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sapphism_no_gensou:1395

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[Narration] しかし───

[Narration] レイチェルの圧倒的なナイフさばきは、たちまち鐘楼から杏里を突き落とした。

[Niki] あ…………アッ……

[Niki] 杏里ィ────────────ッ!!!

[Anri] (───っと、死ぬかと思った……っ)

[Anri] (やっぱり、カッコだけつけても強くなるもんじゃない……)

[Narration] 杏里は左腕に鋭い痛みを覚えた。

[Narration] 間一髪、手斧を手放し、鐘楼につかまって助かったものの、左腕からの出血がおさまらない。

[Narration] 弧をかいて地面に手斧が突き刺さった。

[Narration] 杏里が視界から消えると、レイチェルは、自ら起爆装置を停止した。

[Narration] そして、もうもうたる煙がせまるなか、レイチェルは、目をつぶったまま身動きできないでいるソヨンをつかみあげた。

[Narration] ソヨンの悲鳴に杏里はハッとする。

[Anri] (レイチェル───っ)

[Narration] レイチェルはダメ押しとばかりに、ソヨンを楯にして杏里に再び迫った。

[Anri] レイチェル!何が望みだ! ソヨンを離せ!

[Rachel] お前の命が望み、と言ったらここから飛び降りるか?

[Anri] 先にソヨンを上にあげろ!そうすればボクの命、惜しくはない!

[Rachel] なるほど……いい取引だ。

[Soyeon] あ……杏里さぁんっ!

[Soyeon] ごめんなさいっ、ごめんなさいッ!あたし、あたしッ……!

[Soyeon] あたしがつまらない意地を張ったせいで!

[Anri] ソヨンっ……ありがとう。感謝するよ。最後にきみの声が聞けただけで……ボクは満足だ。

[Soyeon] いやぁぁぁぁっ!こんな人の言葉を信じちゃダメ!

[Soyeon] この人は誰も助ける気なんてありません!死なないで! 杏里さん!

[Rachel] ふっ……いいじゃないか。信じさせてやれ。あいつはそういう、おめでたいヤツさ。

[Rachel] それとも……なんなら代わりにお前が死んでみるか。ファン・ソヨン!

[Anri] やめろぉっ!

[Chloe] ああっ……杏里ーっ!どうしてPSは狙撃してくれない。

[Narration] クローエは地面に突き刺さった斧を見やる。

[Chloe] こんな斧……届くもんか……っ

[Sophia] この船に、そんな卑怯者の武器は一丁だってないわ。

[Sophia] ……でもフェアな勝負とはいえないわね……どうぞ? これをお使いなさい?

[Narration] ソフィアの差し出した杖をクローエはしっかりと受け取った。

[Chloe] ソフィア先生!?……わかった。やってみる!

[Chloe] ニキ、これを持って!

[Chloe] そんなぎゅうっと握っちゃだめ!軽く、下向きのまま……そう、そのまま!

[Chloe] ちぃぃぃぇぇあああああっ!!!!

[Niki] !

[Narration] クローエの蹴り上げた杖は、ミサイルのように一直線に上昇した。

[Clare] ねらいまっすぐ!

[Coe] いっけェ!

[Mirriela] 杏里せんぱーいッ! 受け取ってェッ!

[Tenkyouin] いったぞ杏里!追加装備だ!

[Tenkyouin] まったく……たまげたキック力だ。

[Anri] オーライ! オーライ!ナァイスキャッチ!

[Anri] ……うわっ、たったったぁ!

[Narration] 身を乗り出して杖をつかみとった杏里は、バランスを崩して、ぶんぶんと腕を振り回す。

[Anri] さあ、これで五分と五分だ!

[Anri] 長さでいったら七分と三分で、ボクがダンゼン有利!

[Anri] ソヨンに傷ひとつつけてみろ!

[Anri] 絶対にボクはお前を許さない!

[Rachel] だから、どうしたっ!なんにも変わっちゃいない!

[Anri] いいや、レイチェル! まるで違う!あなたは、ボクを本当に怒らせてしまった!

[Anri] 獅子の牙より鋭いボクの怒りが、あなたを差し貫く!

[Rachel] ハッ、百獣の王を気取るか!キツネの知恵にかなうものかよ!

[Tenkyouin] 杏里、聞こえるか杏里!

[Anri] かなえさん!

[Narration] 杏里は襟元のマイクに向かってささやく。

[Anri] (このままじゃ、なぶり殺しだ!)

[Anri] (あの化け物には、普通の武器じゃだめだ!)

[Tenkyouin] どうするつもりだ!

[Anri] (ミキサーをもう一度動かして!)

[Tenkyouin] なんだって!? 正気か!?小規模爆発とはいえ、二人とも無事では済まないぞ!

[Anri] (時間が無い! ボクを信じて! かなえさん!)

[Tenkyouin] ぐぅ……っ……わかった!

[Narration] 天京院はこれだけは使いたくなかった。なぜなら、自らの発明品が破壊と殺戮の道具であると認めることになるからだ。

[Narration] 爆発させようと思って発明品を創造したことは一度もない。結果的に爆発してしまっただけだ。

[Tenkyouin] (あとにも先にもこれ1回きりにしよう)

[Narration] 天京院は手の中に、ペンシル型の小型ミキサーを取り出した。

[Tenkyouin] (これだけは使いたくなかった……)

[Tenkyouin] (暗号コード解除ミキサー。 名付けて……他爆装置)

[Tenkyouin] 秒読みするぞ! ミキサー回転!9! 8! 7! 6!

[Narration] 戦いの場を再び鐘楼の中に移し、決闘は続いた。

[Rachel] なにっ、まさか!

[Narration] ふたたび動き出した鐘楼爆弾の起爆装置の駆動音、すなわちミキサー音にレイチェルは目をむいた。

[Anri] エエイッ!

[Narration] その隙をぬって杏里は突進し、杖をレイチェルに投げつける。

[Rachel] くっ!

[Narration] レイチェルはとっさにソヨンの手を離し、飛来した杖をナイフでうち払った。

[Narration] 杖に生じた亀裂から、催涙ガスが吹き出し、レイチェルに拭きかかった。

[Rachel] くそっ! げほっげほっ!

[Narration] その隙に杏里はソヨンの身を奪い取る。

[Anri] いまだっ! かなえさん!

[Rachel] 何ィっ!

[Narration] 爆破と避難を宣言した天京院にクローエがつかみかかる。

[Chloe] ちょ、ちょっと! やめなさい!そんなことしたら……っ!

[Tenkyouin] 聞く耳持たん!あたしは杏里を信じる!2! 1! ……フラッシュ!

[Rachel] ばっ…

[Rachel] なんてバカなんだっ……!?

[Narration] 広がる爆炎にレイチェルが包まれた。

[Narration] 腕の傷の痛みすら忘れ、杏里はソヨンの腕を必死で握りしめる。

[Anri] やばっ! ソヨン、飛ぶよッ!

[Soyeon] どこへですッ!?

[Anri] 海だッ!

[Soyeon] そ、そんなァっ!?キャァァァァァッッッ!

[Anri] うっわぁぁぁ─────────…………

[Chloe] ……っ! 木っ端みじんじゃないの!あああ、お兄さまとお父様の鐘楼がぁ……っ

[Tenkyouin] ……おや?

[Narration] 予想より遙かに巨大な爆発に、天京院は目をしぱしぱさせる。

[Narration] 首をかしげ、ぽんと手を打った。

[Tenkyouin] ! そっか。そういや、あれ、元から爆弾だった。自爆装置付き自爆装置ってね……シャレで作ったの、てっきり忘れてた。

[Narration] 天才はことほどさように気まぐれである。

[Chloe] なっ……!!

[Narration] などとやってるうちに、鐘楼を構成していた巨大な破片が天空より降り注ぐ。

[Narration] カリヨン同士がぶつかりあい、断末魔の音楽を奏でながら、落ちてくる。

[Chloe] クレアッ、ミリエラ、コー!あなたたちも逃げて! ソフィア先生!ニキッ!

[Narration] ソフィアはとっくの昔に姿を消していた。

[Narration] クローエは、煙に包まれた鐘楼を呆然と口をあけて見るニキの手をとって駆けだした。

[Clare] きゃああっ

[Mirriela] ひゃあっ! ソヨンちゃんっ、杏里先輩ッ!!

[Coe] きゃぁ〜! ぼわーん! どごーん!

[Tenkyouin] いやいや、弘法も筆のあやまり。

[Narration] 気づいた時、杏里はソヨンを抱いて、洋上にいた。無我夢中で、周囲に手をのばす。

[Narration] 杏里の手に触れたのは、ボートだった。

[Narration] 杏里の部屋が吹き飛んだ時に落ちたものだろうか。なんて幸運なんだと思ったのは、そのボートがまっぷたつに折れていると気づくまでだった。

[Narration] ぎごちない動きで、ソヨンをかろうじて浮いているボートに押し上げる。

[Soyeon] ゥ……ゥゥ……ッ…………

[Narration] ソヨンは不安定なボートの中で、小さく身を縮こまらせ、ガタガタと震えている。

[Anri] (だめか……)

[Anri] (ボートが水を吸って……すこしずつ沈み始めている。なんて役に立たないボートなんだ……)

[Anri] (……ボクが手を離せば……ボートが浮いている時間は伸びるはずだ……なんとか夜明けまで持てば……ソヨンは助かるかもしれない……)

[Anri] (…………)

[Anri] ソヨン……ありがとうソヨン……キミに逢えて、ボクは…………サヨナラ……

[Narration] 杏里はそっとボートを押しだした。少しずつボートは離れていく。

[Narration] 必死に立ち泳ぎをする杏里に、波がうちかぶる。

[Narration] むせかえる杏里。そんな杏里に届く声がある。杏里は耳を疑った。

[Soyeon] 杏里さんっ! 戻ってください!

[Soyeon] ケンチャナッ!

[Soyeon] 杏里さん、あきらめたらダメですっ!ケンチャナですよ!

[Narration] ソヨンは、ボートから海へ飛び込もうとしていた。

[Anri] ソヨン、だめだっ。きみは───

[Narration] ソヨンは杏里の制止にも耳を貸さず、水音を立てて、海中へと身を投げ出す。

[Narration] 杏里はがむしゃらに水をかいてやってきたソヨンを抱き上げ、とっさにボートへと戻った。

[Narration] ソヨンはぱっちりと目を開いて、杏里を凝視している。

[Soyeon] ハァッ……ハァッ……よかったっ……杏里さんっ……あたしを置いてどこへ行くつもりだったんですか……

[Anri] ソヨン、きみ、あれだけ怖がっていたのに……!

[Soyeon] 杏里さん……愛しています……

[Anri] ……ソヨン……ッ

[Narration] ソヨンは唇を杏里に近づけ、二人は口づけを交わした。

[Soyeon] ……んっ……んん……

[Anri] ……ンン……ン……ッ……

[Anri] はぁ……はぁ……ソヨン……はじめて……キミから……求めてくれたね……

[Soyeon] はいっ……杏里さん……あたし……杏里さんを愛しています……っ

[Soyeon] 心の……底から……

[Anri] ……ボクも……キミを愛している……

[Anri] きみを失っては……もう……生きていけやしない……

[Soyeon] あたしもう、絶対に寝ぼけてなんかいません……こんな、水たまりくらいっ、へいちゃらですっ

[Anri] ……本当かな……確かめさせて……

[Narration] 二人はもう一度、今度は長い長い口づけをかわした。

[Narration] 光の糸をひいて二つの唇が離れる。

[Soyeon] ……あたしが臆病だったんです。あたしの臆病さが、杏里さんを傷つけてしまったんです……ごめんなさい……っ

[Anri] ソヨン……

[Soyeon] あたしもう、回り道をしたりしません。まっすぐに杏里さんに走っていきます。杏里さんの胸に、思い切り飛び込みたいんです!

[Anri] ああ……いつだって、きみを抱きとめるよ。杏里・アンリエットは、失うことを怖がって、愛から逃げたりは……しない。

[Soyeon] はい……あたしが間違っていました。自分の愛を裏切ることは、死んでいるも同じです!

[Soyeon] 帰るんです! ポーラースターへ!あたしたち、二人で!

[Anri] ウィ…。

[Narration] 二人は並んでバタ足しながら、励まし合い、ボートを進ませた。

[Narration] 晴れ渡った星空が助けとなってくれた。

[Narration] 二人はポーラースターが真北に進路をとっていたことを思い出し、燦然と輝く北極星に向かって、がむしゃらにボートを押し進めた。

[Narration] だが、じょじょにボートは沈み重くなり、連れて、ふたりの肉体からも体温が奪われ、感覚もにぶくなっていった。

[Narration] ボートの海面に顔を出す部分も、ほんのわずかとなってしまった。

[Soyeon] 杏里さん! しっかりしてください!

[Anri] ……ソヨン……ボクもう体が……こわばって……

[Soyeon] ホラッ……聞こえませんかっ……

[Narration] ………………

[Anri] …………

[Anri] コーヒーの切れた……かなえさん……?

[Soyeon] 何いってるんですか! 還ってきたんですよ! ポーラースターが!

[Soyeon] あたしたち、助かったんです!

[Narration] それは懐かしき学舎、ポーラースターの汽笛だった。黎明の空に浮かび上がる、白い船影。

[Narration] ライトがまたたき、モールス信号を送っている。二人にその意味はわからなかったが、こちらに気づいてくれたことだけは、はっきりとわかった。

[Anri] ……

[Narration] ソヨンは帽子を振って応えた。

[Clare] ソヨンちゃァ──────んッ!

[Clare] ヤッタァ──────ヒュゥッ!!

[Narration] 飛び上がって喜ぶクレア。

[Coe] わぁ───い!ソヨンちゃ────んッ!

[Coe] 杏里先輩も無事だよ! ミリエラ!

[Mirriela] …………ウ……ウンっ……

[Mirriela] ほ、ほらなっ……あたしの言った通りだったろ?

[Mirriela] きっと、杏里先輩が、ソヨンちゃんのこと助けてくれる……って。

[Coe] わっかんないよォ?ソヨンちゃんかも。

[Clare] もうっ、どっちでもいいじゃない!二人とも助かったんだもの!ヒャッホ──────ゥッ!

[Nicolle] すごい! ビンゴだよ、カナエ!

[Tenkyouin] ああ……きっと、この海域に現れると思ったよ。

[Nicolle] でも、どうして東のほうへ漂流しているって、わかったんだ?

[Tenkyouin] ふむ。ちょっとした推理だよ、ワトソンくん。

[Tenkyouin] あの杏里が、正しく星座を覚えているはずがない。案の定、一番明るい明けの明星と、北極星とを間違えていた。

[Nicolle] ……アッハハハっ!乙女の星に向かって一直線か!杏里らしいや!

[Tenkyouin] 二人ともうっかり者で助かったよ。もしも片方が…………ん?

[Tenkyouin] 泣いてるのか、ニコル?

[Nicolle] ヘッ……んなわけないだろ!みんなにも教えてくる!

[Narration] ドタドタと足音が遠ざかる。

[Tenkyouin] ふふっ……さて……熱いコーヒーでも入れてやるか……

[Narration] 朝焼けに照らされたポーラスターのデッキには、いつまでもビジターズの万歳三唱が響いていた。

sapphism_no_gensou/1395.txt · Last modified: 2013/06/01 22:49 (external edit)