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sapphism_no_gensou:2051

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[Narration] 誰か個人に会いたくて捜すとき、この船は広すぎてなかなか難儀である。

[Narration] せめて授業に出ていれば、休み時間を利用して約束を取り付けることもできる。

[Narration] しかしいまの、杏里の立場では、常に使える手段というわけにもいかない。

[Narration] 後ろ指をさされ、悲鳴をあげて逃げられ、ついでにPSからも身を隠しつつ、ようやくアルマの居所を教えてもらうのに、杏里は一時間も無駄にしてしまった。

[Anri] ああ捜したよ、ボクのアルマ!

[Narration] 杏里に呼びかけられ、誰かと話していたアルマはそちらを振り返り、にっこりと笑った。

[Alma] まあ、杏里様。ちょうどいま、杏里様のお話をしていましたのよ。

[Anri] へえ?

[Sophia] 杏里、今回は難儀な事件に巻き込まれましたね。真犯人を見つけるのですって?

[Anri] あ、ソフィア先生。

[Narration] ──ソフィア・アウストリッツ。杏里にしては珍しく、その年老いた自分より年上の教授の名前は、すぐ口をついて出た。

[Narration] 厳しい審査に合格した一流職員のみで構成されるこの学園の教師の中でも、一風変わったこの老教授は、異端といっても良い異彩を放っている。

[Narration] 世が世なら貴族と呼んでもいい名家の出身でありながら、若い頃から世界中を旅して歩き、冒険家として、また天文学者として、その冒険談はなかば伝説となっていた。

[Alma] アウストリッツ先生も、杏里様は暴行事件の犯人ではないと言っておられるんです。

[Sophia] 少なくとも、それを示唆する証拠はないと言っているだけよ。

[Narration] ソフィア教授はやんわりとした口調でアルマの言葉をあらためた。

[Anri] いやあ、証拠のことを考えてくれるだけでも、他の先生とは違いますよ。

[Anri] なにせ話を聞いてると、誰が犯人かわからないから、とりあえずボクにしておこう、みたいに言われてるらしいですからね。

[Alma] 罪を憎んでも人を憎んではいけませんよね。

[Anri] ……アルマ、だからボクは犯人じゃないんだってば。

[Alma] ──?

[Sophia] そうねえ……。

[Narration] 考え込むようにソフィア教授がつぶやく。

[Sophia] 確かにこの事件、杏里が犯人とは思えない部分がたくさんあるわ。

[Anri] そうなんですか?だったらぜひ教えてくださいよ、ボクの無実を証明するためにも!

[Sophia] あまり一般の学生には知られていないことだけれど……。

[Sophia] これまで被害に遭った子のひとりは、職員の専用回線で呼び出しを受けた外出先で襲われいるのよ。

[Anri] えっ! じゃあ先生の中に犯人が!?

[Sophia] そんな単純なものでもないわ。職員側の回線記録にそんな呼び出しはなかったから、おそらく何者かに侵入されたのね。

[Alma] 電話回線にハッキングした……ということでしょうか?

[Alma] 職員回線を中継して……?

[Sophia] そう。困ったことにこの船はね、外部からの侵入や攻撃には非常に堅固なのだけど、内部への対策は穴だらけなのよ。

[Alma] けれど、回線への侵入なんて大胆な真似をしたら、どこかに足跡が残るものではないんですか?

[Sophia] この学園には、たくさんの「天才」が乗り込んでいるのよ。

[Sophia] それこそ、いま言った程度の細工なら、簡単にやってのける者はいくらでもいるでしょうね。

[Sophia] 学園執行部やPSが喧伝しているほど、彼らは船内を把握していない。

[Sophia] これまでは、そうした「天才」たちも、大きな騒ぎにならないよう自粛していただけにすぎないわ。

[Sophia] 今度のことだけでなく……いずれ、問題にはなったでしょうね。

[Alma] じゃあ、それだけではまったく犯人を特定できないんですね。

[Sophia] そう……そして、杏里。

[Anri] え、あ、なんでしょう?

[Sophia] いまの会話はわかったかしら?

[Anri] え、えーと……つまり、電話を使った奴の足跡が残っていないということで……。

[Anri] ──犯人は幽霊?

[Narration] ソフィア教授はひっそりとため息をついた。

[Sophia] だから、やっぱり杏里にこの犯罪は無理だと思うのよ。

[Anri] はあ……。

[Sophia] もしそれが演技で、私も騙されているのなら、それこそ絶対に尻尾なんか掴ませないでしょうからね。

[Alma] 先生は、犯人は尻尾のある人だとお考えなんですか?

[Sophia] ──

ありません。アルマ、貴女ももう少し、杏里とは別の意味で常識を身につけるべきですね。

[Alma] はい……申し訳ありません。

[Sophia] その件だけに限らず、犯人は常にPSの裏をかく計画的な犯行を行っています。

[Sophia] ……この犯人は、おそらくかなり頭が良い人でしょうね。いえ、こんな事をするだけでも、とても頭がいいとは言えないかもしれないけれど。

[Anri] ………………。

[Sophia] あら、もうこんな時間。ごめんなさいアルマ、長々と話してしまって。

[Alma] そんな、とんでもありません。わたしの方こそ、お引き留めしてしまいました。

[Sophia] じゃあね。杏里も頑張って。

[Anri] はい、ソフィア先生。ありがとうございます。

[Narration] ソフィア教授は静かな、しかし、しっかりとした足取りで立ち去った。

[Narration] 後には杏里とアルマが残る。

[Anri] ……ふーっ。

[Alma] どうしました、杏里様?

[Anri] いや、なんかあの先生の前に居ると緊張するんだよね。……なんでかな、他の誰と会ってもこんなことないのに?

[Narration] 杏里は首を傾げたが、わからないものはわからないと早々に考えるのをやめた。

[Anri] いや、けどアルマ。キミって頭が良かったんだねえ。

[Alma] えっ!?ど、どうしてですか……?

[Anri] だってソフィア先生の難しい話を平気で理解していたじゃない。

[Alma] 別にそんな、難しい話なんて……。

[Narration] 恥ずかしそうに口ごもる。実際それは、杏里がそういった方面にまったく興味がないからにすぎなかった。

[Alma] それにわたし、地理や外国語以外の成績、とっても悪いんです……。

[Anri] そうなの?

[Alma] ええ……暗記問題はけっこうできるんですけど……。

[Alma] その……ここに来てはじめて習うものが多くて……。

[Anri] え? それはどういう──?

[Wells] ──お嬢様!

[Wells] さあ、そろそろ戻らないと。

[Anri] ええっ! そりゃないよ、せっかくこれから……。

[Wells] お嬢様は謹慎中であるはずの杏里様と違って忙しい身です。無用な誘惑はやめてください!

[Anri] ああ、なんてことだ。こうして恋人達の短い逢瀬もはかなく引き裂かれて……。

[Wells] さ、お嬢様。馬鹿は放っておいて参りましょう。

[Alma] まあ、ウェルズさん。杏里様は馬鹿ではありませんわ。

[Wells] ──失礼いたしました。では学業成績が低レベルの杏里様は放っておいて、さあ参りましょう。

[Alma] ──?あ、では杏里様、また。

[Narration] ウェルズにせかされて小走りに去るアルマの背中を見送って、杏里はがっくりと肩を落とした。

sapphism_no_gensou/2051.txt · Last modified: 2013/06/01 22:49 (external edit)