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sapphism_no_gensou:1801

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[Anri] やぁ、ソヨン……。

[Narration] 朗らかな声で更衣室の扉を開けて、中に一歩を踏み出した杏里の鼻先を、冷たいシャワーで運動後の火照りを沈めた、白い肌をした凶器が通り過ぎた。

[Anri] やぁ、クローエ、いたんだ。

[Chloe] ええ、クラブの後の、シャワーを浴びるために。

[Anri] クラブの時間は終わったんだろ?すぐに蹴りのおさらいをしなくてもいいのに。

[Chloe] 格好の練習台があるからよ。わたしのかわいい後輩を毒牙にかけようとしている、ね。何の躊躇もなく、蹴り飛ばすことができるわ。

[Chloe] 人でなし、ろくでなし、節操なし……。

[Anri] わ、ちょ、ちょっと! 危ないよ、クローエ!

[Anri] そんなに足をあげたら……、見えちゃうよ?

[Chloe] おまけに恥知らずだわ!

[Soyeon] わわ!? 杏里さん! クローエ先輩!な、何してるんですか!?

[Narration] 膝を狙ったクローエのローキックを、杏里が紙一重でなんとかかわしたところで、ソヨンがシャワールームから現れた。

[Anri] や、やぁ、ソヨン。

[Chloe] ソヨン、さっさと体を拭いて髪を乾かしたら、着替えてこのケダモノのいる部屋から逃げなさい。

[Soyeon] だ、ダメですよ! いけません、クローエ先輩!

[Anri] そ、そうだよね、ソヨン! 事件解明に邁進するボク達の真摯な気持ちを、どうかクローエに伝えておくれ!

[Chloe] おためごかしを!

[Soyeon] ダメです、クローエ先輩!!

[Soyeon] 腰から下への打撃は、テコンドーでは反則ですよ!!

[Anri] ………………。

[Chloe] ………………。……そうね、そうだったわね。

[Soyeon] すみません、杏里さん。午後は一人で捜査されてたんですか?

[Anri] ああ、気にしないでいいよ、ソヨン。ボクと違って、キミは授業を抜けられないものね。

[Chloe] 謹慎をフリーパスだと誤解しないことね。濡れ衣で退学を免れた後、単位不足で留年しても、それは杏里の自業自得だわ。

[Soyeon] わぁ、そうすると、あたしと杏里さんと、一緒のクラスになっちゃいますね!

[Anri] ワオ、それはそれでバラ色の未来だ!

[Chloe] そうね、わたし達がサードクラスの制服に着替えた後、あなたがどういう態度に出るか見物だわ。

[Anri] ……複雑な命題を押しつけてくるね、クローエ。ああ、でも心配しないでおくれ。

[Anri] それでもキミが、ボクの愛しい子猫ちゃんであることには……。

[Chloe] その言葉を、ここで、口にしないで!

[Soyeon] ク、クローエ先輩、落ち着いて!あ、杏里さん、あたし、すぐに着替えますから!もうちょっと待っててくださいね!

[Narration] 杏里とクローエのあいだの剣呑な雰囲気を察したソヨンは、慌ててすぐ側のハンガーにかけてあった自分の制服に手を伸ばした。

[Anri] あ、待って、ソヨン!

[Chloe] 待ちなさい、ソヨン。

[Narration] そのソヨンを、杏里とクローエ、二人が同時に止める。

[Soyeon] はい? どうしました?

[Anri] だめだよ、そのままじゃ。

[Chloe] 肌の手入れくらい、ちゃんとしておきなさい。

[Soyeon] は? え? お手入れ……ですか?

[Anri] そうそう。若いうちからちゃんと気をつけておかないと。

[Soyeon] あの、でも、あたし、特に今までそういうことは……。

[Anri] クローエ、キミのを貸してあげられる?

[Chloe] いいわよ。低刺激性のものだから、特に問題ないでしょう。

[Soyeon] あ、あの、そんな、悪いですよ。

[Anri] いいからいいから。はい、そこに座って。

[Soyeon] は、はい……。

[Narration] 籐椅子にソヨンを座らせると、杏里はもう一つの椅子を引き寄せ、自分もその前に座る。

[Soyeon] あ、あの……。

[Anri] いいからいいから、ボクにまかせて!

[Chloe] 大丈夫よ。見張っていてあげるから。杏里が変なことをしたら、すぐに止めてあげるわよ。

[Soyeon] は、はぁ……。

[Anri] では、早速……。ワオ、すべすべのピチピチだね!

[Soyeon] あわわ、あ、杏里さん、く、くすぐったいですよ!

[Chloe] まじめにやりなさい、杏里。

[Anri] ウィ。お肌のお手入れ、その1。汚れはしっかり落とすこと。クローエ、洗顔フォームとって。

[Chloe] はい。

[Narration] クローエから放り投げられたボトルを片手で受け止めると、杏里は左手に絞り出した泡をためていく。

[Narration] 軽く両手をこすりあわせて、泡を左右にとりわけると、杏里はソヨンの頬に手を伸ばしていった。

[Anri] しばらくじっとしててね。

[Soyeon] は、はい……。は、うひゃ!

[Narration] ソヨンが小さな悲鳴をあげる。頬に触れるフォームの冷たい感触、その後の、杏里の指の感触。

[Narration] 杏里の指の腹が、微細な泡をまとって、頬に押しつけられる。わずかな力で肌を押し込んだまま、その指がソヨンの顔面を優しい強さで這っていく。

[Anri] 目を閉じていてね、ソヨン。

[Soyeon] は、はい……。

[Anri] いい子だ……。頬の柔らかさ、頬骨のしこり、小鼻の丸みに眼窩の危うい感触……。指先だけで感じるキミの顔もたまらなくチャーミングだね。

[Soyeon] は……、ひ……、ひぅ……。

[Anri] すべらかなおでこ、すいつくようなおとがい……。

[Chloe] 杏里、そろそろすすがせてあげなさい。その子、ずっと息止めてるわよ。

[Soyeon] ふ……、く……。

[Anri] わわわっ!

[Narration] その後。

[Narration] 洗顔の後のマッサージの際に、くすぐったさに耐えかねたソヨンの笑い声が更衣室中に響き渡ったりもしたが。

[Anri] ……あんなに笑われるとは思わなかったな。

[Chloe] 杏里が下手なのよ。

[Anri] そんなことないよね、ソヨン。

[Soyeon] は、はい、そうですよ。その、ちょっと、あたしが慣れてないだけで……。

[Anri] さ、お手入れの仕上げをしようか!ミルクを使う?

[Chloe] あれは、人によって合う合わないがあるわよ? この子、肌は丈夫そうだけど……。

[Soyeon] はひゃひゃひゃひゃひゃ。

[Narration] マッサージで血行がよくなったソヨンの頬をクローエがつまんで引っ張る。

[Chloe] 今日のところはローションだけでいいんじゃない?

[Anri] そうだね。

[Narration] 答えて、中指にまいたコットンに、杏里はローションを含ませていく。

[Anri] はい、顔を出して。

[Soyeon] は、はい……。

[Narration] 絶叫させられた先ほどのマッサージの記憶がよみがえるのか、ソヨンが顔をこわばらせる。

[Anri] リラックスして。そんなに緊張してたら、せっかくのローションもお肌にしみこんでいかないよ?

[Soyeon] は、はぁ……。

[Soyeon] ひゃっ!

[Narration] コットンをまいた杏里の指が、ソヨンの頬の上ではねた。一瞬の軽い衝撃と、後に残る冷たい感触に、ソヨンは声をあげる。

[Anri] あはは、ほんとによくはずむほっぺだ。

[Soyeon] わ、わ、わ。

[Anri] 照りつける太陽に、海を渡ってそよぐ風。ああ、洋上の貴婦人、我らが学舎ポーラースター。

[Anri] ボク達が学園生活を送るのに、これほどふさわしい場所はないけど、紫外線と潮風は、乙女心には微妙だよね。

[Soyeon] そ、そ、そうでしょうか?

[Chloe] 十代の小娘が気にすることではないんでしょうね。でも、先生方はそれなりに、気を配ってるわ。

[Soyeon] は、はぁ……。

[Anri] 若さと美しさは天からの贈り物だよ、ソヨン。毎晩、寝る前にちょっとだけ時間を使って大事にしても、バチは当たらないよ。

[Narration] 杏里はポンポンとソヨンの顔中をコットンで叩いていく。

[Narration] 指がソヨンの肌の上で弾むたび、細かな水滴が香りを帯びて飛び、それもまた、瑞々しい肌に吸い込まれていくようだった。

[Anri] もう、くすぐったくない?

[Soyeon] あ、はい。平気です。いえ、杏里さん、とても上手です。

[Narration] まぶたを優しくおさえられ、目を閉じてソヨンは答える。

[Chloe] お世辞なんて言わなくていいのよ、ソヨン。

[Soyeon] お世辞じゃないですよ!杏里さんの指、とっても気持ちいいです。

[Anri] …………ワオ。

[Chloe] ………………。

[Soyeon] あ、あの、あたし、なにか変なこと、言いました?

[Anri] ううん、最高の褒め言葉だよ。もっと言ってほしい、いや、言わせたいな、ふふふ……。

[Chloe] 黙りなさい、杏里。

[Chloe] もういいでしょう。それ以上やると、この子の顔がローションまみれになってしまうわ。

[Anri] ……そうだね。お楽しみの時間もこれまでか。残念。

[Soyeon] あ、ありがとうございます!

[Soyeon] すぐに着替えて、手がかり探しを……。

[Clare] ソヨンちゃーん!

[Coe] どこいったのー?

[Soyeon] あーっ! 忘れてた! あの子達と一緒に、おやつを食べに行く約束をしてたんだ!

[Anri] え、え?

[Soyeon] 杏里さん、すみません! 明日はちゃんと捜査をしますから! ごめんなさい、今日はこれで!

[Anri] え? えーっ!?

[Anri] ……あーあ……。

[Chloe] 見えなくなったわね。

[Anri] なにかこう……、やりきれないというか、消化不良というか……。

[Anri] ねぇ、クローエ、この行き場のない思いをどうしたらいいんだろう?

[Chloe] あら、杏里……。

[Chloe] 今のあなたの顔、素敵よ。

[Anri] クローエ……。

[Chloe] とても間抜けで。じゃあね。

[Narration] 言い捨てて足早にクローエは立ち去り、杏里だけが更衣室に残されることになった。

sapphism_no_gensou/1801.txt · Last modified: 2013/06/01 22:49 (external edit)