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sapphism_no_gensou:2041

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[Narration] ウェルズに紙幣を握らせて退出願うと、杏里はようやくほっとして図書館の中を見回した。

[Narration] アルマが休みの時間を利用してよくここに来ているというのはクローエから聞き出した情報だ。

[Narration] 紙とインクからしみ出す独特の匂いに包まれた館内を歩いていく。

[Narration] 杏里はどちらかといえば、そう本を読む方でもない。ここに来るのは、それこそクローエら知り合いに会いに来る時ぐらいだ。

[Narration] 背の高い本棚に囲まれているため、照明があってもなお薄暗い閲覧室の先で、アルマは共用机に座って調べ物に夢中になっていた。

[Anri] 調べものかい、アルマ?──うん、そうして本に囲まれていても、キミは絵になるな。

[Alma] ……まあ、杏里様。

[Narration] アルマは熱心にのぞき込んでいた本から顔をあげて、にっこりと微笑んだ。

[Alma] 杏里様も何か調べ物ですの?

[Anri] いや、ボクは……。

[Narration] 言いつつ、杏里はアルマの積み上げた本に視線を走らせた。

[Narration] 図鑑や歴史書、それに何冊かの分厚い研究書らしきもの。

[Narration] あまりに専門的な本のタイトルに、ちょっと首を傾げる。

[Narration] 杏里はまだ、それほどアルマをよく知っている訳ではない。

[Narration] が、その専門書の山は彼女のイメージにそぐわない気がした。

[Anri] ずいぶん勉強熱心なんだね……知らなかったよ。

[Alma] あ、これ……ですか?別に勉強しているというわけではないんです。ただ……。

[Narration] アルマは頬を赤らめ、首を振った。

[Alma] わたし、その、自分で言うのは恥ずかしいのですけど、世間知らずなんです。

[Anri] 知ってる。

[Narration] 思わず口にして、杏里はあわててうち消した。

[Anri] ──あぁいや!世間知らずって……?

[Alma] その……どうも、皆さんが常識として知っていらっしゃることで無知なことが多いもので……。

[Narration] 自分でもどう説明したものか悩んでいる風に、アルマは話し出した。

[Alma] つまり、どうも常識を知らないらしくて。

[Anri] ふぅん。

[Alma] ですから、まず基礎から勉強し直して、常識的な教養を身につけようと思っているんです。

[Narration] 杏里はアルマが最前に読んでいた本のタイトルを見た。

[Anri] それで、あのうアルマ……。それが、常識的な教養を身につけるための基礎知識……なのかな?

[Alma] ええ。杏里様、実は旧石器時代には一部でもう稲作が始まっていたという記録が……杏里様?

[Anri] アルマ……基礎というのは、そういうやたら昔のことをほじくり返すんじゃなくてね……。

[Narration] 得意そうな顔で説明をはじめたアルマにはたしてどう説明したものか、杏里は頭を抱えた。

[Anri] ……おそらく、キミに欠けている常識というのがあるとしたら……それはそういう、学問的な知識とか、そういうものじゃないと思うよ。

[Alma] はい

……

それでは、どうすればいいのでしょう?

[Anri] キミに必要なのは、悪い言い方をすればもっと下世話な……つまり、友達とかと色々な話をすることだ。

[Narration] それを聞くと、アルマはふと、哀しそうに目を伏せた。

[Alma] それは……わたしもそう出来れば……。けれどウェルズさん、というよりお父様がお許しにならなくて……。

[Anri] 友達と話すのを?どうして?

[Narration] わからない、という意味なのか、アルマは首を振って答えた。

[Alma] ですからわたし、他の女の子と比べて自分が変だという自覚はあるのですけれど……どうしていいのか、わからないんです。

[Anri] うーん……。

[Narration] 杏里は、彼女には珍しく、苦悩に満ちた顔つきで呻いた。

[Narration] アルマの天然ボケと思っていた言動は、実は意図的に歪められたものではないのだろうか。

[Narration] 友達との会話さえ制限されているようでは、常識知らずに育つのも当たり前である。

[Narration] 箱入りどころか、ほとんど隔離されて育ったようなものだ。

[Narration] そして天京院の推理(?)によれば、それは今のアルマにとって、別の危険も意味する。

[Narration] ただでさえこの学園に集まった「お嬢様」達は、自分の身を自分で守る──という意識に欠けている者が多い。

[Narration] その極めつけのような少女に、はたして暴行犯が彼女を狙っているかもしれないという危機感を認識させられるだろうか?

[Narration] まして性のなんたるかも知らない、自分が襲われたとして具体的に何をされるかもよく理解していない彼女に。

[Alma] あの、杏里様?

[Narration] 自分の思考に沈んでしまった杏里を、アルマの心配そうな声が引き戻した。

[Alma] どうしたのですか?……具合でもよろしくないのでは?

[Anri] ううん、平気さ。ちょっと考え込んでただけ。

[Anri] ……

ねえ、アルマ。

[Alma] はい。

[Anri] ボクがキミに会ったのは、これはきっと運命なんだな。

[Alma] はい

……

はい?

[Anri] 何も知らないキミに、正しい知識を教えるべく、運命がボクをもたらしたんだ。うん、きっとそうだよ。

[Alma] え……あの……。

[Anri] ボクはキミに、愛の何たるかを教えるため遣わされた天使──そう思わないかい?

[Alma] ……よくわかりません。

[Anri] でもそうなんだよ!──だとしたら、こうしちゃいられない。

[Anri] とにかく一刻も早く二人きりになれる場所に行こう! 大丈夫、二時間もあればだいたいは教えてあげられると思う。

[Alma] あ、あの……?

[Anri] 初めてだしベッドがあった方がいいよね?シャワーもすぐ使えた方が……すると、やっぱボクの部屋かな。

[Alma] あの、杏里様?

[Anri] うん、細かいことは後で考えればいいや。善は急げというし、行こうアルマ!

[Wells] ──時間です。

[Anri] うわぉう!

[Wells] まるで妖怪を見たかのような悲鳴をあげないでいただきたい。

[Wells] 杏里様、お時間となりました。これ以上はアルマ様と無用の会話をなされないようお願いいたします。

[Anri] ──いや、そこを何とか。二時間だけ、ボクとアルマをふたりきりにしてもらえないかな?

[Wells] いくらわたくしでも、悪魔の爪にみすみすお嬢様を捕まえさせるわけには参りません。

[Wells] お帰りにならなければPSを呼ばせていただきます。謹慎中の杏里様にはつまらない事になると思われますが?

[Anri] う……。

[Narration] それを言われると杏里は立場が弱い。

[Narration] 楽天的な彼女は、たとえPSに強制連行されたところで脱走の方法などいくらでもあると思ってはいる。

[Narration] が、イライザに迷惑がかかるのはいただけない。

[Anri] ……わかったよ。アルマ、またね。

[Alma] あ、はい──。

[Wells] ごきげんよう、杏里様。

[Narration] アルマが何か言おうとしたが、ウェルズは素早くそれを遮ってしまった。

[Anri] (仕方ない……でも、いずれ……と考えるなら、本気でウェルズ対策は必要だ)

[Anri] (なんだか悩みの種は増える一方のような気がするなぁ。ボクは悩むの苦手なんだけど……)

sapphism_no_gensou/2041.txt · Last modified: 2018/05/22 17:15 (external edit)