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sapphism_no_gensou:1321

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[Narration] ふらりと杏里の前に現れたニコルは、杏里を鐘楼の見晴らし台へと誘った。

[Anri] コローネ……は?

[Nicolle] またニキだよ。ついでだから、あずけてきた。

[Nicolle] ……まだ、口を聞いてくれないのかい、彼女?

[Anri] ……え、誰がだって?

[Nicolle] バァカ。ソヨンだよ。決まってるだろ?

[Anri] …………うん。

[Nicolle] はぁ……やれやれ!杏里がそんなに落ち込むなんてね。

[Anri] ニコル……ボクは、間違ったことをしたつもりは無いんだ。ただ、自分に正直に……

[Nicolle] ハイハイ、わかってるって。杏里は杏里。ソヨンはソヨン。ついでに、あたしはあたし、だ。

[Narration] はるか水平線を望む鐘楼の側窓から、ニコルは身を乗り出し、亜麻色の髪を風になびかせた。

[Narration] 鐘楼から見下ろせば、今、登ってきたばかりの円形のカリヨン広場がある。その外縁には空中庭園が広がり、さらに外側は一面の森だ。

[Narration] 森が切れると、すぐに海がはじまる。船尾を向けば、巨大な煙突と後部の構造物が世界の壁のようにせまり、鐘楼と対峙している。

[Nicolle] ……ここにいると、なんだかフィレンツェを思い出すなあ。

[Anri] ……イタリア。トスカナのキミの故郷?

[Nicolle] うん。こんなに爽やかな場所じゃないけどねえ。

[Nicolle] ごちゃごちゃでさ。赤茶けていて、キッタない街なんだよ。歴史の重みっていうか、あれは、人の汗と血の色さねえ。

[Nicolle] ……よく授業をエスケープして、こういう人気の無い、見晴らしのいい場所で吹かしていたっけ。

[Anri] あいかわらずパパ・ジラルドは、帰って来いってうるさいんだ?

[Narration] なぜそんな事を杏里が気にするのかといえば、時々当のパパ・ジラルドから、脅迫じみた電話がかかってくるからだ。

[Narration] なんでも、麻薬と臓器以外だったらなんでも扱う大親方、との話。

[Nicolle] ああ、自分で放り込んだくせにね。でも、あの息苦しい家に戻るよりは、この船にいるほうが何倍もマシだよ。しばらくは厄介になるさ。

[Narration] ニコルは、ぱっと振り向いた。

[Nicolle] いっそさ、気にしないってのは?スカッと忘れちゃってさ!?

[Narration] 苦虫を噛んだような杏里に、ニコルはぽりぽりと頭を掻いた。

[Nicolle] ……そうもいかないか。だいたい杏里、アンタ失恋したことあるの?

[Anri] ……あるさ。

[Anri] すごく可愛いって感じた子が、年下かと思っていたら、実は年上だったり、年下でも実は男の子だったり……

[Anri] するとなぜか、めっきり興味が失せてしまうんだ……

[Nicolle] そーゆーのは、失恋とは呼ばない。なんなんだアンタはまったく。

[Nicolle] まあ、なんだ。ソヨンはいい娘だよ?あんたの生まれたキョートの通りみたいにまっすぐだ。

[Nicolle] まっすぐすぎて、フィレンツェのぐねぐね道に育ったあたしにゃ、正直ちょっと苦手だけど……

[Nicolle] ま、しばらくさ、ゆっくり様子を見守ってやりな? あの娘だって、落ち着いてくれば、きっと杏里の気持ちをわかって……

[Narration] それでもかわらず杏里は、げんなりとうなだれている。

[Narration] そして、またもや深いため息をつこうとする杏里の背を、ニコルはばんばんと叩いた。

[Nicolle] ああもうっ、とにかく元気出せよ!湿っぽいのは嫌いだ!

[Anri] ん……

[Nicolle] ほら、あたしの髪いじるか?好きだろ? 長い髪いじるの!今なら特別に無料サービスにとしていやるから!

[Anri] ……えっ……ホントに? いいの?いつもはすごく嫌がるのに……あとから請求しても遅いよ……?

[Nicolle] いいって言ってるから、いいんだよっ!

[Narration] 杏里はのろのろとした動作でニコルの背後に立つと、ほつれた長い髪の隙間に、ゆっくりと指を通す。

[Narration] 見るからにブラッシング不足のニコルの髪が、杏里の指の谷間をくぐると、生まれ変わったように、さらさらとほどけながら、陽光に輝いた。

[Narration] くるくると髪を指先に巻いたりしているうちに、杏里はだんだんと明るさをとりもどしてきた。

[Narration] だが対照的に、背を杏里にあずけて寄りかかるニコルの表情は、暗く沈んでいく。

[Nicolle] ……た、楽しいか?

[Anri] うん……とっても……ねえ、ニコル。一度、きみのドレスを選ばせてよ。そうだな。今日でもいい。

[Nicolle] ……ハァ? い、や、だよ。そんなチャチなプレゼントで、あたしをつろうなんて。

[Anri] きみが女の子らしい姿をしたところが、見たいんだ。

[Narration] ニコルは肩をすくめた。

[Nicolle] 皮肉のつもりかよ? だったら、石鹸にブラシに口紅もセットでなっ。

[Anri] きみの姿を、瞼に焼きつけておきたいんだ。

[Nicolle] ……それ……どういう意味だよ。

[Anri] うん。もう来週には、ボクは……

[Nicolle] ば、バァカ、なにシケたこと云ってんだ。心配すんなって! 杏里は、きっと犯人を捕まえるさ!

[Anri] ……その自信が、すでに今のボクには無いんだ。

[Nicolle] ……まっ、まったくっ。んなわけないだろっ! バカッ、バァカッ! 脳味噌お天気娘!

[Nicolle] ファンクーロ! ポルカミゼーリア!

[Narration] 杏里はそんなニコルの髪をすきあげ、名残惜しむように顔をうずめた。構わず、ニコルは罵声を飛ばし続けた。

[Nicolle] だいたい、あたしと大勝負した時の、あの杏里はどこへ行ったんだよ! 最後まで勝負はわからない、って言ったのは、杏里じゃないか!

[Anri] いやニコル……勝負はもう……

[Nicolle] だからッ、まだついてない! 時間はある! タイムリミットぎりぎりまで、絶対あきらめたりするなっ! 

[Narration] 背を向けたまま、ニコルは吐き捨てるように言った。

[Narration] かすかだが、杏里に微笑みが戻る。

[Anri] ……ありがとう、ボクの愛しいニコル。そうだね。まだ終わりじゃないんだ。うん……元気を出してみるよ。

[Nicolle] ……ふんっ……世話かけさせなさんなっての……

[Narration] 杏里の指がハープを奏でるようにひるがえり、ぞろ長い前髪の裏に伸びると、ニコルはびくりと身じろぎした。

[Narration] ……だが結局は、自分の腕を交差させ、すがるように杏里の手を握りしめる。杏里の指先は、そっとニコルのまぶたに触れた。

[Narration] 隠れて見ることのできないニコルの双眸は、ベールの下で、密やかに熱く濡れていた。

[Narration] そこには、杏里を想うニコルの心が、とめどなくあふれ出していた。

[Narration] 杏里は無言のまま、ぎゅっとニコルの体をかき抱く。

[Narration] 握り返すニコルの指にも力がこもった。ニコルの唇がわななく。

[Nicolle] い……行かないでよッ、杏里!

[Anri] …………ニコル。

[Nicolle] いやだ! 杏里がいなくなるなんて!あたし、いやだ、いやだよぉッ!

[Narration] ニコルは腕の中できびすを返し、杏里にしがみついた。

[Nicolle] 行ったらやだ、行っちゃやだよぅっ!離ればなれになんか、なりたくないっ!行かないで杏里ッ、杏里ィ───

[Nicolle] うっ……ううっ……うっ……

[Narration] 泣きじゃくり、跳ね上がるニコルの肩を、杏里は優しく包んだ。

[Anri] ……そうだね……キミが一番不安だったのに……ずっと我慢していたんだね……

[Narration] ニコルはしゃくりあげ、杏里の胸に顔をうずめながら頷いた。

[Nicolle] あたし、もう、平気でなんかいられない……あと少しで、杏里とサヨナラだなんて……顔だって、もう、まともに見られない……

[Nicolle] ごめん杏里……最後まで、いつものニコルでいられなくて……

[Narration] 杏里は唇をかみしめる。つきあげる衝動に、杏里は忠実に従った。

[Anri] ……っ……ニコルっ

[Nicolle] ……あ、杏里……んっ……んむっ……

[Narration] 杏里はいっそう強い力でニコルを抱きすくめると、震える唇を強引に奪い去った。

[Narration] 長い口づけのあと、二人はそっと体を離した。

[Nicolle] ……っはぁぁ…………

[Nicolle] もっと……っ……杏里のキス……大好きィ…………

[Anri] うん……

[Narration] 杏里は少女が満足するまで、唇を重ね合い、その舌を吸い続けた。

[Nicolle] ……っ……はぁ……はぁ……ごめん……杏里を……励ましてあげたかったのに……あたし……逆に杏里に……

[Anri] ううん……いいんだよ、ニコル……んっ……十分、ボクは元気づけられたさ……

[Anri] そうさ。キミを置いていけやしない……

[Nicolle] え……も、もしかしてそれって……あ、杏里……あたしと、か、駆け落ち……?

[Anri] ぷっ。

[Narration] ニコルのあまりに神妙な様子に、杏里は思わず吹き出した。

[Anri] そ、そうじゃなくて……なんとかしてこの船に残るように頑張るってことさ?

[Nicolle] ……あ……そうなんだ……

[Narration] ひどく残念そうに少女は肩を落とす。

[Anri] それとも、ニコルは駆け落ちしたかった?

[Nicolle] ……やっぱり、いやだな。杏里、ぜんぜん生活力無さそうだもの。

[Anri] その時は誰かさんが養ってくれる。

[Nicolle] ば……バァカ……ッ

[Narration] ニコルは涙を指でぬぐって笑った。

sapphism_no_gensou/1321.txt · Last modified: 2018/05/22 17:15 (external edit)