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sapphism_no_gensou:1191

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[Anri] 一番星、見ーつけた。

[Narration] 杏里は夕闇のせまる大図書室で、ひとり頁をめくっていたクローエの肩に覆いかぶさった。

[Chloe] ……まだ夜には間があるわ。

[Anri] 星はいつでも空に輝いているのに、意地悪な太陽がそれを隠してしまう。

[Anri] 目をこらせば、昼間だって星を見ることができる。皆そうしようとしないだけさ。

[Chloe] そんな遠くを眺める気にはならないわ。わたしはこの指の届く範囲で充分よ。

[Anri] セ・ラ・ヴィ。

[Anri] 何を読んでるの? 官能小説?

[Chloe] 自伝よ。メトロポリタン美術館の館長に就任した人物の。

[Anri] 美術館? うへえ。

[Chloe] そう小むずかしくもないわ。面白いわよ。刺激的で。

[Chloe] ある意味、あなたに似ているわね。この人物って。

[Anri] へえ? このボクとかい?

[Anri] ふふん。美に対して、あくまで貪欲。至宝にしてこの世の唯一の真実たる美少女を、どんな手段を駆使してでも蒐集しなければ気が済まない!

[Anri] ……とか?

[Narration] 芝居がかったステップを踏んで、読書机の周囲をクルクルと回る。そんな杏里をよそに、クローエはまたページをめくる。

[Chloe] 馬鹿なのか、頭がいいのか判別のつかないところが。

[Anri] ……今日は、蹴らないんだね。

[Chloe] どうやら他に誰もいないし。そろそろ、わたしも引き上げるところだったから、別にいいわよ。

[Chloe] そうそう蹴ってばかりでは、早くブーツがいたむでしょう。

[Anri] ボクの頭より、靴をいたわってくれてありがとう。

[Anri] ちょっとクローエに聞かせてほしいことがあってさ。

[Chloe] 言ってみなさい。

[Narration] クローエは本に目を落としたまま言った。

[Chloe] ブロードウェイについて知りたい?

[Anri] イライザに教えてもらったよ。大型船には、いくつもの職員用の隠し通路があるって。

[Chloe] 事件の手がかりのこと?

[Chloe] ごめんなさい。わたしの普段の生活の中では、特に変化は無いようよ。……あなた以外について言えば。

[Anri] 伝声管はなんて言ってる?

[Chloe] 無責任なうわさ話ばかり。それに、あなたとソヨンが船中をかきまわしている事とか。

[Anri] なる。ほど。そこでなんだけど───

[Anri] きみはこの船に詳しい。よかったら、これを機会にボクも詳しくなりたいと思って。

[Chloe] いいことね。どこから始めましょうか。

[Anri] ドラマティックなところから。そうだな……秘密の抜け道とか?

[Chloe] あるわよ。

[Anri] えっ、教えて?

[Chloe] あなたに教えると、ろくなことに使わない気がするけれど。ま、いいわ。

[Chloe] 本当に抜け道というわけではないのだけれど、職員用のごく狭い通路が、そこかしこにあるの。学生たちはほとんど意識してはいないでしょうね。

[Chloe] 船それぞれだけど、ポーラースターではブロードウェイと呼ばれているわ。

[Anri] ブロードウェイ。へえ、そんなものがあるの。

[Chloe] ええ、特にこの船の場合は、必要以上に多いようね。迷子になる船員があとを絶たないわ。

[Anri] 犯人がそういった通路を利用しているということは無いかな?

[Chloe] 不可能ではないでしょうけれど……あまり利口とも言えないわ?

[Chloe] 一応は船の中だし。互いに顔見知りばかりだから、知らない顔があれば強く印象に残るでしょ。とにかく狭い通路よ。

[Anri] それって、実は誰もが知っている意外な人物だったりしない?

[Chloe] それでも、怪しい行動をすれば、すぐわかるわ。犯行が起きているのは、いつも学生の出入りが禁止された真夜中なんだから。

[Chloe] そうね。ただ……

[Chloe] 誰も知らない、忘れさられたブロードウェイがあるかもしれないわ。

[Anri] クローエも知らないような?

[Chloe] まずありえないと思うけれど。でも、ひとつだけ気になることがあるの。

[Anri] ウィ。

[Narration] この船がクローエの父が設計したものだということは杏里も知っている。しかし、設計には、若き有能な設計家であったクローエの兄も参加していたという。

[Chloe] 大まかに言って、船の前半分は兄が、後ろ半分の学園部分は父が設計したの。

[Chloe] 兄の合理主義に対して、父は天才的ともいえる感性重視の設計理論で造船にあたっていたから、二人はよく衝突していたわ。

[Chloe] 海に浮かべたらその瞬間にぽっきり二つに折れるんじゃないかって、母は笑っていたわよ。

[Anri] とすると境界は、カリヨン広場のあたりか……

[Chloe] そうね……

[Chloe] なにしろ二人の設計は、元となる規格からして異なっていたから、実際の造船工事ですりあわせる時に、よくトラブルになったのよ。

[Chloe] 何らかの手違いがあったかもしれないわ。

[Anri] それが……秘密の抜け道に?

[Chloe] 道かどうかはわからないけれど。隙間くらいはあるんじゃないかって。

[Anri] ふうん…… うん。ありがとう、クローエ。

[Chloe] 手がかりというより、与太話のたぐいでごめんなさいね。

[Anri] ううん?ボクも自分の目で確かめてみるよ。

[Chloe] ええ。大洋の女神に魅入られた我が一家の、醜いあつれきの残骸をどうぞご覧あれ……

[Narration] いつしか、クローエのページをめくる手は止まっていた。ただ、本に目を落としている。

[Chloe] ところで杏里……ソヨンを連れてこなかったのね。

[Chloe] なぜ。

[Anri] ……一緒じゃないとヘンかい?

[Chloe] …………

[Anri] ソヨンだって、一人になりたい時があるんだよ。

[Chloe] そう思っていても、ずかずかと踏み込んできてしまうのが、あなたでしょう。

[Anri] まるでブルドーザーだね。

[Chloe] それ以上よ。

[Narration] クローエは髪をかきあげ小さく笑った。そのさりげない仕草を、杏里はとても愛していた。

[Chloe] わたしは粉微塵に押し潰されたわ。

[Narration] 杏里は、座っているクローエの頭を背後から抱え込むようにしておどけてみせる。

[Anri] ゴー、バリバリバリバリ。

[Chloe] 杏里。よして。子供っぽいわよ。

[Narration] クローエはその腕に指を添え、涼やかに笑う。

[Anri] でも、何かが残ったね───ダイヤのように、決して形を失わないもの。

[Chloe] ……よく云う。そうよ。あなたに拾われたきり、返してもらってもいない。

[Narration] 抱いたまま、杏里はクローエの指にそっと手を合わせた。

[Anri] 遠くにあるほうがよく見えるものもある。ぴったりと肌を寄せ合っていても、心が届かないこともある。

[Anri] それはとても切なくて。とても……つらい。

[Chloe] 慰めてあげましょうか。

[Narration] はっと、杏里は息をのむ。クローエは机に目を落としたまま呟くように言った。

[Chloe] 驚いたような顔はよして。

[Chloe] いいでしょう、優しい言葉の一つくらい口にしたって。

[Chloe] 苦しいのでしょう。こんなわたしに甘えてしまうくらい。

[Anri] うん……そうさ。日に日に不安になるよ……

[Anri] ボクだって、お気楽ばかりじゃいられない……

[Chloe] そんなの誰も信じないわ?……望まれてもいない。

[Narration] クローエは椅子から立ち上がり、振り返りながら杏里の腕におさまった。

[Narration] 夕闇のせまる図書室で、二人は口づけを交わす。

[Chloe] でも、わたしはいいわよ……騙されてあげる。

[Chloe] 肌の淋しさはぬくもりで、心の虚ろさは、冷たい涙で薄めましょう。

[Anri] クローエって大人だね。

[Chloe] ───子供になりたい時もあるわ。たとえば、あなたに抱かれている時。

[Anri] クローエ……ボクの愛しい子猫ちゃん……

[Chloe] 杏里…………

[Niki] …………ぁ……

[Chloe] …………

[Anri] …………

[Niki] …………

えっと……?

何も見なかった。

[Chloe] …………

[Chloe] いま、誰かいたような気がしたけれど、気のせいかしら。

[Anri] 気のせいだよ。

[Chloe] そこの書棚のガラスに映っていたのは、まるでニキみたいに見えたけれど。

[Anri] 錯覚さ。

[Anri] それより、ボクを慰めておくれ。優しいクローエ。

[Chloe] …………

[Narration] クローエの背にまわした腕を、なめらかに這わせながら降ろしていく。

[Narration] スカートのひだをたくしあげ、二つの丸みのなかへと指先はもぐり込む。

[Narration] 薄い下着の布越しに、湿り気と、高まる体温を感じた。

[Narration] 杏里の愛撫を鏡に映ったように真似て、クローエの指も杏里のヒップへとすべりよった。

[Anri] ん……クローエ……

[Anri] そんな……強く掴んで……痛いよ……

[Anri] 痛い……痛……

[Anri] イ───タタタタタタタッ!!

[Chloe] …………

[Narration] 杏里は身をひねって、自分の尻をかばった。

[Anri] つっ、つねるなんて非道いじゃないか!それも思いっ切り!

[Narration] クローエは頬を赤らめながら、両手で髪をかきあげた。

[Chloe] あやまるわ。する気が、失せたの。

[Anri] そんな……っ!

[Anri] きみの肌はしっとりと潤って、期待に張りつめていたよ!

[Chloe] それでも。あなたが欲しい時は、また言うわ。

[Anri] クローエの意地悪! そんなっ……ボクのほうは、それじゃ収まりが……

[Chloe] なあに?子供じゃあるまいし。

[Chloe] 情けないわね。がっつくなんて、動物以下よ。

[Anri] なんだって!?

[Anri] ───カリブ海の種馬だとか、石橋を壊して落ちる超重戦車だとか、人間バミューダートライアングルとか、言いたい放題じゃないか!

[Chloe] いえ、そうは言ってないわ。

[Anri] あ、そっか。ごめん。これはニコルに言われた。

[Anri] ───じゃ、じゃあボクは、クローエが欲しいと言った時しか、きみを抱けないのかい!?

[Chloe] 充分じゃない?あなたには、果たすべき義務があるのよ。

[Anri] ……どんなさ。

[Chloe] “ボクの愛しい子猫ちゃん”全員に、平等に愛をそそぐ。いつもあなたが言ってることよ。

[Anri] ……っ!

[Chloe] ある意味、あなたはわたしたち全員の奴隷なんですからね。

[Chloe] それじゃ。おやすみなさい。

[Chloe] よければ、カリヨン広場の捜索を手伝ってあげる。

[Anri] …………うん。

[Narration] 図書室には杏里だけが残された。

ニ、ニキッ!

[Chloe] どうしたの、お化けでも見たような顔をして。

[Anri] ニキが……いたよ?

[Chloe] 公共の場所だもの。

[Anri] いなくなっちゃった。

[Chloe] 閉館時間はとっくに過ぎてるわ?

[Anri] ……ごめん……クローエ。ボク、行ってあげなきゃ。

[Anri] そうしないとニキは、壊れてしまうかもしれない……

[Chloe] 都合がいいのね。わたしの心が、何も感じない青銅で出来ているとでも?

[Narration] 杏里はクローエを抱く腕に力を込めた。クローエは切なげに息を吐く。

[Chloe] 大丈夫よ……キスだけでもう満足したから。それに、わたしには本があるもの。

[Anri] クローエ……

[Chloe] 本に没頭していられる間は、淋しさも少しは埋められる。

[Anri] やっぱり……クローエは強いね?

[Chloe] ……ちがうわ、好きなの。ジェラシーを燃やしている時の自分が。

[Chloe] あなたが好きだって、よりはっきりと確かめられるでしょう?

[Narration] 杏里にはわかった。

[Narration] 赤い空に染められているばかりでなく、確かにクローエの頬は紅潮しているようだった。

[Anri] ありがと……ボクも、こんなにもクローエを愛してる。

[Chloe] そんな当然のことはいいから───

[Chloe] 早く、あの子のところへ行っておあげなさい。罪深い人。

[Anri] わかった。ボクはもういくよ。

[Narration] 杏里は後ろ髪を引かれながらも、クローエのいる大図書室を後にした。

sapphism_no_gensou/1191.txt · Last modified: 2018/05/22 17:15 (external edit)