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sapphism_no_gensou:1152

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[Anri] ソヨン……きみに伝えるべきことが。

[Narration] 気が進まないながらも、アイーシャの身に起きた出来事を杏里が語ると、ソヨンはくやしそうに唇を噛み、小さな肩を落とした。

[Narration] 実のところ、アイーシャの件については自分自身もかなり気落ちして、まいっていた杏里だったが、一転奮起して少女を励まそうとする。

[Narration] そんな時、杏里の胸には新緑のように言葉の枝が芽吹き、次々と生い茂るのだった。

[Narration] 小さくないショックを受けながらも、段々とソヨンは瞳の光をとりもどす。

[Narration] ソヨンはパンッと自分の頬を強く叩いた。

[Soyeon] だめだ、あたし! しっかりしなきゃ!

[Soyeon] 叱ってください、杏里さん!ここで負けてなんかいられません!

よしっ!

確かにボクらはスマートじゃない

[Anri] ボクらは確かにドジばかり踏んでるし、遠回りもしている。力が足りないばかりにまた新たな犠牲者を出してしまった。

[Soyeon] …………

[Anri] ボクだって猛烈にくやしいんだ!でも、つたないながらも確かに前進しているさ!犯人に近づいているんだ!

[Anri] 競争だよ。向こうはボクらに挑戦してきた。ボクらの意気をくじこうとしている。

[Anri] それは、向こうに焦りがあるからだ。

[Anri] ソヨン、明るい君が落ち込んだりなんてしたら駄目だ。それこそ、犯人に負けたってことになる!

[Anri] ソヨンが笑うのを止めたりしたら、アイーシャの死は報われないぞ!

[Soyeon] はいっ!

[Anri] うん、その笑顔だ!

[Narration] 杏里もソヨンに合わせて微笑んだ。

[Soyeon] (杏里さん…… 私を励ますために、あんなことを)

[Narration] 案外、杏里は本気だったりするが。

…………

[Anri] …………

[Narration] だが、思いつく言葉がどれもふさわしくない気がして、杏里にはうなずくことしかできなかった。

[Narration] 心中では彼女自身も戸惑っていた。自分の声がソヨンに届いたのかどうかすら実感が湧かなかった。

[Narration] それから、二人はがむしゃらに船内を巡り、聞き込みをはじめた。

[Narration] 見知った顔ばかりでなく、学生よりもはるかに人数の多いポーラースターの船員にもその範疇を広げていった。

[Narration] 杏里とソヨンは、延々と続く階段をくだり、船の中央制御室が近い休憩所へやってきた。

[Narration] 学園施設ほどではないが、ここでも優雅さは失われていない。

[Narration] 杏里の姿を見てとると、雑談を交わしていた操機手や、エンジニアたちがちらほらと寄り集まってきた。

[Narration] イライザのような学園専属メイドとは異なり、女性船員と学生の接点はほとんど無いに等しかった。

[Narration] 女性船員のほうでも、無用なトラブルを避けて、学生とは接触したがらない。

[Narration] しかし実際に語り合ってみれば、彼女たちは総じて気さくで、そして誇り高い、好ましい人種だった。

[Narration] 学園指導部や上級生には受けの悪い杏里だが、なぜか船員たちには奇妙な人気があり、誰もが杏里の味方だった。

[Narration] どうやら根っからのアウトローな性格が気に入られているらしい。

[Narration] 日に焼けた船員たちと肩を組んで笑いあう杏里。杏里がその輪の中にソヨンを引き寄せて紹介すると、もともと人なつこいソヨンもすぐ彼女らに受け入れられた。

[Soyeon] 杏里さんって、有名人なんですね!

[Anri] なんだか、そうみたいだ。

[Anri] でも、お嬢様扱いしてくれないってのも、なかなか寂しいものなんだよ?

[Narration] お嬢様ってガラかい?───船員に痛いほど張り飛ばされた杏里は、すこし真顔に戻ってたずねる。

[Anri] ねえ。実際、どうなんだろ? 船員の中に犯人がいる可能性はあるのだろうか?

[Narration] 船員たちは神妙な顔つきで、まずあり得ないことだ、と口々に語った。

[Narration] ───彼女たちはみな、船の仕事に憧れ、ずっと海の上で働いていたいと強く願っている。

[Narration] ところが、はるか昔から男たちの支配する世界だったこの海では、今でも女性のための仕事場は非常に限られている。

[Narration] そんななかでポーラースター号はまったく異質な職場だ。なかには夢の職場と讃える船員すらいた。

[Narration] 船で働く女性たちはみな、船長に何かしら世話になったり、またその人柄を頼ってこの船に身を寄せた者たちばかりだった。

[Narration] そんな船長への───杏里たちにとっての学園長への───信頼と畏敬の念たるや、すさまじい。

[Narration] もちろん船員には、結構なワルだっている。だが、このポーラースターでだけは“なり”をひそめるはずだ。

[Anri] ははぁ……せいぜいお酒を飲んだり、秘密の賭場に出入りするくらい?

[Narration] したり顔をする杏里には、船員は答えず、ただニヤリとする。

[Narration] 乗客に手を出すなんて、船乗りにとって、決して許されない行為だ。もしそれを船長に見とがめられたら、もはや一生、海を拝むなんてできなくなる。

[Narration] そんなことになれば、死ぬよりつらい。

[Narration] 船員の言葉に、杏里は心から頷いた。

[Narration] そんな空気のなかでもさらにソヨンはくいさがった。

[Soyeon] 何でもいいんです。何か変わったことはありませんでしたか?

[Narration] 船員はこめかみを指先で掻きながら、さあてと唸る。

[Soyeon] お願いします!

教えてください!

事件のあった日に怪しい物音とか?

[Narration] 「あ……」とエンジニアがつぶやく。

[Soyeon] お、思い出しました?

[Anri] ナニナニなになに!?

[Narration] 船員はたくましい腕を組み、うんうん唸りながら歩きだした。

[Narration] 杏里たちもそれにつき従って、さらなる船底へと降りていく。関係者以外侵入禁止の張り紙も、黄色い三角のマークもお構いなし。

[Narration] やがて二人は、猛烈な騒音と、立ちこめる熱気の中に放り出された。

[Narration] 初めて目にするポーラースターの機関室。ボイラー室やタービン室の、異様さ、巨大さに目をまわす。

[Narration] こんな場所じゃきっと悲鳴も届かない……ソヨンはだんだん不安になってきた。

[Anri] こんなに暗くすることないのになあ……すべって革靴じゃ歩きにくいったら!

[Narration] 杏里はなんの気になしに、ついてくるソヨンに支える手を伸ばす。

[Soyeon] (……あ)

[Narration] ほんの一瞬、躊躇した指先が、少女の決意をのせて、かたく握りしめられる。

[Narration] 暗い通路の中で、杏里はしっかりとソヨンの手を引いた。

[Narration] 「そういえば!」

[Anri] うわっ

[Narration] ───とつぜん船員が怒鳴った。

[Anri] なんですかァ!? ええッ!?聞こえませんよ!

[Anri] え? 出たぁ?

[Soyeon] ……幽霊さわぎ!?

[Narration] 船員たちは実に迷信深い。というよりも、半ば本気、半ば冗談で、それを楽しんでいるフシがある。

[Narration] ニヤニヤしながら、船員は杏里たちに語って聞かせた。

[Soyeon] こ、子供の幽霊ですか?

[Anri] じゃあボクより年下? 年下?

[Soyeon] 幽霊は齢をとらないんじゃないですか?

事件は週末に集中しています。

[Soyeon] あの、事件の起きた日は、どれも週末に集中しているんです。

[Narration] 「それが?」と、船員は不思議そうな顔をする。

[Narration] 紫煙をくゆらせながら会話に耳を傾けていた操機士女性が振り向いた。

[Narration] 「関係あるかどうかわからないけれど、週末といえば……」。

[Narration] 聞けば、船長の操船ぶりはお世辞にも丁寧と言えるものではないらしい。一言で言うなら「無茶苦茶」である。

[Narration] この巨体にして、船速はただひたすら速く、四六時中が緊張の連続だと。機械まかせでこんなに忙しい職場も無いと、彼女は苦笑した。

[Narration] しかし……週末土日に限ってはその船速も大幅にゆるめられ、波の穏やかな航路に選ばれるのだそうだ。

[Narration] 週末くらいはゆったり休暇を取ってよし、ということらしい。

[Anri] なるほど……一見、何の関係もないヒントに思える。

[Anri] だがしかし!

[Anri] はい、ソヨンくん。

[Soyeon] ええっ!? あたしにふられても!犯人は……船酔いに弱い……とか?

sapphism_no_gensou/1152.txt · Last modified: 2013/06/01 22:49 (external edit)