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sapphism_no_gensou:1351

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[Narration] いつしか杏里の足は、学園内のソヨンとの思い出の場所をめぐっていく。

[Narration] そして杏里は最後にはプールへとやってきた。

[Narration] イライザ曰く、抜け殻となったところの杏里は、さざ波のうち寄せる水深の浅い場所をじゃぶじゃぶと、濡れることも気にせず歩く。

[Narration] そのイライザも、今は自分の仕事に戻って、この場にはいない。

[Narration] やがて、一つの階段に腰かけた。水の流れ落ちる音に耳を澄ませる。

[Narration] あの夜、自分はここに座り、ソヨンを膝の上へと抱きかかえていた。

[Narration] まだその体温を克明に思い出せる。水の冷たさに震えていた、ソヨンの肌のすべらかさをこの指がおぼえている。

[Narration] 起きた出来事はすべて夢と告げられた───今、自分こそが夢の中にいるようだ。

[Narration] まるで悪夢だ。どこからどこまでが、夢なのだろう。

[Narration] ソヨンと出逢ったその瞬間からか、えん罪を着せられ、学園長に退学を言い渡された時からなのか……

[Narration] いや、それともポーラースターでの日々のすべてが、甘美なまやかしであったのだろうか……

[Narration] 神殿の大理石に頬をつけながら、杏里・アンリエットは目を覚ました。

[Narration] いつしか周囲には夜のとばりが落ち、天には、降るような無数の星が満ちていた。

[Narration] いつの間にか、眠っていたらしい。

[Anri] 話し声が聞こえるな……こんな遅くに……

[Narration] 杏里はゆっくりと立ち上がり、声のする方へと向かった。

[Narration] 神殿にある広場の一角に、色とりどりの制服が集まっている。

[Narration] サードクラスから、ビジターまでの少女たちが、一人の老教師を円になって囲み、その語りに耳を傾けている。

[Narration] それぞれ、双眼鏡や、星座早見板を手にして夜空をみあげ、感嘆の息をもらす。

[Narration] 時折、笑い声もあがり、和気あいあいとした雰囲気が伝わってきた。

[Anri] そうか、天体観測の授業か……

[Narration] 杏里は離れた場所に腰をおろし、その光景をぼんやりと眺めていた。

[Narration] 確かソヨンも、伝え聞くこの授業を楽しみにしていたはずだ。しかし、今この場に少女の姿は無かった。

[Narration] 空にはまばたきする時間が惜しいほど、幾筋もの流星が横切り、そのたびに歓声があがった。

[Narration] 見上げる空は、内陸で見る真冬の夜空のように冷たく澄んではいなかったが、また独特の荘厳な美しさがあった。

[Narration] やがて、授業もおひらきとなったようだ。三々五々連れだって、少女たちは部屋へと戻っていく。

[Anri] …………

[Narration] 一人残った、老教師ソフィア・アウストリッツが、杏里のほうを見やって、手招きしている。

[Narration] 杏里はいまだにぼんやりしながら、ステップを降りていった。

[Sophia] ずっと見ていたようね。もっと近くで聞いていても、構わなかったのだけれど。

[Anri] ……ボクは謹慎中の身ですから。じゅうぶんですよ。

[Sophia] セキュリティから隠れていたの?

[Anri] アハハ……まあ、そんなところです。

[Anri] ねえ、先生。先生は、自分が信じることを貫いて、後悔することってありましたか?

[Sophia] そうね……私は、好き勝手に生きてきたから……

[Narration] この婦人の好き勝手ぶりは、学園長に優るとも劣らなかったようだ。

[Narration] 今でこそ、ポーラースターの客員教授となり、性格も丸くなった感はあるが、もとは派手好きで、その上冒険好きな、そうとうに豪放磊落な人物である。

[Narration] つけたすなら、昔はかなりの美人だったということだ……まあ本人の弁だが。

[Sophia] はっきり言って、後悔の連続だったわ。失敗したと悔やむことは、無数にあった。

[Anri] あらら……ソフィア先生でも、そうなんですか。

[Sophia] そうよ。無茶をすれば、どこかで絶対に反動があるものなのよ。

[Sophia] でもね……

[Sophia] おかげで、つまらない人生だったとは思わないわ。

[Narration] ソフィアはそう言って夜空を見上げた。まるで、自分の思い出の数々が、星となってこの夜空をめぐっているとでも言わんばかりに。

[Anri] …………先生、それって実は、色々と美化していませんか?

[Sophia] ふっ……その減らず口が出てくれば、大丈夫かしら。

sapphism_no_gensou/1351.txt · Last modified: 2013/06/01 22:49 (external edit)