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sapphism_no_gensou:1141

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[Anri] やれやれ、ひどい目に遭ったよ……

[Narration] 杏里は早朝の出来事を思い返した。

[Narration] ソヨンとのデートで一夜を明かしたのち、杏里は早朝からPSに取り調べを受けた。その時の記憶が、杏里の脳裏によみがえる───

[Narration] PSは、もはや杏里を学生とは思わず、明らかな容疑者として扱った。

[Narration] 謹慎中にもかかわらず外出していた理由を、杏里は事細かに、厳しい口調で問い立てられた。

[Narration] それでも杏里の訴えを受け、ファン・ソヨン、および、クローエ・ウィザースプーンが隣室に呼ばれた。

[Narration] しかし……日曜から月曜朝にかけて杏里に同行し、アリバイを証明してくれるはずのソヨンは、肝心の犯行の行われた時刻には、すでに就寝してしまっていたのだ。

[Narration] いっさい音を通さないアクリルガラスの向こうから、ソヨンは悲痛な面もちで杏里を見た。

[Soyeon] …………! ………………!

[Narration] なにかを必死で訴えているが、杏里には聞こえない。

[Narration] ソヨンへにこやかな笑顔を送り返す、そんな杏里の肩をPSが掴み、無理矢理に体を向き直す。

[Anri] だからボクじゃないって!

[Anri] 知ってるぞ、犯人は男なんだろ!?スキャンダルになることを恐れて、それを隠してるんだ!

[Narration] クローエにしても、杏里と出会ったのは、推定犯行時刻後であり、杏里の無実を示すはっきりとした証拠は、何も持ち合わせてはいなかった。

[Anri] やり方が卑怯じゃないか! 学園指導部とグルになって、ボクを陥れようとしているんだ!

[Narration] 当然ながら、まっとうな学生扱いをされていない杏里の意見は無視された。

[Narration] 立ち上がった杏里は、はがいじめにされ、スパークの散る特殊な警棒を目の前でチラつかせられた。

[Narration] PSは、特に杏里が、アイーシャに対して事前に警告を発していた、という点にこだわった。

[Narration] しかし杏里は、その推理が天京院によるものだとはPSに告げず沈黙を通した。

[Narration] PSはとどめを刺すように、一枚の紙片を差し出した。杏里がアイーシャ宛にしたためた、扉越しに差し入れた警告の手紙だった。

[Narration] 果たしてアイーシャにその内容が届いたのかどうか、杏里にはわからない。

[Narration] ただ……それが役に立たなかった、という受け入れがたい結末だけは、痛いほどわかった。

[Narration] ───PSは、今すぐにでも杏里を降船させたいところだったが、学園長の三週間後下船の命令は絶対である。

[Narration] 杏里は自室ではなく、PSの常時監視する別室へと移動させられることになった。事実上の監禁だ。

[Narration] 他の学生との面会も一切禁止され、その後の謹慎期間を杏里は壁のシミとお喋りしながら過ごす羽目となる。

[Narration]    『サフィズムの舷窓』

       〜GAME OVER〜

[Narration] ……

[Anri] ええ〜〜〜〜ッ!?

わぁっ、出してよーッ!!

[Narration] ……と、なりかけたところへ救いの手をさしのべたのが───

[Rachel] わたしの教え子に何をするんです!?

[Narration] 杏里の担任教師、レイチェル・フォックスだった。

[Narration] 女教師は、別室へと押し込まれる寸前に詰め所にあらわれ、PSへ喰ってかかった。

[P.S.] フォックス女史。アンリエットには、今後こちらの部屋で謹慎していただきます。

[Rachel] いいえ、とんでもありません!

[Rachel] たとえ、残りわずかな期間であろうとも、杏里さんは私が教え育てる教え子です!

[Narration] レイチェルは学年担当としての権利を強く主張し、杏里の解放を執拗にPSにせまった。

[Narration] かろうじて杏里は投獄を避けられた。

[Narration] 苦りきった表情のPSに小突かれ、杏里が廊下に放り出されると、そこには見慣れた白衣の人影があった。

[Tenkyouin] ……あ……

[Narration] 天京院は一瞬広がった喜びの色を押し隠し、咳払いした。

[Tenkyouin] なんだ。意外に早く戻ってきたな、杏里。

[Anri] ……待っててくれたんだ。

[Narration] 杏里は安堵の息をついた。天京院もニヤリとほほえむ。

[Tenkyouin] ソヨン以下、君の友人が入れ替わり立ち替わり、あたしの部屋にやってきて騒ぐものでな。

[Tenkyouin] おちおち研究もできない。

[Anri] ありがとう、かなえさん。

[Tenkyouin] 感謝される言われがないことも無いが……直接かけあってくれたのは、あたしじゃない。レイチェルだ。

[Anri] レイチェル先生が?

[Narration] 杏里に遅れて、レイチェルもPSの詰め所から姿を現した。

[Rachel] 杏里さん。

[Anri] レイチェル先生。

[Anri] ……誓って言いいますが、ボクに非はありません。でも、礼を言います。ありがとうございました。

[Rachel] アラ……杏里さんがそんな風に言ってくださるなんて……私……嬉しいわ……

[Narration] レイチェルはブラウンの入ったサングラスをずらし、ハンケチで目元を抑えた。

[Rachel] 杏里さん、これであなたも、晴れて自由の身よ。

[Anri] やったあ!

[Rachel] と、言いたいところだけど……

[Anri] え?

[Rachel] 残念ながらそうはいかなくなったの。

[Anri] それ、どういうことです?

[Rachel] あなたに限って自室での謹慎は無意味でしょう。かといって、一つ部屋に閉じこめさせるだなんて、一教師として許可できません。

[Rachel] ですから杏里さん。あなたの身柄については、私自身が引き取ることにいたしました。

[Tenkyouin] 引き取る?

[Rachel] あなたの行動に関して、わたしが全責任を負います。

[Rachel] そのかわり、自室を離れて移動する時は、私に居場所を必ず報告してほしいの。

[Rachel] それが条件よ。

[Anri] ええ───ッ!?

[Anri] じゃあボクの私生活は、全部レイチェル先生に筒抜け?

[Rachel] 私もそこまでプライバシーに踏み込みたくはないわ。

[Rachel] だから、どこに居るかだけでいいの。必ず、私に教えて?

[Rachel] ……もちろん、教師としては、普段より節度ある振る舞いを望みますけれども。

[Anri] う〜〜ん…………

[Narration] 杏里は頭を抱える。

[Tenkyouin] 杏里、ここは女史にしたがった方がいい。でなけりゃ監獄に逆戻りだぞ。ゴートゥージェイルだ。

[Anri] そんなのやだ。

[Anri] わかった。教員室に一報入れればいいの?

[Rachel] ええ。

[Rachel] 必ずよ? 私が授業中や、用事で出ている時は留守録になっているから。

[Rachel] それを守ってくれない時には私にも、もうフォローできなくなっちゃうから。お願いね?

[Anri] わかり……まし……た。

[Narration] 杏里はしぶしぶ承知した。

[Narration] 承知はしても、都合の悪いことはすぐに忘れてしまうのが杏里である。

[Narration] レイチェルがその場を去ると、天京院は溜め息をついた。

[Tenkyouin] どうも苦手だな、あの先生は。ベタベタした感じがする。

[Anri] 慣れればいい先生じゃない?

[Tenkyouin] どうだろうな。ところで今回は何をやらかしたんだ?

[Anri] だから何もしてないんだって!それより……

[Anri] がなえさあん、おフロ〜!おフロに入りたいよ〜ッ!

[Tenkyouin] だ、抱きつくなってのに!

[Narration] 杏里は、カフェ『セップク』のフォカッチャサンドを頬ばりながら、眉をひそめる。

[Narration] ふだんなら塩味の効いた生ハムに舌鼓をうつ杏里だが、今は味もよくわからずもぐもぐやっているだけだ。

[Narration] 先の被害者のように、できればアイーシャに直接聞き込みをしたかった。しかし、さすがにそれは無理だろうと、自分でもわかる。

[Narration] 隣の席にかけ、チョリソーとスベオクラのスープを口に運ぶヘレナも、やはり難しい顔をしている。

[Narration] すでにヘレナは顔見知りのPSにかけあって、ある程度の状況をつかんでいた。

[Helena] ───という感じで、今回の被害者については、犯人はかなりの物品を残していったようだわ。

[Helena] わかるものなら、見つけてみろ、というわけね。まさに、挑戦よ。

[Anri] その挑戦のった!

[Helena] 気安く言わないで。

[Helena] 杏里……犯人は、私たちがかぎまわっていることを、すでに意識しているのではなくて……?

[Helena] セキュリティも、かなり情報を出し渋ってきてるわ……何か隠してるみたい……

[Anri] ああ。スペルマが出た事とか?

[Helena] な、何ですって!?

[Narration] ぎょっとするヘレナ。

[Anri] あれ、言わなかったっけ?スペルマ。男性の精液のことだよ。性教育の授業で一緒に習ったじゃないか。

[Helena] く、口を慎みなさいッ、杏里ッ。ここはポーラースターよ?そんな卑猥な言葉を───

[Anri] と言われてもなあ。出たものは出たんだし。現場写真にだってきっちり写っていた。

[Anri] ヘレナ、きみがこっそり回してくれた資料からも検出されたんだよ。

[Helena] ……まさか!?

[Narration] 杏里は、先週の土曜日に天京院が分析してくれた証拠品について語った。

[Helena] そんな……では、もしかしたら、この船に男が居るってことになるじゃない!

[Narration] ヘレナはささやくように叫ぶ。

[Anri] うん。そういうこと。

[Anri] ま、かなえさんは冷凍精液を持ち込んだ可能性もあるとは言ってるけど───

[Anri] 精液が見つかったことで、僕らの捜査は狭まったとも云えるし、逆に迷宮入りに一歩近づいたとも……言えるかな?

[Anri] この船に男性がいるなんて、最初はボクだって信じがたかったよ。

[Anri] でも、彼女の言葉を、ボクは信じたいんだ。ヘレナだって一緒に聞いたろ?

[Anri] たかが精液のひとしずくで、大騒ぎだよ。まったく。はぁ……精液精液……

[Helena] ちょっ、杏里……だから、その卑わいな言葉を……ッ

[Anri] え? 精液がどうかした?

[Helena] どうかしたわじゃないわ。聞いているこっちが、恥ずかしいのよ! 

[Helena] 馬鹿の一つ覚えみたいに、精液精液精液精液!

[Anri] は……恥ずかしいな、ヘレナ。みんなこっちを見てる。

[Helena] っ……!!

[Narration] ヘレナは、ビクッと肩をすくめて周囲を見回すが、皆それぞれの雑談に花を咲かせているだけだ。ヘレナはいかめしい顔で杏里の胸を突いた。

[Anri] ハハッ、ねえヘレナ。どうだろう。

[Anri] どうしてもボクがアイーシャに会ってはいけないと云うなら、きみに代役を頼めないかな?

[Narration] ヘレナは真剣な顔で頷く。

[Helena] ……ええ、ぜひ引き受けさせて。最初からそのつもりだったのよ。

[Helena] もう、杏里やPSだけに任せてなんかおけない。これはわたしたち自身の、自衛の問題なんですからね。

[Anri] 素晴らしい。頼んだよ、ヘレナ……それと。

[Narration] 杏里はヘレナの頬に軽くキスをした。

[Helena] な、なに!?

[Anri] 先払いのお礼だよ。ありがとうヘレナ。……あ、ほっぺにマヨネーズ残っちゃった。じゃあ、もう一回。

[Helena] いいわよ! 自分でぬぐえますってば!

[Narration] ヘレナに同行し、アイーシャの元へと向かう。すると、またもやレイチェルが二人の前に現れた。

[Rachel] 杏里さん、ヘレナさん。私も付き添わせてくださる。

[Helena] フォックス先生?杏里、あなたがお呼びしたの?

[Anri] ここへ行く、とは伝えたけど。

[Rachel] 私も自分の目で、なりゆきを確かめたいのよ。

[Rachel] 興味本位ではなく、自分たちの問題として。あなた方も、同じ気持ちなんでしょう?

[Narration] 二人とも、レイチェルに頷いた。

[Helena] それと、ファンさんは?

[Anri] 抜けられない授業で来られない。

[Anri] ……というのは、表向きの理由なんだ。ボクの本心としては、いまこの場に居て欲しくないんだよ。

[Helena] そう……そのほうがいいわ。なんだか嫌な予感がするの。

[Narration] ヘレナの勘は的中した。

[Narration] 暴行を受けた被害者、アイーシャ・スカーレット・ヤンは、すでに、彼女たちの話を聞けるような状態ではなかった。

[Anri] それ……どういうことだい?

[Narration] 杏里は戻ったヘレナに詰め寄る。ヘレナは目をそむけて唇を噛んだ。

[Rachel] アイーシャさんは、今、お薬を与えられて安静にしています。

[Narration] やはり沈んだ顔つきのレイチェルが口添えした。

[Rachel] 何も聞けなかったわ……彼女はもう……

[Anri] そんな……アイーシャ……まだ、顔もよく知らないのに。

[Helena] なんですって? ……あきれた。

[Rachel] すぐにでも迎えのヘリが来るわ。

[Narration] レイチェルは言葉を濁すが、アイーシャがどうなってしまったのか、うすうす杏里にも想像がついた。

sapphism_no_gensou/1141.txt · Last modified: 2013/06/01 22:49 (external edit)