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sapphism_no_gensou:1162

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[Narration] 三人と一匹は、まずアイーシャの部屋の近辺から探索をはじめることにした。

[Narration] アイーシャの部屋自体にはPSがまだ目を光らせていて、とても近寄りがたい。

[Narration] 杏里が証拠品の封を開くと、中からは黒いレザー製の目隠しが出てきた。

[Narration] 第四の被害者が身につけていたのと同じ、SMプレイで使う、本格的なものだ。

[Narration] ややよれて、表面はうっすらと汚れている。

[Narration] これが体臭を吸っていたとしても、すでに、皮本来の匂い以外には何も感じとれない。

[Narration] ただ、そのなまなましさと、目隠しから連想される行為に、ソヨンは悪寒をおぼえずにはいられなかった。

[Narration] 杏里は目隠しをガーゼの上に置き、コローネの鼻先へゆっくりと寄せた。

[Anri] いいかいコローネ。よーく匂いを覚えて。

[Anri] アイーシャ以外に、きっと犯人の匂いが混じり込んでいるはずだ……

[Narration] コローネは神妙な顔つきで、目隠しの匂いをかいでいる。

[Nicolle] 誰か、アイーシャの普段の行動について詳しい人はいないの? 

[Anri] ボクは全然わからないんだよ。

[Nicolle] そりゃそうだろ。なにしろ上級生だし。

[Soyeon] アイーシャさんでしたら、大図書館でお見かけしたことがあります。

[Nicolle] あたしは温室で見たことがある。ほとんどいつも一人でいたな、彼女。

[Soyeon] なんだか、お寂しそうでしたね……

[Anri] あとは当然、教室だよね。

[Nicolle] すると、すくなくともその三ヶ所とアイーシャの部屋については、行くだけムダになってしまうのか……

[Anri] とにかく、やるだけやってみよう。

[Soyeon] はい!

[Nicolle] イェッサー!

[Narration] そして、床に鼻を寄せながら歩き出したコローネに、くっついていった三人なのだが。

[Nicolle] もう、歩きくたびれたよ〜〜

[Anri] 本当に、順繰りに回ってきちゃったなあ。まず教室に行って、図書館に行って、温室に行って……

[Collone] オンッ!

[Narration] 想像通りの結果が待っていたようだ。

[Narration] 一方、当人、もとい当犬は大得意だ。こんな時は広い船内が恨めしくなる。

[Soyeon] 今度は生活区のほうへ向かっているみたいです。コロちゃん。

[Anri] きっとアイーシャの部屋に戻っちゃうんだ。きっとそうだ。

[Nicolle] いいかい、コロ!?アイーシャじゃなくて、犯人!犯人の匂いを捜すんだ!

[Soyeon] コロちゃん、お願い!

[Collone] ウォウ〜?

[Anri] なんでも、犬が人間の言葉を理解できるようになるのは、何億年も先らしいよ。

[Nicolle] そんなに待ってられない。ああもう、あたしの面目丸つぶれじゃないか。

[Anri] やっぱりちょっとムリがあったかなあ。

[Soyeon] コロちゃんは、頑張ってくれてます!

[Nicolle] それはそうなんだけど。ちょっと頑張りどころのピントがさ…………お?

[Nicolle] おいおい、コロ?

[Narration] また新たな匂いの痕跡を見つけたのか、コローネはさかんに鼻をひくつかせた。

[Narration] ずんずん歩いていくコローネは、やがてとある部屋の前で立ち止まった。

[Collone] ………………オン!

[Narration] ニコルと杏里は顔を見合わせた。

[Anri] ここって……

[Nicolle] アイーシャの部屋……じゃないねえ。

[Soyeon] え、ええーっ!?ここは……あ、あたしの部屋ですよ……っ!

[Anri] だね。

[Narration] ソヨンは血相を変えて狼狽している。

[Narration] ニコルと杏里はそろって腕を組み、疑いのまなざしでソヨンを見た。

[Soyeon] ち、違います!あたしじゃ、ありませんっ!

[Soyeon] ホントなんです!信じてくださいっ!

[Nicolle] ……ぷっ、くくっ。ホントにからかいがいがあるなー。

[Soyeon] ニコルさん!?

[Anri] いや、ごめん。もちろん、きみを疑ったりなんて。

[Anri] でも、どういうことなんだろ。

[Narration] コローネは爪先でかりかりと扉をかいた。

[Nicolle] コロが入りたがってる。

[Anri] ちょっといいかな、ソヨン。

[Soyeon] あ、はい。いま開けますから。

[Narration] 扉の鍵を開けると、ソヨンはおやっと眉をひそめた。

[Anri] どうかしたの?

[Soyeon] 扉がいつもより……軽いです……

[Nicolle] 窓を開けて出たんじゃ?そうすると勢いよく開くだろ?

[Anri] 窓を開けて……?……ソヨンが?

[Narration] ニコルはぺろりと舐めた指を、ドアの隙間に立てた。

[Nicolle] うん、風がある。

[Soyeon] い、いえ。そんなはずは……

[Narration] 杏里の記憶では、ソヨンの部屋の窓はすべて閉めきられていたはずだ。

[Narration] 海が視界に入らないよう、華やかなチョゴリや、厚いカーテンで遮られていた。

[Anri] ……ちょっと変だぞ。

[Soyeon] す、すみません、杏里さん、ニコルさん……あたし……入れません……

[Nicolle] どうしたのさソヨン……怖いのか……?

[Narration] ソヨンは扉のノブを握ったまま、動けなくなっている。

[Anri] ……わかった。ソヨンはここで、コローネと一緒にいてほしい。

[Anri] ニコル、行こう。

[Nicolle] そうこなくっちゃ。

[Narration] 二人は息を潜め、ソヨンの部屋へと忍び込んだ。

[Nicolle] ……誰もいないじゃん?ソヨンもおっかながりだねえ。

[Anri] しぃ……っ

[Narration] 杏里はばたばたと風音のする方向に目を向けた。

[Narration] 開いているはずのない窓が開放され、カーテンが海風にはためいている。

[Narration] 二人は背中合わせになって、室内に目をくばらせた。

[Anri] ニコル、出口とバスルームへの扉を見張っていて。ボク、窓を見てみるから。

[Nicolle] 了解。

[Narration] 杏里は、はためくカーテンの影になった部分に気をくばりながら、じりじりと接近していく。

[Anri] ……こんな時、探偵小説なら銃を構えて近寄るんだろうけど。

[Narration] 杏里は壁づたいに、窓へとせまった。

[Anri] (お、しめた)

[Narration] 途中、壁に立てかけられていたラクロスのラケットをつかむ。

[Anri] (よーし、これで……)

[Narration] ラケットをそろそろとのばし、カーテンを勢いよくめくりあげた。

[Narration] 窓枠にかかっていたチョゴリがはずれ、風で室内に舞った。

[Narration] 一瞬、それが人の姿にも見えひやりとした杏里だったが、予想したような侵入者の姿はそこにはなかった。

[Anri] …………ふぅ。

[Anri] 風で開いたのかな……?

[Narration] そのまま、窓の外に頭を出しても怪しい人影などはなく、ポーラースターの白い舷側が氷原のように広がるばかりだ。

[Nicolle] わっぷ!な、なんだ? 見えないよ!

[Narration] 杏里がさっと振り向くと、ニコルとチョゴリが、床の上でとっくみあっていた。

[Narration] 風で舞ったチョゴリが、背後から覆い被さったらしい。

[Anri] ごめん、ニコル!今とってあげる。

[Nicolle] 勘弁しとくれよ、もう!

[Anri] あはは……似合ってるよ、ニコル。

[Narration] 笑いながらニコルに歩み寄った杏里は、突然、強く背を突き飛ばされた。

[Anri] ……っ!!

[Nicolle] えっ? うひゃっ!

[Narration] ニコルを怪我をさせないよう、かろうじて身をひねった杏里は、苦しい姿勢で床に叩きつけられた。

[Narration] もつれはしたものの軽い転倒で済んだニコルが、ようやくチョゴリをはらいのけた。

[Narration] 膝立ちになって、倒れた杏里にすがる。

[Nicolle] どうした! 杏里!

[Anri] だ、大丈夫……ちょっと、い、息が……

[Narration] 「きゃあっ!!」「オンッ、オンッ!」

[Narration] 届いた叫びと吠え声に、ニコルはがばっと立ち上がる。

[Narration] 何者かが、扉から勢いよく廊下に飛び出したのだ。

[Narration] 慌てて廊下に出ると、ソヨンが顔を押さえてその場にしゃがみ込んでいた。

[Nicolle] ───ソヨンッ!?やられたのかっ!?

[Soyeon] ろ、ろあに……鼻をぶつけただけれすから……それより、コローれひゃんが……っ!

[Nicolle] えっ……? コロ?

[Collone] ───オンッ、オンオンッ!

[Narration] コローネは猛烈なダッシュで、廊下を走り去った人影に追いすがる。

[Nicolle] ちょ、ちょっと待てーい!

[Narration] とにかくニコルも愛犬のあとを追って駆けだした。

[Nicolle] 冗談じゃないぜ!このニコル様に走らせる気かよ!

[Narration] ニコルは髪をなびかせて走り出した。紐も結ばれていないバッシュが、ぶかぶかと調子のはずれたトランペットのような音を立てる。

[Nicolle] くそっ、コローネ!逃がすなよっ!

[Nicolle] 喰らいつけっ!貴族の狩猟犬の誇りを見せてやれっ!

[Narration] オンオンオンッ! オンッ!

[Narration] 湾曲した廊下は見通しがきかないところに持ってきて、さらに人影は、大通りから姿の隠しやすい枝道へと入ってしまった。

[Narration] こうなっては、コローネの声だけが頼りになる。

[Nicolle] ハァっ……ハァっ……!ちくしょうっ……!

[Narration] あっという間に息があがり、スピードが落ちるニコル。

[Nicolle] ───おっ!ソヨンッ!?

[Narration] その脇に、鼻頭を押さえながら走るソヨンが追いついた。

[Soyeon] ───どちらへ!

[Nicolle] ……右! 右の通路だっ!

[Soyeon] すいません!先、行きます!

[Narration] ソヨンは廊下に反響するボルゾイ犬の声をがむしゃらに追った。

[Narration] しかし、その声もだんだん小さくなっていく。

[Soyeon] ハァッ…ハァッ……!

[Soyeon] コローネっ! だめっ!もう……もう戻って!

[Soyeon] だめよっ!もう充分だからっ!

[Narration] ソヨンはあらん限りの力をふりしぼり力走した。

[Narration] スピードを殺さぬまま、直角に曲がる通路の床を蹴りつけた。

[Soyeon] ……あっ!

[Narration] 走ることなど想定されていない廊下で、ソヨンは敷物に足を取られ、クラッシュしたレーシングカーのように、壁へ飛んだ。

[Soyeon] …………!!

[Narration] 悲鳴をあげる間もなく、壁に叩きつけられる。

[Narration] だが、その小さな肩をがっしりと抱いた腕があった。

[Soyeon] あ……杏里さん!

[Anri] ウィ?

[Narration] 杏里はソヨンを腕に抱いたまま、通路を駆け抜ける。

[Anri] 近道したんだよ!きっとこっちに来るってね!

[Narration] 得意げにウインクすると、ソヨンは思わずぼっと顔を赤らめる。

[Soyeon] あ、杏里さんっ!大丈夫ですからっ!あたし、自分で走れます!

[Anri] ヤーダ、降ろしてあげない。

[Soyeon] 杏里さんッ!

[Anri] なんて言ってみたいところだけど、早くも腕がシビれてきた!

[Narration] ソヨンを降ろして、二人は併走する。

[Anri] さあ、絶対捕まえるよ!

[Soyeon] はい!

sapphism_no_gensou/1162.txt · Last modified: 2018/05/22 17:15 (external edit)