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sapphism_no_gensou:1221

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[Narration] 自室に戻ったソヨンはそのままでは、部屋に入ることもできず、杏里の手助けを必要とした。

[Anri] ソヨン? 入ってきていーよ。もう外は見えないから。

[Soyeon] ほんとにすみません、杏里さん。それであの、よろしかったら杏里さんと、天京院先輩───

[Narration] ソヨンは日頃の礼を込めて、二人に手作りの夕食をご馳走すると杏里に申し出た。もちろん、そんな話を聞き逃すような杏里ではない。

[Narration] 杏里は一風呂浴びて、再びソヨンの部屋を訪れた。

[Narration] 途中、天京院の部屋に立ち寄り、誘いをかけたのだが、まだ部屋の整理が終わらない、と一言のもとに断られた。

[Narration] ソヨンが部屋のキッチンに立っている間、杏里はソヨンの郷土色あふれる部屋の中を興味深く見てまわった。

ふんふん、ふぅ〜ん……?

…………ツボ?

[Narration] 杏里は壁際に並んだ巨大な陶製のツボをしげしげと眺めた。

[Narration] ツボというより、もはや瓶(かめ)だ。

[Narration] ひょいと上蓋をとると、何も入っていない。

[Anri] これ、何の入れ物?

[Narration] ツボをのぞきながら喋ると、わんわん音が反響して耳が痛くなった。

[Soyeon] ハンアリです!一番大きいのはトクです。キムチを漬けるツボですよ!

[Anri] ああ、キムチをね。───中身は?

[Soyeon] 食べました!

[Anri] ええっ!

[Narration] ということは入学以来、彼女は自分の体積の何倍ものキムチを食していることになる。

[Anri] いったいソヨンの何割がキムチで……

[Anri] いやいやそれを言ったら、かなえさんの9割はコーヒー豆で……

[Soyeon] ───綺麗なツボでしょう?捨ててしまうのが勿体なくて、飾ってあるんですよ!

[Soyeon] あと半分は、船倉の冷蔵庫に置かせてもらってるんです。

[Anri] ……なんだって?

[Soyeon] こんな豪華なのじゃなくて普段使ってるのでいいのに……

[Narration] ひとりごつソヨンをよそに杏里は次々とツボに首を突っ込んでいく。

[Anri] あ、このツボは何か入ってる。

[Soyeon] えっ?きゃっ、きゃあーっ!!ダメです!

[Anri] あ。

[Narration] 顔を真っ赤にして駆け寄ったソヨンは、つんのめり杏里が覗き込んでいたツボごと押し倒してしまう。

[Anri] うわぁ〜〜〜〜〜〜〜〜っ

[Narration] ごろごろ〜〜

[Soyeon] 杏里さんっ!

[Narration] ごろごろごろごろ〜〜ぱしゃーん!

[Narration] ツボの破片にまぎれて散った紙束を、ソヨンは慌ててかきあつめ、胸にしまいこんだ。

[Narration] 床にうずくまった杏里がぼやく。

[Anri] なにか、光と闇の交差する世界で、甘く囁くような単語が、いくつも見え隠れしていたのだけど……

[Soyeon] き、気のせいです!

[Anri] 強いて言えば、顔が火照るほど熱烈なラブソングだったような……

[Soyeon] 気のせいですったら!

どうして犯人は窓を……

[Narration] 杏里はひょいとキッチンを覗き、ソヨンがこちらを意識していないことを確かめる。

[Anri] ……いや、考えてみたら、別にコソコソする必要は無いんだよ。今のボクはれっきとした探偵なんだから。

[Anri] 堂々とね。堂々と。

[Narration] 部屋からは、特に盗まれたものは無い、とソヨンは言った。様子が違っていたのも、やはり窓だけである。

[Narration] ならば……

[Soyeon] ……杏里さ〜ん!辛いのは大丈夫ですか?

[Narration] 杏里は胸を押さえて飛び上がった。

[Anri] あ、うん!

[Anri] たぶん。

[Soyeon] お嫌いなものとか、ありませんか?

[Anri] ソヨンの作るものなら、どんなものでも美味しいに決まってるよ。

[Soyeon] そうですか、じゃあ腕によりをかけて……

[Narration] 窓枠にかかったチョゴリをのけながら、杏里はしげしげと観察する。

[Narration] 逃亡した人物が、どうやって部屋に侵入したのかも見当がつかない。

[Narration] 部屋に入った一瞬など、よもや窓から飛び降りたのではあるまいかと、早合点したほどだ。

[Narration] しかし実際には、犯人は玄関口の扉から出ていったわけだから、なおさら窓が開いていた理由がわからない。

[Anri] いったい何を……ん?

[Anri] これ……何だろう。

[Narration] 杏里は足下に光るものを見つけた。小さなボルトだった。

[Narration] 窓から落ちたのかと、はまる場所をさがしてみたが、それも見つからない。

[Narration] 杏里はそれをハンケチにくるんで、ポケットにしまいこんだ。

[Narration] そして、あとでソヨンに伝えようと心のメモ帳に書き込んだのだが……

[Narration] ソヨンの手料理に、唇が腫れあがるほどに感激し、すべてを忘却してしまうのだった。

[Narration] そんなこんなで、和気あいあいとした楽しき夕食の時間は過ぎ───

[Narration] さて、と杏里は真剣な表情で切り出した。

[Narration] 犯人を直接目にすることさえできなかったが、その存在を間近に感じる出来事が起こり、杏里はショックを受けていた。

[Narration] もちろんソヨンにしても、それは同じだ。

[Anri] もう指導部の目や、PSがどうこうなんて言っていられない。

[Anri] ソヨン、今夜からは一緒に寝よう。

[Soyeon] えっ……

[Anri] ああ、いやいやいやいや。こればっかりは、ヘンな意味じゃなくて。

[Anri] 言葉通りの意味。きみを、護りたいんだ。

[Anri] こんなことがあっては、日中すら安心できなくなってきたけれど。少なくとも、夜に襲われることはなくなる。

[Anri] ボクら二人でいれば、逆に犯人を捕まえられるかもしれない。

[Soyeon] …………そう、ですね。

[Anri] ね? どうだろ、ソヨン。なんならボクの部屋に来てくれたって。

[Narration] 興奮気味に語る杏里に対して、ソヨンは逆に沈んでいく。

[Soyeon] ……杏里さんの申し出、とっても嬉しく思います。杏里さんが一緒にいてくれたら、本当に心強いです。

[Soyeon] 一人でいて、怖い思いをすることもなくなります。

[Soyeon] ……でも…………

[Narration] 少女は表情を曇らせた。杏里はじっとその様子をうかがっている。

[Soyeon] でも……アルマさんは、どうなるんですか……?

[Anri] だって、アルマにはウェルズさんが付いているじゃないか。

[Soyeon] ……杏里さん。

[Soyeon] 杏里さんは、本当にウェルズさんがアルマさんを護ってくださると思いますか?

[Anri] ……う……

[Anri] いや……ノーだね。あの人は、いざという時に頼りにならないかも……。今日だって、あんな調子だったし……

[Soyeon] ……きっと、アルマさんだって心細いんです。あまり外にはそれを表しませんけれど。

[Soyeon] アルマさんご自身が狙われているかもしれないというお話は、もう、あたしからお伝えしました。

[Anri] うん……。

[Soyeon] あたしだけ安全な場所で、ぬくぬくとはしていられません。

[Anri] ぬくぬくだなんて……

[Soyeon] いえ、なによりも、自分の身はできるだけ自分で護りたいんです!

[Soyeon] でなければ、どうやって他人を護れるっていうんですか?

[Soyeon] あたしやアルマさんの次は、クレアたちかもしれない……

[Narration] 杏里にはもう言葉も無い。

[Soyeon] ……ごめんなさい、杏里さんのせっかくのご厚意なのに。

[Soyeon] 嫌いになりました……よね……?

[Anri] ううん。そんなこと、絶対にない。

[Anri] ソヨンがしっかりした気持ちの子で、ボクは心強いさ。

[Anri] 助けられているのは、まったくボクのほうだよ。

[Soyeon] あの……この事件が落ち着いたら、杏里さんの濡れ衣が晴れたら……

[Soyeon] またお泊まりにいらしてください。その時はちゃんと、あたし歓迎いたします。

[Anri] 本当かい!?もちろんお呼ばれするさ!ひゃっほう!

[Soyeon] み、みんなみたいに夜ふかしには慣れていませんけど……

[Anri] その時は、きみの寝顔を一晩中眺めていてあげる。

[Anri] ああ、でも我慢できるかなあ……いやあ、ダメかもしれない。

[Soyeon] そ、そんな……杏里さんたら。

[Anri] ふふ……

sapphism_no_gensou/1221.txt · Last modified: 2018/05/22 17:15 (external edit)