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sapphism_no_gensou:1262

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[Narration] 机に山となったメモや写真の前で、天京院は腕組みして、思索をめぐらせていた。

[Narration] 先週の土曜日に比べて、杏里とソヨンの二人がしたためて持ち寄ったメモ類は格段に増えていた。

[Narration] そのすべてに目を通す天京院の手で、紙片はおおざっぱに分類され、大中小の山となっていた。

[Soyeon] ああっ、だめですよ。のぼってきちゃ……

[Narration] ソヨンは、子猫を胸に抱え、ほ乳瓶をあてがっているのだが、さきほどからうまく飲んでくれないようだ。

[Narration] 子猫は我関せずに、ミューミューとせかすように鳴きたてる。

[Anri] 高価な子猫用のミルクも口に合わないの……? さすがポーラースター生まれだけはあるよ。贅沢だね。

[Soyeon] いえ、すごく飲みたがっているんです。けれど、上に登ってきてしまって……っ

[Tenkyouin] …………(イライラ)

[Anri] こう……おっぱい型のほ乳瓶を、胸に付けて飲ませてみるのは……?

[Soyeon] あ、熱そうですね……そんなほ乳瓶があるんですか?

[Tenkyouin] ………………(イライライラ)

[Anri] きっと、特殊な趣味の人が使うんだ。ニコルなら手に入れてくれるはずさ。

[Soyeon] ……?でもこんなにお腹をすかせてますから……

[Narration] 子猫はますます大きな声で、ミルクを求め泣き叫ぶ。

[Tenkyouin] ……………………(イライライライラ)

[Tenkyouin] ああ、もうっ集中できやしない!貸せっ! それも!

[Narration] ソヨンのふところから、子猫の首根っこをつまみあげる。

[Soyeon] あ……

[Narration] 天京院は、いったん子猫を白衣のポケットに放り込むと、ほ乳瓶のふたをあけ、ゴム球のついたピペットを突っ込んだ。

[Narration] ミルクを吸いあげ、ガラス管を手の甲にあてて、熱すぎないことを確認すると、またおもむろに子猫を持ち上げ、子猫の喉めがけて吹き出した。

[Narration] ぶしっ! ぶしーっ!

[Narration] 子猫は顔中ミルクまみれになるが、半分は喉に入ったらしく、なんとか飲みくだしている。

[Anri] ああ〜〜びしゃびしゃだよ、かなえさん。

[Tenkyouin] いいんだ。これで。こんなものはっ。

[Tenkyouin] いったいいつになったら、自分で食事できるようになるんだ!

[Soyeon] まだまだ小さいですから……

[Soyeon] 固形物がとれるように体が出来るまで、しばらくかかるんじゃないかと……

[Tenkyouin] ふぅ……やれやれ。

[Tenkyouin] こんな苦労をするなら、あたしは子供なんか絶対に要らない。

[Tenkyouin] 排便も満足にできないんだぞ?

[Tenkyouin] 仕方なしに、昨晩はずっと肛門をマッサージだ。情けないやら、馬鹿馬鹿しいやら……

[Anri] うんうん。

[Tenkyouin] なに、納得してるんだ杏里。

[Narration] 荒っぽい扱いに不安を隠せなかったソヨンも、逆に天京院の自信あふれる態度を見ているうちに、ホッとしたようだった。

[Tenkyouin] そのうち、ちゃんとした全自動猫世話マシンを開発する予定だ。

[Anri] ……ミキサー付きの?

[Tenkyouin] 無論。

[Narration] またソヨンの胸に不安がもたげて来た。

[Soyeon] 天京院先輩……あの、やっぱりこのほ乳瓶を使わなきゃ……?

[Tenkyouin] 何か問題ある?

[Soyeon] ミルクを吸うときの音を怖がって、うまく飲んでくれません。

[Tenkyouin] 子猫が分解しにくい蛋白質も粉砕して、消化を助けてくれるすぐれものなんだが。

[Soyeon] ふええ……

[Narration] 子猫は、天京院の白衣のポケットの中で、ようやく寝息を立てはじめた。

[Tenkyouin] 道草をした。始めよう。

[Tenkyouin] だいたいの進行状況は、杏里から聞かされた。それなりに結論も出ている。

[Tenkyouin] ───が、もう一度ここに揃っている証拠を元に検討しよう。

[Anri] うん。

[Tenkyouin] まず、ヘレナにPSから拝借してもらった、レザー製のアイマスクだが。

[Tenkyouin] ……彼女にとっては、この品ひとつを手に入れるにしても、清水の舞台から飛び降りる気持ちだったろうな。

[Tenkyouin] それはともかくだ。

[Tenkyouin] この証拠品は、洗浄などされていない、アイーシャから脱がされたままの物だ。素晴らしい現場の証人だ。

[Tenkyouin] やはりこの衣装からも、微量の精液が検出された。それでわかったことなんだが……

[Tenkyouin] この精液には生殖能力が無い。この精液で、母胎が妊娠することは、まず無いだろう。

[Tenkyouin] ある意味、最悪の事態は免れたが……。

[Tenkyouin] あたしが先週口にしたような、犯人が変態的な意図を持っている可能性は薄くなったろう。それより、だ───

[Anri] なんだい?

[Tenkyouin] ……この精液の持ち主は、一概に男性とは言い切れなくなってきたよ、杏里。

[Anri] そんな事が……!?

[Tenkyouin] 遺伝子学的に、男性とも女性ともつかないんだ。どちらの要素もあわせ持っている。

[Tenkyouin] 外見的にはだが……、ぱっと見、女性とほとんど変わらないかもしれないぞ。

[Anri] 驚いたな……

[Tenkyouin] それと、ハッキングの件はご苦労だった。手伝ってくれた二人には感謝している。

[Anri] ひどいよ、かなえさん!あんなに大変な仕事だったなんて!

[Tenkyouin] 簡単な仕事だとも言ってない。だから、最初にどうする? と聞いたんだ。

[Soyeon] 杏里さんが海に捨てたあの機械は、本当に爆発するはずだったんですか?

[Tenkyouin] いや? まさか?……そう簡単には。

[Anri] やっぱり! ひどいなァ!

[Tenkyouin] ああでもしないと、現場に忘れられてしまうかと思って、念のため。

[Tenkyouin] こちらの手口を教えたくない。───あと、ちょっと奇抜な演出をな。

[Anri] 奇抜な……って。おかげでいい思いも出来たから許してあげようかな。うん。

[Soyeon] ううう……また、見られてしまいました……

[Soyeon] み、見られてしまったァ……杏里さんに……あんな近くで……ううう……

[Anri] 大丈夫ソヨン!真っ暗で何にも見えなかったよ!

[Anri] ───猫さんパンツなんか。

[Soyeon] 見られてます……ううう……

[Anri] それで、持ち帰ったデータだけど。余りある見返りとやらは……どうだったのかな?

[Tenkyouin] あははははは。

[Anri] どうして笑うのさ。

[Tenkyouin] はは……すまん。いや、後で説明する。今は話を続けたい。

[Tenkyouin] 今週最大の収穫は、この潜水服の発見だ。

[Narration] 天京院は、杏里が後日現場に向かって撮影してきた写真を指さした。

[Tenkyouin] これは本当に凄い。さすがのあたしも驚いた。

[Tenkyouin] 簡易品ではあるが、米海軍の特殊部隊の装備品だぞ?

[Tenkyouin] これは、見てのとおりウェットスーツ。これは循環式の呼吸装置と酸素ボンベ。これは……うーん……

[Tenkyouin] 電磁石だろう、おそらく。

[Soyeon] 磁石? 何に使うんでしょう。

[Anri] 砂鉄を集めるんだよね? かなえさん。

[Tenkyouin] 特殊部隊は砂場で遊ぶ子供じゃない。この電磁石は、手に装着して使うようになっているようだ。

[Tenkyouin] 舷側の鋼鉄の壁に吸着させて使用するに違いない。

[Tenkyouin] つまり……この装備一式は、海中に長時間潜り、船体の壁面を登るためにあるんだ!

[Tenkyouin] これが確かに犯人のものであるなら……

[Tenkyouin] 犯人は狂人か、大馬鹿か、あるいは天才だ!

[Anri] ワオ。

[Tenkyouin] 目的の為に、決して手段を選ばず、それを実行してしまう人間のことを天才というんだ!

[Anri] なるほど。

[Tenkyouin] つまり、犯人はこの装備を使用して、船からいったん海中に潜り、再び舷側を登って、窓から侵入したんだ!

[Anri] だったら……以前にボクが言った通りじゃないか!?

[Tenkyouin] その通りだ!笑ったりして、本当に悪かった!謝る! この通りだ!

[Soyeon] ………………

[Narration] ソヨンは驚きで息も継げないでいる。

[Tenkyouin] よもや、少女をレイプする、そのためだけにこんな大それたことを考え、実行するなんて……想像を絶する!

[Tenkyouin] おそるべき大胆さ……そして強欲!

[Anri] ……とすると、これは?

[Anri] ソヨンの部屋で拾ったボルトだけど。

[Narration] 杏里は、指に小さなボルトをつまんで、ソヨンと天京院に見せた。

[Tenkyouin] それもよく調べさせてもらった。犯人の侵入経路を特定するパーツの一つだ。

[Tenkyouin] このボルトを窓のちょうつがいに使用すると、強力な磁石──ちょうどさっきの電磁石のような──を使用して外側から開閉が可能になる。そういう特殊なボルトだ。

[Anri] ワーオ!

[Tenkyouin] 間違いない。

[Tenkyouin] アイーシャや、それ以前の被害者は、窓から侵入した犯人に襲われたんだ。

[Soyeon] どうして、プ、プールのそばに、この服が隠してあったんたでしょう。

[Tenkyouin] もし、こんなものが自分の部屋で見つけられてみたまえ、申し開きは不可能だ。

[Tenkyouin] だったら、他人に見つかる危険を冒しても、都合のいい場所に隠したほうがいいと考えるな。あたしが犯人だったら。

[Tenkyouin] もともと、地下道側から行かなければ、見つかることもなかったはずだ。予期してもいなかったろう。

[Tenkyouin] それで、クローエとも話したのだが、きみらの見つけた地下道は、船体中央・下部の、どこかで船の放水口とつながっているようだ。

[Tenkyouin] そこから船外に出れば目立たない。

[Tenkyouin] 犯人の進入経路を整理すると、プール −> 地下道 ー> 放水口−> 船の外 −> 舷側または船底−> 学生個室の窓

[Tenkyouin] ということになる。戻る時はその逆だ。

[Soyeon] あっ……では、週末は船の速度をゆるめるというのは……

[Tenkyouin] そうだ。船の舷側や船底に、電磁石で貼りつきながら移動するといっても、全速力時に移動するのは至難の業だろう。

[Tenkyouin] その時、船の速度が抑えられているなら、海流の抵抗も少ないわけで、移動には好都合だろう。

[Tenkyouin] しかし好都合だ、というだけだ。絶対の条件じゃない。

[Tenkyouin] 週末に事件が集中しているのは、なにか他の理由が主ではないかな?

[Anri] ……なんだか、聞いているだけで目眩がしてきたよ。それって大変な重労働だよね。そこまでやるなんて信じられないよ。

[Anri] ……ハッ!もしかして、ボクらをひっかけようとしている?

[Tenkyouin] ……セックスにしたって、喜ばせる方は大変な重労働と違うかい?

[Anri] 喜びを得ることの課程がつまらないわけないよ!

[Tenkyouin] ではそういうことだ。

[Tenkyouin] 実際、相当な体力が必要とされるのは想像に難くない。犯人は一種の怪物と言えよう。

[Tenkyouin] 杏里。犯人の目星はそろそろ着いたか?

[Anri] いや、全然。

[Tenkyouin] 全然?きみはやる気あるのか!

[Anri] そんなこと言っても、みんないい人たちばかりなんだもの!

[Soyeon] あの……、これまでの聞き込みからですと、PS、指導部、あと船員の皆さんは、犯人から除いていいのではないでしょうか?

[Tenkyouin] PSと指導部については納得できる。この事件で損することはあっても、得することは無い。利害関係の不一致という奴だ。

[Tenkyouin] 船員については、あたしもデータをあまりもっていない。この船での勤続年数が長かったり、女性クルーとしては一流のベテラン揃い……というくらいしかね。

[Anri] それで充分じゃないかな?

[Soyeon] そうですよ?

[Tenkyouin] ……まあ、今週の捜査の成果をかんがみ、信頼するとしよう。

[Tenkyouin] すると残るのは……学生と教師だ。

[Anri] 笑わないでおくれよ?

[Anri] どうも……レイチェル先生が怪しいように思えてならないんだ。

[Soyeon] ええ……っ!レイチェル・フォックス先生がですか?親切でとってもいい先生ですよ!

[Anri] うん。ボクも少なくない恩を受けている。

[Narration] 杏里はサウナでイライザに聞いた一件について語った。

[Tenkyouin] ……いや、笑いはしないよ。

[Tenkyouin] 信頼ある教師はそもそも疑われにくいだろうが、今回の事件に関しては、当てはまる部分が多いからな……。

[Tenkyouin] しかし教師を疑っているなんて、PSや指導部に知られたら、もっと重度の謹慎をくらうぞ。慎重に行動しないと。

[Narration] イライザも機を見て、レイチェルを見張ってはいるのだが、その報告は……

[Anri] 怪しさ爆発さ。あの人はそもそも、とんでもなく怪しい人なんだよ。

[Tenkyouin] ……? どういうことだ。

[Anri] かなえさんは、知らないだろうけど。ちょっと、特殊な趣味の人なんだ。

[Soyeon] そ、そうだったんですか?

[Anri] なんと、ボクより年上なのに、美少女が大好きらしい!

[Tenkyouin] 年齢は関係ないだろ!そもそも、きみと比べることに何の意味があるんだ!

[Narration] 色めき立った天京院を見て、杏里が不思議そうな顔をする。

[Anri] だって怪しいじゃないか?ボクより年上なんだよ?

[Tenkyouin] わけがわからん!きみだって充分怪しいだろう!

[Tenkyouin] ああ、もう。とにかくだ。

[Tenkyouin] 杏里、きみはレイチェル女史に、外出先を報告するよう、言いつけられていたな?

[Anri] うん。

[Tenkyouin] ソヨンの部屋に侵入者があった日、女史には何と伝えた?

[Anri] いやそれが……なにしろ、行き先はコローネまかせだったから。

[Anri] とりあえず、サウナに行きたいなーとか。

[Tenkyouin] なぜサウナ……

[Anri] その次はおフロかなーとか最後に大浴場もいいなーとか、留守電に放り込んでおいた。

[Tenkyouin] 結果的に彼女に嘘をついたわけだ。

[Anri] その気は無かったんだけど。行きたいと思っていたのは事実だし。

[Tenkyouin] やれやれだ。

sapphism_no_gensou/1262.txt · Last modified: 2018/05/22 17:15 (external edit)