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sapphism_no_gensou:1163

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[Narration] その頃ニコルは───

[Nicolle] おーい、待ってくれよ〜っ!ひぃ……はぁ……

[Nicolle] あいつら、どういう脚してるんだ……も……だめ……

[Narration] ───その場にへたりこんでしまった。

[Narration] 歩幅の大きな杏里のストライド走法はすばらしく、ぐんぐんスピードを増す。

[Narration] わずかに遅れ、ソヨンも早いピッチで杏里の背を追いかける。チマがめくれ脚がむきだしになっても気にとめない。

[Narration] コローネの声がこもって下にまわり、逃亡者が階下にまわったことをうかがわせる。

[Narration] あんのじょう目前に階段がせまった。

[Anri] 下だ!

[Narration] 杏里はソヨンより一足先に階段へと飛び込んだ。

[Narration] ソヨンは、階段の構造を一瞥すると、手すりの上にさっと倒立し、くるりと体を回転させて飛びこえた。

[Narration] 踊り場をまわり駆け降りた杏里の鼻先をかすめ、チマをひるがえしたソヨンが片膝をついて降り立つ。

[Anri] わお! カッコいい!

[Narration] やがて、杏里たちがコローネの声を追ってたどりついたのは、スチール製の扉だった。

[Narration] ゴォン……と音を立てて扉が閉められる。

[Narration] コローネの声が向こうからくぐもって聞こえる。

[Narration] 「オンッ……オンオンッ……」

[Narration] 「オンッ! オンッ! ──────キャインッ!」

[Soyeon] コローネ!

[Narration] 二人は息を呑んだ。

[Narration] 「…………」

[Soyeon] 杏里さんっ!コローネが! コローネが!

[Narration] 険しい顔で杏里は頷いた。

[Anri] ここなら知ってる。ゴルフ場の横に出る通用口なんだ。

[Anri] 扉の向こうには、簡単なかけ金しか無い。きっと押し破れるはずだ。

[Narration] 手ぶりで杏里はソヨンを下がらせると、扉に向かって体当たりした。

[Narration] しかし扉はがんとして開くことを拒む。

[Soyeon] 杏里さん、遠回りしましょう!

[Anri] くっ……仕方がない!

[Narration] 通路を引き返し、別の出口からデッキに顔を出した。

[Narration] 例によって船内の広さを恨みながら、件の通用口に急行する。と、そこに待ちかまえていたのは───

[Niki] …………

[Soyeon] ニキさん……!

[Anri] ……ニキっ!?どうして?

[Narration] 二人の声に驚いたニキは、抱きかかえていたコローネをどすんと落としてしまう。

[Niki] …………

[Soyeon] コロちゃん!

[Collone] キュウン……

[Narration] コロは目のまわりを真っ赤に腫らし、息苦しそうにしている。

[Niki] …………

[Narration] ニキは苦しみを分かちあうように、コローネのそばにかがんで、しきりに目をこすっている。

[Narration] ソヨンは、あたりに漂う異臭に顔をしかめた。

[Soyeon] この酸っぱい匂い……なんでしょう……?

[Anri] ……たぶん、催涙ガスだ。命に関わるものじゃない。

[Narration] ソヨンは安堵のため息をついた。

[Anri] ……ねえニキ、よければ何があったのか教えてほしいんだ。

[Narration] ニキは二人から目をそらしながら、こそこそと身振りをする。

[Anri] うん……広場の噴水の近くにいたら、コローネの苦しんでいる声が……?

[Anri] ……カリヨン広場からここまで随分あるよ……!? でも、それでここまで様子を見に来たんだね?

[Narration] ニキはぐっと顎をひいたまま。肯定という意味だ。

[Anri] ああ……一歩遅かったなあ……

[Soyeon] コロちゃんを見つけた時、近くに誰かいませんでしたか?

[Niki] …………

[Narration] ニキは小さく首を振った。

[Anri] ……そっかぁ。

[Anri] (コローネに匂いをたどってもらうにも、肝心の鼻をやられてちゃ……なにより、コローネが心配だよ)

[Narration] 杏里はこれ以上の追跡を断念した。

[Anri] ……ああっ、でも残念だなァ!こんなに犯人に近づけたのに!

[Anri] あいつ、いったいソヨンの部屋で何を……? それも、こんな昼間から。

[Anri] うう、なんとか。

[Soyeon] ……ほんとに。あたしも、すごく口惜しい……

[Soyeon] けれど、コロちゃんも、ニキさんも無事でよかった……

[Anri] うん、そうだね。……あ痛たた……また背中が……っ

[Soyeon] だ、大丈夫ですか?

[Niki] …………

[Narration] その後、開かなかった通用口へと向かった杏里はそこで見たものに絶句した。

[Narration] 鋳鉄製のかけ金は、異様な形にねじまがり、通用口の扉を、二度と開かないものにしてしまっている。

[Anri] な、なんだこれ……

[Soyeon] これじゃ、開くわけないです……

[Narration] 杏里はあらためて、ニキとコローネの無事を神に感謝した。

[Anri] (こんなことが…… あのわずかな時間で……)

[Anri] (俊敏さやスタミナだって相当だ…… ……いったい犯人は何者だ……?)

[Narration] 背後の茂みがざわめいた。悪寒がかけぬけた。

[Soyeon] だ、誰!

[Anri] ソヨン、退がって! ニキも!

[Narration] 三人と一匹が固唾をのんで見守っていると、茂みから一人の女性が現れた。

[Wells] おや……

[Soyeon] ウェルズさん……?

[Narration] 現れたのはアルマ・ハミルトンの付き人、クインシー・ウェルズだった。

[Wells] 誰かと思えば、レイプ犯とその一味ではありませんか。

[Narration] 杏里は身を固くする。

[Anri] そうか、貴女だったのか……ウェルズさん!

[Wells] は? 失敬な。

[Anri] とぼけても無駄だぞ!

[Narration] ウェルズは肩をすくめる。

[Wells] お話しになりませんね。

[Wells] それと、それ以上、前に出ないほうがよろしいかと存じます。

[Anri] 脅迫する気か……って、うわぁ!

[Narration] ウェルズに詰め寄った杏里は、マンガのように足を上げて、おおげさにずっこけた。

[Soyeon] 杏里さん!

[Niki] ……!

[Wells] だから言ったのに。よい気味です。

[Narration] ウェルズは杏里の足下から宙に跳ね上がった白い玉を、ぱしんと掴んだ。

[Anri] 痛ぁ…………今、踏みつけたのって……ゴルフ……ボール?

[Alma] ウェルズさん?ウェルズさん……?

[Alma] いらっしゃいますか?

[Alma] ……あ、こちらにいらっしゃったのですね。

[Narration] さらにその場に顔を出したのは、ウェルズの主人である少女アルマ・ハミルトンだった。

[Alma] まあ、それに皆さん……お揃いなのですね。ごきげんよろしゅうございます。

[Narration] あいかわらず、空気の読めないとぼけた挨拶をしている。

[Wells] お嬢様。ボールが見つかりましてございます。

[Alma] まあ、ご苦労さまです。ウェルズさん。お手数をおかけしました。

[Narration] 二人に話を聞けば、アルマの打ちはなった玉がラフに入ってしまい、キャディー役のウェルズに捜してもらっていたところだという。

[Soyeon] どれくらい捜していたんですか?

[Alma] はい、かれこれ二時間ほどは、コース上でお待ちしましたでしょうか。

[Anri] ……二時間?

[Alma] はい。

[Alma] ですが、そろそろ風も出て、肌寒くなってきたものですから、今日はそろそろお開きにしようと、ウェルズさんをお捜ししていたところなのです。

[Anri] おおかた、サボッて居眠りでもしていたんじゃないだろうか。

[Wells] し、失敬な!

[Narration] そう講義するウェルズの背には、芝草がびっしり張りついている。

[Soyeon] あ、あの、アルマさん、こちらで誰か見ませんでしたか? 何か、変わったこととか?

[Wells] さあ、こんな失礼な者たちは放っておいて、お部屋に戻りましょう、お嬢様。

[Alma] ウェルズさん、あの、ソヨンさんが何かおっしゃられて……

[Narration] またもや、アルマは口をぱくぱくさせながら、ウェルズに引きずられていってしまった。

[Soyeon] ああアルマさん……

[Niki] …………

[Anri] なんだか、本当に関係ないみたいだったな。どっと疲れが……

[Collone] オーン!

[Anri] あ、ニコルだ。

[Nicolle] ……こんな所にいたのかよ……!捜したよ、まったく。

[Anri] ごめん、完全に忘れてた。

[Nicolle] ……あのな。

sapphism_no_gensou/1163.txt · Last modified: 2018/05/22 17:15 (external edit)