどいのは、これからさ。

[Narration] 杏里はハッとした。天京院の酷薄さが一層増したように見えた。

[Tenkyouin] これでお別れだ、杏里。だからせめて……。

[Anri] かなえさん……?

[Tenkyouin] せめて……ずっと覚えていてほしい。そして、嫌われるならいっそ、思いきり憎まれてしまいたい……。

[Narration] 杏里の乳房を握る手に、ふたたび力がこもっていく。杏里の背筋が冷たくなる。

[Tenkyouin] 杏里、あんたを滅茶苦茶にしてやるよ。

sapphism_no_gensou/2722.txt · Last modified: 2018/05/22 17:15 (external edit)